20 / 180
19. 鹿肉のロティ
しおりを挟む聞き取りはランチの合間にすることにして、電子レンジでエビピラフを温める。
ポットでお湯を沸かして、インスタントスープも出そう。ビタミン不足が心配なので、今日は野菜サラダも用意する。
レタスにオニオンスライス、ベビーリーフにミニトマト。砕いたナッツを散らして、柑橘系のドレッシングを添えてみる。
「これだけだと、魔力不足になっちゃうので。昨日の残りのワイルドディアでロティを作ろうかな」
鹿肉のロティは伯母の好物なので、レシピを覚えていたのだ。
肩ロースのブロック肉に塩と黒胡椒を揉み込み、すりおろしたガーリックも馴染ませておく。
温めたフライパンにバターを落として、下味を施しておいたブロック肉を焼いた。
ジュワッといい音が弾ける。焦げたバターの香ばしい匂いは食欲をそそった。
溶けたバターをスプーンですくって、肉に回しかけながら焼いていく。
「綺麗な焼き色が付いたら、次はオーブンで焼くわよ」
『いい匂い! ボクも手伝うよ』
黒猫のナイトがぴんと尻尾を立てると、焼いた肉が浮かび上がり、オーブンの天板に移動する。
「すごい。これは、浮遊魔法?」
『無属性魔法だけど、ケットシーのボクには便利なんだ』
「なるほど、確かに便利そう。きっと、この魔法で私を寝室まで運んでくれたのよね? ありがとう、ナイト」
『どういたしまして』
涼しい表情で礼を受け取る黒猫の姿はとても凛々しくて──身悶えしたくなるほどに愛らしかった。
『あとはオーブンで焼くだけ?』
「お肉はね。ソースは別で作っちゃいましょう」
車を取りに日本に戻った際に、ネットでレシピを調べておいたのだ。
フライパンに残った肉汁を使い、ナイト好みのベリーソースを作る予定。
ストレージバングルからベリーを取り出すと、途端にナイトの空色の瞳がキラキラと輝き出す。
「味見はよろしく、師匠」
『任せて!』
◆◇◆
鹿肉のロティをリリが食べるのは初めてだった。伯母の好物なため、海堂家の食卓には何度か並んだことがあったけれど、当時のリリは魔力が枯渇しており、弱りきった胃腸が肉類を受け付けなかったのだ。
だが、伯父一家が皆、絶賛していた鹿肉料理なので、いつか味わってみたかった。
満を持しての、ランチである。
ドキドキしながら鹿肉のロティにナイフを入れると、美味しそうな赤身が覗く。
(焼き加減はちょうど良さそうね)
溢れる肉汁とベリーソースの香りが混じり、自然と喉が鳴っていた。
一口サイズにカットして、慎重に口元に運ぶ。
「……やわらかい」
『すごーく美味しいよ、リリ! ワイルドディア肉がこんなに上等な味がするなんてビックリだ』
鹿肉は脂質が少なく、良質な赤身肉だが、その分、肉は硬く引き締まっている。
だから、このロティの柔らかさにナイトは驚いたのだろう。
リリもしっとりとしたお肉の美味しさに素直に驚いていた。
「バターで肉の表面を覆ったからかしら? 肉汁を閉じ込めて、しっとり柔らかくジューシーに仕上がったのかも」
それと、間違いなく魔素を含んでいることによる旨味の相乗効果もあるだろう。
とても美味しくて、満足だ。
エビピラフやスープ、野菜サラダももちろん美味しいけれど、肉の味が強すぎる。
「ベリーのソースもとっても美味しいわ。素敵な食べ方を教えてくれてありがとう」
『聖域のベリーは特別だからね。でも、リリが作ってくれたソースが一番美味しかったよ』
「ほんと? ふふ、嬉しい」
きっと材料に使った醤油とみりん、白ワインにハチミツのおかげだと思う。
ともあれ、美味しいランチを堪能できたので、ふたりとも満ち足りた表情で食後のお茶を楽しんだ。
ワイルドディア肉のロティは大きな塊肉を使ったので、まだ半分以上残っている。
これは夕食に楽しもう、とストレージバングルに収納した。
『そういえば、何か聞きたいことがあるって言っていなかった?』
ナイトが小首を傾げながら切り出してくれて、すっかり忘れていたことを思い出す。
「そう! このキャンピングカーが改造されているって言っていたけれど、本当?」
『本当だよ。多分、シオンさまが色々と手を加えたんだと思う。この薄くて持ち歩けるのは魔道コンロだし、お湯を作ったコレも魔道具だ』
「……えっ」
リリの目には普通の家電にしか見えないが、どれも動力源が魔石の魔道具らしい。
慌ててポットやIH卓上コンロをひっくり返してみて、コンセントがないことに気付いた。
「おばあさま、多才すぎる……」
ナイトが確認したところ、キッチンのほとんどが魔道具と置き換わっていたようだ。
水道に冷蔵庫、オーブン付き電子レンジ。更にエアコンまで魔石で動く仕様となっていた。
呆然と周囲を見渡していたリリだが、はっと我にかえる。
「まさか、車も⁉︎」
『もちろん。特大の魔石を使ってあるね。多分、ワイバーンの魔石だね、これ』
「ワイバーン……」
ファンタジー系のアニメで見た覚えがある。ドラゴンもどきのモンスターだ。
「まさか、このキャンピングカーがワイバーンを動力源にしているとは……」
ガソリンの補充が不要になったのはありがたいけれど。
『シオンさまは、この動く家みたいな車をリリのために、こっちの世界で使いやすいようにしてくれたんだね』
しみじみとナイトが口にした内容に、リリは胸が暖かくなるのを感じた。
私のためにシオンおばあさまが手掛けてくれた──その気持ちがとても嬉しい。
『食事のお礼に、後片付けはボクがするよ』
「ありがとう。助かるわ」
食器やフライパンを洗うのは、生活魔法の【洗浄】を使うので、一瞬で綺麗になる。
まだ魔力が不安定なリリにとっては、ナイトのお手伝いはありがたかった。
汚れが落ちた皿やフライパンをアイテムバッグに収納していると、ふいにナイトが顔を上げた。
真顔で窓から空を睨み付ける様子に、戸惑いを隠せない。
(こんなにピリピリした空気を纏ったナイトは初めて見る)
いったい何があったのか。
「ナイト……?」
おそるおそる声を掛けると、気付いた黒猫がはぁーっとため息を吐いた。
『大丈夫。危害を加えてくるような相手ではないよ。ただ、鬱陶しいだけだから』
「なんのこと?」
『招かれざる客がここを目掛けて飛んでくる……あ、もう来ちゃったか』
ドン! と空気の圧のようなものが、背後から襲ってきた。
「……ッ⁉︎」
なに、と慌てて振り返って。
リリはその姿勢のまま固まった。
運転席の窓からこちらを覗き込んでくる、大きな黄金色の双眸。
赤い鱗に覆われた巨体を縮こませるようにしたドラゴンが、まっすぐにリリを睨み付けていたのである。
2,033
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる