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100. 一時帰宅です
しおりを挟む二、三日の滞在の予定が、すっかり長居してしまった。
バリシアホテルが思ったよりも快適だったのと、友人と過ごす日々が楽しかったのもある。
幼い頃から寝込みがちだったリリにとって、『海堂家』とは無関係に親しくなれた友人ができたのは、初めてのことだった。
ローザ嬢は十四歳。五つも年下だが、幸いというか、リリは身長も低く、童顔なためか、『双子コーデ』で街を歩いても違和感はなかったようだ。
ストロベリーブロンドのローザ嬢は淡いピンクのワンピースを。
翡翠色の瞳をしたリリはペールグリーンのお揃いのワンピースを身に纏い、バリシアの街を散策した。
毎年、この地を訪れているローザ嬢は街に詳しく、郊外にある牧場にも案内してくれた。
侯爵家所有の豪奢な馬車に三十分ほど揺られた先にある牧場では新鮮なミルクを仕入れることができたので、とても楽しい時間を過ごせた。
この牧場で作るチーズは王都でも人気があるらしく、味見をさせてもらったが、それも納得の美味しさだった。
残念ながら、ヨーグルトや生クリームなどの取り扱いはなかったので、ミルクとチーズをたくさん買い取らせてもらった。
異世界の美味しい食材が着々と手に入り、リリはご機嫌で牧場の散策を楽しんだ。
(ここのミルクやチーズが気に入れば、また買いにくればいいわね。伯父さまたちへのお土産にしようっと)
カマンベールに似た味わいのチーズなので、ケーキのようにデコレーションして食べるのも楽しそうだ。
酒の肴として、オリーブオイル漬けにしたものを伯父が摘んでいたのを見たこともある。
(料理長に送って、レシピを教えてもらいましょう)
とても楽しみだ。
ウキウキと食材を購入するリリを、ローザ嬢は不思議そうに見ていたが、美味しい食べ方を教えてあげると納得してくれた。
やはり、美味しいは正義なのである。
ともあれ、バリシアの街もお気に入りとなったけれど、今はまだ異世界旅の途中。
ローザ嬢とは定期的に文通をすることを約束して、リリたちは街を後にした。
手紙は商業ギルド経由で送ることができるらしい。
郵便配達を依頼することも可能だが、王都までの馬車便だと日数が掛かりすぎる。
稀に郵便事故で手紙が届かない可能性もあるとかで、魔道具での転送サービスを勧められた。
あまり大きくて重量のあるものは送れないが、ティッシュケースサイズの荷物であれば転送の魔道具で送れるらしい。
商業ギルドのジェイド支店と王都にある商業ギルド本部との間で、手紙や小さな荷を転送し合えるのだ。
そんな便利な魔道具があったとは、知らなかった。
リリがジェイドの街を出発する際には、ストロベリーブロンドの愛らしい少女に涙ながらに見送られたが、縁が切れたわけではないのだ。
「また会いましょうね、リリさん。約束よ」
「ええ。王都に着いたら、また会ってください。手紙を送ります」
ローザ嬢からは仲良くなった記念に、とお揃いのピンキーリングを貰った。
ピンクゴールドのシンプルな指輪だ。小さな石がひとつだけ飾られている。
「柘榴石の指輪よ。お友達のしるし」
「素敵。……いいのです?」
「もちろん! お揃いなのよ、私と」
「ありがとうございます」
ピンキーリングは左手の小指に着けてみた。
ローザ嬢も同じ指に着けていたので、リリは小指を絡め合って、くすりと笑った。
「約束です」
「約束ですわね!」
初めて会った時の、かっちりとした服装と髪型をしていた暗い表情のローザ嬢はどこにもいない。
ふわふわのストロベリーブロンドをリボンで飾り、年相応の愛らしいワンピースに身を包んだチャーミングな少女に、リリは笑顔で手を振った。
◆◇◆
バリシアの街を出て、三時間ほど走らせた先でキャンピングカーを止めた。
ドラゴンの体力は底なしなので、二十四時間ぶっ続けで運転したとしてもルーファスは何ともないが、リリには休憩が必要なのだ。
キャンピングカーから降りると、両手を上げて伸びをした。
街道から少しだけ逸れた草原なので、馬車や旅人の姿は見かけない。
深呼吸をすると、車に寄り掛かるようにして立つルーファスを振り返った。
「そろそろジェイドの街に戻りましょうか」
「いいのか? まだ、旅の途中だが」
「もちろん旅はまだ続けるつもりですよ? ただ、『紫苑』が気になるのと、伯父さまのところに顔を出さないと心配されそうなので」
「経過報告というやつだな」
『お土産を渡しに行くんじゃない?』
「ふふ。どっちも正解です」
キャンピングカーでの旅の途中、ルーファスとナイトは運動不足解消のため、と言い訳をしつつ、時折姿を消していた。
休憩中に、交代で出掛けていたので不思議に思っていたのだが、どうやら魔獣の気配に気付いて、わざわざ狩りに出向いていたようなのだ。
リリがふと『伯父さまに魔獣肉を送らないと……』とつぶやくと、笑顔で獲物を渡してきた。
おかげで大鹿や大猪、鳥系の魔獣肉の在庫がすごいことになっている。
二人の狙いは明白だ。
オーク肉の角煮やベーコンに味を占めて、料理長にこれらの肉を美味しく調理してもらいたいのだろう。
(まぁ、私も久しぶりに料理長のご飯が食べたいし、異世界の食材を渡したいから、ちょうどいいのかしら……?)
バリシアの街では、ローザ嬢をはじめとしたご令嬢やホテルで知り合ったご婦人方と交流が持てたことで、新たな知見を得ることができた。
さりげなくリサーチを試みて、少女たちが欲しがるものや、ご婦人方の好みを聞き出せたので、また日本で色々と仕入れてみようと思う。
「クロエたちにも早く会いたいです」
あまり放置しすぎると、大切な従業員である彼らが拗ねてしまいそうだ。
ルーファスがキャンピングカーを【アイテムボックス】に収納すると、リリは魔法の鍵で異世界へ繋がる扉を呼び出した。
まずは、懐かしの日本へ帰ろう。
扉を開けて、シオンの秘密部屋に移動する。ルーファスとナイトが後に続き、ぱたんと扉を閉じた。
その場で【洗浄】の魔法を使って、全身を綺麗にすると、スリッパに履き替えた。
ストレージバングルからスマホを取り出すと、さっそくアプリに連続で通知がある。
「メールとSNSのメッセージが大量です……。レオ兄とルカ兄、実は暇人なのかしら」
心配性の従兄たちが気に掛けてくれているのはありがたいが、ようやく独り立ちできた気でいるリリにとっては、少しだけ鬱陶しい。
とりあえずは『元気です。明日、お土産を持って行きます』とだけ、グループ用のメッセージに投げておく。
生存確認の連絡をしている間に、ルーファスが届いていた荷物や郵便物を回収してきてくれた。
黒猫のナイトも屋敷の周辺を見回ってくれたようだ。
『特に問題はなさそうだよ。結界にホツレもないし、害をなす存在は弾いてくれているみたい』
「ありがとう、ナイト」
害をなす存在が何かは不明だが、二人とも平然としているので、問題はないのだろう。
(近くの山から降りてきた害獣かしら?)
曽祖母お気に入りの庭の薔薇を狙った草食獣や、或いは虫でもいたのかもしれない。
この見えない結界のおかげで、我が家の庭園は虫食いに悩まされることなく、いつも綺麗に咲き誇ってくれている。
「回覧板が来ていたので、回しておいたぞ」
「ルーファスもありがとう。何か、連絡事項でもあった?」
「大した内容はなかったので、代わりにサインしておいた」
「日本語も書けるなんて、さすがね」
「そういうスキルだからな」
褒められて、満更でもないようだ。
ジェイドの街に戻る前に、皆には差し入れを買っていくことにしよう。
「ショッピングモールに買い物に行きたいです」
「む。ケーキだな⁉︎」
「ふふ。そうね、いつものケーキ屋さんにも寄りましょうか」
『他にも行くの?』
「せっかくだから、ランチも買って行こうかと思って」
ショッピングモールなので、ファーストフードのお店が何軒かあるのだ。
ハンバーガーショップにフライドチキンのお店、ドーナツショップもある。
牛丼やカレーのテイクアウトも喜んでもらえそうだ。
「久しぶりに、ジャンクなランチを食べたい気分なんです」
避暑地の高級ホテル生活では味わえなかった、チープで美味しいファーストフードをリリは真顔で所望した。
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