【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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17. 森を出ます

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 生存報告を済ませ、雑事を片付けて。
 しっかりとバスタイムを堪能したリリは軽い足取りで異世界の家に戻った。
 昨日のうちにネットで注文していた荷物も宅配ボックスに配達されていたので、しっかりと回収してある。
 伯母が手配してくれた荷物もアイテムバッグに収納した。
 何を送ってくれたのだろう。荷解きが楽しみだ。

「ただいま、ナイト」

 リビングのソファで寝転がったままの黒猫が尻尾を振って出迎えてくれる。
 伯父宅で飼われていた犬とは全然違う態度に苦笑してしまう。
 まぁ、そこがネコのいいところなのだ。

「お留守番ありがとう。美味しい焼き菓子を持ってきたの。お茶にしない?」

 ぴくりと耳を揺らすと、黒猫は伸びをする。ゆったりと起き上がった。
 行儀良くお座りすると、すました顔で鳴く。

『リリに付き合ってあげてもいいよ』

 ヒゲ袋がぷっくりと膨らんでいる。
 リリは笑み綻びそうな顔を引き締めて、神妙な表情で頷いてみせた。
 せっかくなので午前中に採取したハーブを使い、ハーブティーを淹れてみよう。
 持ち帰ったハーブは生活魔法で乾燥させてある。
 魔道コンロで沸かしたお湯でハーブティーを淹れて、お茶請けはフィナンシェにした。

「ん、ハーブの香りが爽やかね。お腹の底から温まるわ」
『この焼き菓子すっごく美味しい!』

 アーモンドとバターをたっぷりと使った贅沢なフィナンシェをナイトは気に入ってくれたようだ。
 なかなかに美食家グルメな黒猫である。
 ステータスを【鑑定】スキルで確認すると、魔力が全回復していた。
 異世界のハーブすごい。
 何気なく視線を滑らせて、そこで自分のレベルが上がっていることに気付いた。

「レベル2になっている……?」
『ワイルドディアを倒したからね』
「私は倒していないのだけれど……」

 倒したのは装備していた魔道具の力だ。
 結界のブローチと雷撃の魔法を放ってくれた指輪のおかげである。
 ナイトは不思議そうに首を傾げた。
 
『? 武器を使って倒してもレベルは上がるでしょ?』
「……そう、ね? なら、特に問題はないのかしら」

 ズルをしたような気分になっていたが、そう言われると魔道具も武器なのかな、と思えてきた。

『リリはまだ攻撃魔法が使えないからね。しばらくはその魔法の指輪を使って、ステータスを上げる必要がある』

 魔法の師匠である黒猫の言葉に、リリは素直に頷いた。

「分かった。ステータスが上がれば強くなれるのね。体力がつくのは嬉しいから頑張る」

 力と防御が30から31に、素早さが50から52に増えていたのだ。
 上がった数値は少ないけれど、素直に嬉しい。
 体力のなさと非力さが悩みの種だったので、今後もこつこつとレベル上げはしていきたいなと思った。

 フィナンシェを平らげて、満足そうに口元を前脚で綺麗にしていたナイトがむふん、と笑う。

『魔法のトランクも、このホームの魔道具も魔力補充ができたようだし、そろそろ聖域から移動しようか』

 唐突な提案にリリは瞳を瞬かせた。

「もしかして、もう異世界の街へ行けるの?」
『リリが行きたいならね。王都はここから遠すぎるし、魔素も少ないからあまりオススメはしない。まずは最寄りの街を目指すのがいいと思うよ』
「最寄りの街はどのくらいの距離があるの?」
『うーん、そうだね。ニンゲンの馬車で三日の距離かな』
「馬車で三日の距離が最寄り……」

 聖域というくらいなので、人のいない場所なのだろうか。

「でも、ここから離れると、異世界と日本の行き来に困ることになりそう」

 曾祖母の部屋と聖域は繋がっている。ここから離れるとなると、日本に毎日戻ることができなくなってしまう。
 だが、頼れる魔法の師匠ナイトはニャフフと笑って教えてくれた。

『転移扉を正式にリリの所有にすれば、何処でも繋げることができるよ』


◆◇◆


 大魔女シオンの筆頭使い魔が立会人となり、転移扉の所有変更の契約を交わす。
 黒猫ナイトが扉に触れて、魔力を流すと契約書が現れた。
 異世界の言語で綴られた契約書だが、【翻訳】スキルのおかげでリリにも読むことができる。
 所有者欄にサインをして、契約書をふたたび扉に戻すと、儀式は終了だ。

「これだけでいいの?」
『魔女の契約だからね。これで転移扉は君の任意の場所に繋げることができる。ただ、この場所──聖域とは繋げたままでいた方がいい』

 使い方はナイトが詳しく教えてくれた。
 鍵を右に回すと、聖域に繋がる。それとは別に、もう一箇所だけ、リリが希望する場所を登録できるらしい。

『そっちは鍵を左に回すと繋ぐことができるんだ。何度でも変えることができるよ』
「それは便利」
『ちなみにリリはいつもドアを開いたままでいるけれど、あれは閉じた方がいいよ。ドアは消えるけれど、鍵さえあれば何処にでも呼ぶことができるから』
「聞いてない……」

 初耳だ。曾祖母の手帳にも書いていなかった。そんな便利な機能があったなんて。

「……ドアを閉じてくる」
『うん、そうした方がいいかもね。それはそれとして、リリは馬車を所有している?』

 唐突な質問だ。

「あいにく馬車は所有していないわね。どうして?」
『聖域の森を出るまではボクが運んであげるけど、そこから先は馬車での移動が必要になるからね。ちなみに徒歩は絶対におすすめしない』

 馬車で三日の距離は、リリだって歩きたくはない。

「そういうことなら、馬車ではないけれど、移動手段はあるから安心してくれる?」

 そう、馬車はないけれど。
 曾祖母からの遺産には、車庫内の軽ワゴンとキャンピングカーがあるのだ。


◆◇◆


 翌朝、魔法の家はトランクに戻して、日本へ戻った。
 軽ワゴンとキャンピングカーの両方とも、ガソリンが満タンなのを確認してから、アイテムバッグに収納した。
 従兄宛に生存確認メールを送り、すぐに異世界へ戻った。
 ドアの外では黒猫のナイトが待ってくれていた。

『準備はいい?』
「ふふ。忘れ物があったとしても、すぐに取りに戻れるわ」
『それはそう。じゃあ、変化するね』

 巨大な黒豹に変化したナイトの背にしがみつき、聖域の森を駆け抜ける。
 【身体強化】を付与されたネックレスのおかげで、どうにかしがみつけたが、不安がっているとナイトが魔法で縛り付けてくれた。
 風圧は結界魔法が無効化するので、リリは次々と流れていく景色を楽しむことができた。
 ビュンビュン、と耳元で風を切る音がする。まるで自分たちが風になったよう。

「すごいわ、ナイト! とっても早いのね」
『ふふん、当然さ。ここから先は少し揺れるから舌を噛まないでね、リリ』
「ひゃっ…!」

 ぐん、と体が引っ張られるような力を感じたと同時に、ナイトが空高く跳び上がる。
 谷間を飛び越えたようだ。
 二十分ほど駆け抜けて、ようやくナイトが足を止めると、目の前に草原が広がっている。
 いつの間にか、森を抜けていたようだった。
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