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101. 牛丼です
しおりを挟むショッピングモールで買い物をしてから、異世界へ戻った。
久しぶりのジェイドの街だ。
雑貨店『紫苑』の二階に魔法のドアを繋ぐと、気配を察知したセオが出迎えてくれる。
「リリさま、おかえりなさい!」
「ただいま帰りました。留守の間、困ったことはなかったです?」
盛大に尻尾を振りながら出迎えてくれたセオは、リリの問いに首を傾げた。
「特に問題はありませんでしたよ? 暇を持て余した辺境伯がお茶をしに通ってくるくらいで」
「ルチアさま……」
多忙なはずの女辺境伯なのだが、我が家のお茶とお茶菓子がよほど気に入ってくれたのだろう。
「せっかくリリさまが補充してくださった菓子がかなり食べられてしまいました……」
食べることが大好きな少年がキツネの耳をぺたりと寝かせて、項垂れる。
儚げな美少年なだけに、彼のファンのご令嬢が目にしたら、きっと同情して差し入れを貢ぎそうな光景だ。
あいにく、リリには効果はない。
が、彼女は大事な取引相手なので、もてなしてくれたお礼はするべきだろう。
「ちゃんと日本で追加の茶葉とお菓子を買ってきましたよ。三時のおやつに皆で食べましょう」
「さすが、リリさま! 楽しみですっ」
「ちゃっかりしていますね、セオは」
飛び跳ねて喜ぶ少年の首元をルーファスがひょいと掴んだ。
「じゃれていないで、さっさと仕事へ戻れ。クロエやネージュに恨まれるぞ」
「はっ! そうだった! やばいなー」
店頭護衛がメインのセオはフットワークが軽く、店から抜け出しやすいのだが、接客と会計を担当する彼女たちは仕事を放り出すことができないのだ。
慌てて店へ戻るセオの後をのんびりと追い掛ける。
カウンター裏から店舗を覗くと、気配に気付いた白黒姉妹と目が合った。
ぱっと華やかな笑みを浮かべてくれる二人に手を振ると、リリとルーファス、ナイトは庭に出た。
魔法のトランクを展開して、家を設置する。
「あと三十分ほどでお昼休憩ね。ランチの準備をしないと」
『手伝うよ、リリ』
「ありがとう、ナイト」
「リリィ、俺は──」
勢い込んで挙手をするルーファスには日本で回収した荷物の整理をお願いする。
「商品の確認と、在庫整理もしないといけないですね」
「やっておこう。ついでに【アイテムボックス】も整理しておくか」
「そうですね。色々と荷物を預かってもらっているので……」
ルーファスやナイトは収納スキル持ちなので、つい甘えてしまっている。
時間停止機能付きのストレージバングルの収納容量はそれほど大きくないので、どうしても食料品や魔獣肉などはそのまま預かってもらうしかないのだ。
「ふむ。肉はうちで消費する分と、にほんへの土産用に分けておくか。こちらで解体しておくぞ?」
「助かります。ふふ、異世界食材はどれも美味しいから、きっとまた料理長が張り切ってくれそうです」
「それはいい。あの男は素晴らしい料理人だからな、楽しみだ」
明日はまた伯父宅にお邪魔する予定なので、喜ばれそうなお土産を厳選する必要もある。
(魔獣肉は買い取ってくれるみたいだから、ルーファスとナイトのお小遣いがまた増えるわね)
二人のことだから、きっとまた美味しい食べ物に使うのだろう。
(なら、デパ地下に連れていってあげようかしら? ルーファスの好きな果物もあるし、ナイトが喜びそうなお菓子もたくさんあるもの)
ついでに、お弁当やお惣菜も仕入れて【アイテムボックス】に保管しておいてもらえば、いつでも美味しいご飯が楽しめる。
(良い考えね。それに、調味料やワインも良い物がたくさんあるし……ルチアさまへのお土産にもちょうどいいわ)
化粧品やアクセサリー、文房具のショップも覗いてみたい。
バリシアホテルでの販売会で知り合った貴族のご婦人方に、高級路線の品を少しでいいので取り扱ってほしいと頼まれたのだ。
あまり高価な物を扱う予定はなかったけれど、頑張れば手が届く価格の商品を置いておくのも悪くないのかもしれない、と思い直した。
学園の成績が良かった時用のご褒美にしたいのよ、と耳打ちされて、なるほどと思ったのだ。
(どんな物を扱うかは、デパートで商品を眺めて決めればいいわ)
異世界の少女が胸をときめかせるような、可愛らしいもの。或いは、うっとりするような美しい商品が見つかればいいのだが。
◆◇◆
ショッピングモールのフードコートから持ち帰ったのは牛丼だ。
何を買おうか迷っていると、目にしたルーファスに猛烈にねだられてチョイスした。
「これは絶対に旨いやつだ……! 食べてみたい!」
『うん、ボクも気になる。すごく、いい匂いだね』
ルーファスだけでなく、ナイトにもリクエストされたので、リリは迷うことなく牛丼屋で大量のテイクアウトを注文した。
牛丼パーティでもするんですか、と店員が目を丸くしたほどの数である。
皆がおかわりをするのを予見したのもあるが、【アイテムボックス】に収納してもらい、旅の間のお弁当にちょうどいいと考えたのだ。
それに──
「わぁ! いい匂いがしますっ! なんですか、これ!」
目を輝かせるセオ。クロエとネージュも期待に満ちた表情でテーブルに並べた牛丼を眺めている。
ゴスロリ衣装が似合う美少女に牛丼ランチを食べさせることに、少しだけ抵抗があったのだが、二人とも嬉しそうなので気にしないことにした。
「日本で買ってきた、牛丼です。生卵を割り入れて食べても美味しいそうですよ」
「リリさまは食べたことがないのです?」
クロエが不思議そうにこちらを見てくるのに、リリは苦笑した。
「実は……私も初めて食べるんです」
「まぁ、そうなのですね」
「食べてみたかったのですが、日本にいた頃は食が細くて、とても食べられなくて」
そう、初の牛丼なのである。
メニューを眺めて、たくさん種類があることを知って、思わず全種類を注文してしまった。
魔力も回復して元気いっぱいな今こそ、がっつりと牛丼を味わえるチャンスなのだ。
「なので、私も楽しみにしていたんです! さっそく食べましょう」
まずは定番の牛丼を食べてみる。大きめのスプーンですくって、ぱくり。
「んっ、これは……味が濃くて美味しいですね」
想像していたものよりも、甘めのタレでご飯がすすむ。
玉ねぎと牛肉だけのシンプルな具材だけれど、飽きることなく食べすすめていけそうだった。
「せっかくなので、トッピングの生卵も添えてみましょう」
無言でガツガツと牛丼を食べていた皆が、はっと顔を上げてリリの手元を凝視する。
皆に注目されながら、リリは食べかけの牛丼に生卵を割り入れた。
スプーンの先端を、黄身につぷりと差し込む。マナー的にこれであっているのか、ちょっと心配になったけれど、食欲の求めるままにスプーンでかき混ぜた。
いざ、と口に含むとまろやかな味わいに目元がやわらいだ。これは美味しい。
リリがうっとりと微笑む様を目にした皆は慌てて、真似をした。
セオは上手に卵を割れたが、ルーファスと白黒姉妹は握り潰してしまったり、殻が混じったりしたようで、嘆息している。
『リリ……』
空色の瞳を潤ませて見上げてくる黒猫に気付き、リリは代わりに卵を割ってあげた。ぱあっと笑顔になる様がとても愛らしい。
「旨いな! そのままのギュウドンでも旨かったが、卵が入ると、もっといい」
「お腹に溜まるし、食べやすいし、サイコーですね、ギュウドン!」
『ボクもこれは気に入ったよ。にほんでは、ニンゲンも生の卵を食べるんだねぇ』
男子は皆、すっかり牛丼の虜のようだ。楚々とした美少女二人もいつのまにか、丼が空になっている。
上品な仕草で口元をハンカチで拭うと、クロエはにこりと笑った。
「美味しかったですわ。おかわりをしても?」
「リリさま、私もおかわり」
クロエもネージュもぺろりと平らげた上におかわりまで所望してきた。
その華奢な体のどこに入ったのか不思議で仕方ないが、健啖家なのはいいことだ。
「ねぎ玉牛丼に、チーズのせ牛丼、キムチ牛丼、温玉牛丼もありますよ」
とろろ入りの牛丼におろしポン酢牛丼、ガーリックをトッピングした牛丼もある。
皆それぞれ気になるメニューに挑戦しているようだ。
「魔素のない肉でこれほど旨い料理なら、料理長が魔獣肉でギュウドンを作れば……?」
ルーファスがぽつりとつぶやいた一言に、皆が一斉に顔を上げた。
「リリさま……?」
「あっはい料理長にお願いしましょう」
皆の眼光の鋭さに、リリはたじろいだ。
料理長にはまた徹夜で調理をお願いすることになりそうだった。
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