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〈成人編〉
17. ラヴィさんのお土産
二十日ぶりの我が家を満喫していると、お客さまが訪ねてきた。
人の気配に気付くや否や、コテツを除く猫の妖精の子猫二匹がぱっと姿を隠す。
長く生きているからか、コテツは人を怖がらないが、彼らは未だに人見知りだ。
普通の猫のフリがまだできないので、ちょうどいいとキジトラ猫は瞳を細めて笑っている。
ともあれ、お客さまを出迎えなければ。
行儀悪くソファに寝転がって子猫と遊んでいたナギが起き上がると、すでにエドが玄関のドアを開けてくれていた。
「二人とも元気そうじゃない。もう東のギルドには報告に行ったの?」
「ラヴィさん! どうして、ここに?」
お客さまはエドの武術の師匠であるラヴィルだった。
タレ耳が愛らしい白兎獣人の美女は冒険者装備のまま我が家に立ち寄ってくれたらしい。
「南の海ダンジョンにしばらく潜っていたの。拠点に帰る前に、ちょっと寄ってみただけ。いてくれて良かったわ」
「……師匠、一人なのか?」
エドの問いに、ラヴィルがくすりと笑う。
「当然よ。弟子の顔を見に来ただけだから。他のメンバーはさっさと自宅へ帰ったわ。私は貴方たちにお土産を渡しておきたくて」
「お土産?」
なんだろう、とナギが首を傾げると、笑顔で木箱を手渡された。
かなり大きくて、ずしりと重い。
思わずヨロけたところ、エドが慌てて支えてくれた。
「大丈夫か、ナギ」
「平気。それよりコレ……!」
中身を目にしてギョッとするナギに、ラヴィルが紅い瞳を細めて妖艶に笑う。
「んふ。お、み、や、げ。……嬉しいでしょう?」
「すっっっごく嬉しいです!」
間髪入れずに頷いていた。
だって、木箱の中身は赤みを帯びた橙色の木の実だったのだ。
ラグビーボールに似た楕円形の木の実がぎっしりと詰まった木箱は文字通りの宝箱だった。
なぜなら、その木の実はカカオポッドと呼ばれるカカオの実なのだから。
「こんなに立派なカカオの実、どうしたんですか⁉︎」
「もちろんダンジョンで採取したのよ。海ダンジョンの五十階層で見つけたの」
「五十階層……」
「まだ到達していない階層だな」
エドと二人、神妙な表情で頷き合う。
「私たち、東の肉ダンジョンがずっと稼ぎ場だったし」
「最近はもっぱら食材ダンジョンばかりに潜っているからな」
なにせ、食材ダンジョンへは転移の指輪で好きな階層へとひとっ飛びなのだ。
東の肉ダンジョンも我が家からは比較的、近い場所にはあるが、行きも帰りも一瞬で済む上に欲しい獲物がいる場所へピンポイントで運んでもらえるのだ。
ついつい楽なダンジョンへ通ってしまうのも仕方ない。
「でも、海ダンジョンの五十階層で確実にカカオが採取できるなら、挑む価値はあるわよね?」
「同感だ。海ダンジョンへは海産物を手に入れるのが主目的になっていたから、上層階で満足してしまっていたな」
残念そうに舌打ちするエド。
ナギも同感だった。
むしろ海ダンジョンへはリゾートキャンプを楽しむような気持ちで挑んでいた。
(南国ビーチリゾートでのんびりキャンプ生活、楽しかったのよね……)
ついでに新鮮で美味しい海産物も味わえる、最高のバカンスだった。
「だが、転移の指輪が手に入ってからは、向こうの海フィールドで充分だったからな……」
「そうなんだよね。海ダンジョンよりも食材ダンジョンの最下層のフィールドで手に入る海産物が立派だったから、つい……」
えへへ、と笑い合う。
だって食材ダンジョンでは幽霊船クルーズで巨大なマグロやイカ、タコ、エビにクジラまで獲り放題なのだ。
ドロップアイテムも高額で売れるものが多くて、二つの意味で美味しかったため、すっかり海ダンジョンから足が遠ざかっていた。
(でも、カカオが採取できるなら、話は別!)
食材ダンジョンではあらゆる食材が手に入ったのに、まだカカオは見つけていないのだ。
「カカオがあれば、美味しいチョコレートが食べられるわ」
「そうだな。チョコは美味かった……」
出奔する際に、チョコレートを辺境伯邸からこっそり失敬していたのだ。
あまり量がなかったため、少しずつ味わっていたのだが、さすがにもう全て食べ切ってしまっている。
購入しようと思っても、なかなか入荷しない。エイダン商会に相談しても、まず滅多に入荷しないのだとか。
「仕方ないわよぉ。だって、カカオって嵩張るじゃない? 高く売れるのは知っているけど、わざわざ採取するのは面倒だし、どうせなら魔獣や魔物のレアドロップアイテムを持ち帰りたいから、これまで持って帰れなかったのよ」
だが、今回は食材ダンジョンで彼女が入手したマジックバッグがあった。
転移の指輪でいつでも食材ダンジョンに飛べることを知ったラヴィルに頼まれて、何度か一緒に転移した際に、自力で手に入れたのだ。
革製の巾着タイプの収納袋だったが、これが見掛けによらない高性能魔道具で、収納容量が、ミーシャが経営する宿『妖精の止まり木』が余裕で入る大きさだった。
「お宝を入手できたお礼。ずっと欲しがっていたでしょう?」
片目をぱちりとつむって悪戯っぽく笑うラヴィルをナギは文字通りに拝んだ。
「すごーく欲しかった食材です! ありがとうございますっっ。ラヴィさん大好き!」
「あら。うふふ。ごめんね、オオカミくん?」
「……別に師匠に謝ってもらう必要はない」
「あらあら。んっふふ!」
不穏な師弟の様子に気付いた様子もなく、ナギはカカオの実を抱き締めて、うっとりと頬擦りをしている。
「……にゃあ」
呆れたように猫が鳴く。コテツだ。
何をやっているんだニャ、と念話で突っ込まれたことで、ナギははっと我にかえった。
カカオに夢中になったあまり、お客さまと玄関先でやり取りをしていたことにあらためて気付いてしまう。
「ごめんなさい! ラヴィさん、疲れているのに! どうぞ、入ってください」
「いいの? 貴方たちも帰ってきたばかりじゃない」
「ちょうどお茶の時間です。美味しいお菓子があるので、良かったらご一緒に」
「お邪魔するわ」
美味しいお菓子、の一言でラヴィルは遠慮をかなぐり捨てて、にっこりとそれは美しい笑みを浮かべたのだった。
◆◇◆
イチゴをたっぷりと贅沢にのせたタルトはラヴィルに絶賛された。
かために焼き締めたタルトのさっくりした食感と瑞々しいイチゴは文句なしに美味しい。
いつもはアイスティーを振る舞うが、今回は丁寧に淹れた紅茶を出した。
「とっても美味しいわ。はぁー……至福」
「今回いただいたカカオとイチゴのお菓子もきっと気に入ると思います!」
「ふふ。それは楽しみだわ」
ティータイムを楽しんだ後で、ガーストの街で仕入れたお土産を渡した。
「これ、私とお揃いの部屋着なんです。ミーシャさんの分も買ってあるので、今度また女子会をしましょうね!」
「ありがとう。ふふ、かわいい服ね。尻尾穴もついているわ」
ルームウェアは気に入ってくれたようだ。
「ミーシャにも渡しておいてあげるわ」
「ありがとうございます!」
宿へ帰るというラヴィルを玄関先で見送る。
「面倒でも、ちゃんとギルドに帰還の報告をしなさいよ?」
「すみません……。今朝早く到着して、疲れていたので明日行くつもりでした」
アキラが張り切って、夜通し駆けてくれたのだ。夜目がきくとはいえ、無理をさせてしまった。
久しぶりに子猫たちと触れ合いたいという気持ちがあったのも大きいが。
「……それと、もうひとつだけ。どうもギルド本部が浮き足だっているようなのよ」
「冒険者ギルドの本部が?」
「ええ。どうやら他国から、それなりの人物がダンジョン都市に視察に来るらしいわ」
「視察……」
わざわざラヴィルが忠告してくれるのだ。注意すべき人物なのだろう。
「ありがとうございます。……気を付けます」
きっと、このことを伝えるためにうちへ寄ってくれたに違いない。
きゅ、と唇を引き結んだエドが気遣わしげにナギの肩を抱き寄せてくれた。
「……本部にはなるべく近寄らないようにしよう」
何かが、動き出した気がした。
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