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〈成人編〉
12. 魅惑のプリン
しおりを挟むリリアーヌからの依頼は『ハイペリオンダンジョン内での護衛』。
最低でも十階層までは彼女を安全に案内することを、あらためてお願いされている。
そして、オプションとして護衛仲間を含む全員の食事を提供することが別料金で頼まれていた。
食材費に調理代、調理中の護衛任務は免れることなどを書面に交わしてある。
エイダン商会は大店らしく、そういった必要経費をケチることはないので、ナギは存分に腕をふるっていた。
「とはいえ、ここは食材ダンジョン。美味しいお肉も果物もそこらで手に入るのよねー」
「いちばん高額な香辛料も一時間ほどねばればドロップするからな」
この世界でいちばんハイペリオンダンジョンに挑んでいるのは間違いなく、自分たちだと胸を張って言えるだろう。
初攻略特典の転移の指輪を使い、近所のコンビニ気分でダンジョンの好きな階層に出入りが可能なのだ。
なので、リリアーヌご所望の『ハイペリオンダンジョンで手に入る、売れそうな食材や素材』については、彼女たちがいちばん詳しいはずだった。
「でも、食材や素材を売れる売れないで考えたことがあまり無かったから、案内するのが難しいわよね」
「だな。俺たちはそれが美味いか、そうでないかで判断していたからな」
そんな二人の会話を、リリアーヌが信じられないといった表情で聞いている。
ちなみに今は、本日の野営地であるダンジョン五階層のセーフティエリアでディナーに舌鼓を打った後である。
デザートはリリアーヌが提供したコッコ鳥の黄金の卵を使った、濃厚プリン。
エドがうっとりと瞳を細めて追想するだけあり、極上の滑らかな食感を誇る、大変美味なスイーツだった。
「なにこれぇ……? とろける……っ」
生真面目な性格のハーフエルフのシャローンがふにゃふにゃになるほど、濃厚プリンは脳を破壊する美味しさなのだ。
「いくらでも飲めるな、これは」
「リザさん、プリンは飲み物ではありませんよ……?」
「僕の、もう無くなっちゃった……。足りない……」
銀級冒険者パーティ『紅蓮』の面々も、もれなくメロメロになってた。
「素晴らしいわ。とても美味しい。なんて、背徳的な味なのかしら……! この魅惑のプリンは!」
リリアーヌはどうにか理性を保てていたが、はしたなくも皿にこびりついたカラメルを舐めてしまいたい欲望と必死に戦っている。
「これは大変危険なスイーツですわよ、ナギさん。中毒性がありすぎます。理性がもちませんっ……! ああ、でも是非とも商会で販売したい……っ」
悩ましげなため息を吐く美女を、ナギは慌てて宥めすかした。
「気に入ってもらえたようで嬉しいです。危険かどうかは分かりませんが、その、中毒性? とやらは、もしかして黄金の卵を使った所為なのかも……」
ナギは【無限収納EX】から、以前に作り置いていたプリンを取り出した。
目にしたリリアーヌや他の面々の目がぎらりと光る。ちょっとこわい。
(あれ……? もしかして、本当に中毒性があったりする?)
そういえばナギたちの身体は転生特典とやらで、各種耐性があるように『つくられて』いたことを思い出す。
「ナ、ナギさん。そちらのプリンは食べてもよろしいんですか……?」
「あっ、はい。どうぞ」
頬を染めて、恥ずかしそうに上目遣いで見上げてくる黒髪縦ロールの令嬢。
聡明なリリアーヌはどちらかといえば隙のない綺麗な美女なのだが、そんな表情をしていると、可愛らしくて微笑ましい。
ナギがあらたに取り出したプリンは、歓声を上げた皆がさっそく食べ始めた。
ワイルドディア肉料理をお腹いっぱいに食べすぎてしまい、腹をさすりながら苦しんでいたはずなのに、幸せそうな表情でデザートのおかわりを楽しんでいる女子たち。
ナギはこっそりエドの耳元で囁いた。
「やっぱり甘いものは別腹なのは、ここでも同じみたいね」
「……俺はさすがにもうキツいぞ?」
エドはギブアップしたが、女性陣は嬉々としてプリンを味わっている。
「……あら? 味は同じはずなのに、なんだか、さっきのプリンとは違うような……?」
「シャローンさんも気付かれました? 私も不思議に思っていたのですが」
シャローンとリリアーヌが首を捻っている横で、リザとネロはぺろりとプリンを平らげてしまっていた。
こちらの二人には繊細な味の違いは分からなかったようだ。
「後から出したプリンは黄金の卵じゃないんです。普通のコッコ鳥の卵を使って作ったプリンなんですよ」
「まぁ……! ここまで違うんですのね」
「さすが、レア素材。黄金の殻だけに価値があるのだと思っていました」
「でも、これならうちでも販売できそうですわ!」
普通のコッコ鳥の卵を使うなら、価格もおさえることができるだろう。
リリアーヌはさっそく頭の中で算盤もどきを弾いている。
「一般販売はコッコ鳥の卵を使えば問題ない……とっておきの賓客に向けて、ホテルで黄金の卵プリンを出せば……!」
「リリアーヌさん、プリンのレシピは提供するので、今日のところはもうお休みください。明日も早いので!」
ぶつぶつと何やら小声で考え込み始めたリリアーヌをナギは用意しておいたテントへと案内する。
元実家である辺境伯邸の宝物庫から持ち出した魔道テントだ。
外観は1メートル四方の小さなテントだが、中には空間魔法が施されており、広々としている。
リリアーヌには六畳ほどの広さがある魔道テントを提供した。
中にはこちらも辺境伯邸から失敬した寝台を設置してある。
さすがにダンジョン内で豪華な天蓋付きのベッドは引かれそうだったので、上級使用人が使っていたシングルサイズのものだ。
ちゃんとふかふかの寝具もセットしてあるので、ゆっくり休めることだろう。
「まぁ……! ダンジョン内で、こんなに快適そうな野営ができるなんて思ってもいなかったわ」
「美味しいご飯と清潔で心地よい寝床こそ、身体を張る冒険者には必要だと思いますよ?」
さすがにお風呂を用意するのはやりすぎだろう、と自重したナギはせめてもの思いやりでリリアーヌに浄化魔法を掛けてあけだ。
「ありがとうございます、ナギさん。さっぱりしたわ」
「どういたしまして。今日は一日、お疲れさまでした! 荷物はここに出しておきますね?」
リリアーヌから預かっていた荷物を【無限収納EX】から取り出して、テント内に置いておく。
着替えや日用品が詰め込まれた、大きなトランクが三つ。
魔道テント内には寝台のほか、小さめのテーブルと椅子を出しておいたので、書き物やちょっとした作業もこなせるはずだ。
喉が渇いた時用の水差しとコップもテーブルに出しておこう。
「では、また明日。おやすみなさい、リリアーヌさん」
「ナギさんもお疲れさま。おやすみなさい」
気を遣ったナギが素早くテントを離れた後、リリアーヌはぽつりとつぶやいた。
「エイダン商会の会頭であるお父さまが特別に作らせた寝台付き馬車よりもこちらの方が断然快適ですわね……」
至れり尽くせりぶりに、リリアーヌは苦笑を浮かべた。
ここはありがたく甘受しておこう。
◆◇◆
二日目の昼には、十階層に到着することができた。
予定よりも、だいぶ早い。
そして、思ったよりも良い成果が得られたとリリアーヌは満足そうに笑っている。
「ダンジョン産のオリーブオイルの質は素晴らしいわ。この瓶ひとつと胡椒を交換しても惜しくないと考える者は多いでしょうね」
オリーブオイルは食材ダンジョン内のオークのレアドロップアイテムである。
南国であるダリア共和国ではオリーブを栽培している農園があるため、そこまで珍しいものではなかったので、自分たちで消費していたのだが──
「そんなに高く買い取ってもらえるんだ……?」
ナギには衝撃だった。
瓶入りのオリーブオイルは持ち帰るにも嵩張って大変だ。
そのため、冒険者たちもその場に捨てて帰っていたため、エイダン商会まで回ってこなかったらしい。
「もったいない! もったいないですわよ、こんなに素晴らしい食材をダメにしていたなんて! それに、このココナッツのオイル? まさかヤシの実から、こんな素晴らしいものが作れるなんて!」
簡易の鑑定用魔道具を持参したリリアーヌは、ココナッツオイルの効用に目の色を変えている。
美味しくて、体に良くて、使い方によってはダイエットにも効果があるスーパーフードなのだ。
「この二点だけでも、素晴らしい成果でしてよ!」
食材がないため、ナギたちが素通りしていた森の中には希少な薬草の群生地があったようで、これにもリリアーヌは食い付いていた。
「これは肌に良い成分のある薬草です。うちで研究させているお化粧水に使えそうですわっ」
「あ! あのキノコは乾燥させて粉末にすれば麻酔効果のある薬の元! 採取しますわよ!」
さすが学園でトップの成績をおさめた才女だけあって、次々と有用な素材を見つけていくリリアーヌ。
「ドロップ率のいい私よりも、リリアーヌさんの『売れそうなもの』を嗅ぎ当てる力の方がすごくない……?」
「彼女には俺たちみたいな【自動地図化】スキルはないのに。すごいな……」
もはや、リリアーヌ無双の様相に護衛のはずの冒険者たちの方が及び腰だった。
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