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102. ドラゴンライド
しおりを挟むフードコートからテイクアウトした牛丼は異世界の皆のハートを鷲掴みにしたようだ。
おかわりを繰り返し、満ち足りた表情で彼らはお腹を撫でている。
ほっそりとした美少女である双子姉妹とナイトは牛丼を三個、キュートなキツネ耳美少年のセオは四個も平らげた。
ルーファスなどは五個をぺろりと完食して、さらにおやつをねだってきた。
「リリィ、買ってきたデザートを食べよう」
いくらなんでも食いしん坊すぎる。
だが、テーブルに突っ伏して「もう入らない」とぼやいていた全員がデザートと聞いて顔を上げた。
期待に輝く眼差しには逆らいにくい。
「お腹が落ち着いてから食べてもいいんですからね……?」
一応、そう声だけは掛けておく。
本日のスイーツは、いちご大福だ。和食つながりで選んだのだが、ちょうど地方で人気のフルーツ大福のショップが出張販売をしていたのである。
「どれも美味しそうだったのだけど、やはりここは定番のいちご大福で」
みかん大福やイチジク大福、マスカット大福なども買ってはあるが、メインのいちご大福は多めに購入した。
がっつり牛丼を食べた後に、大福はキツそうだが、いそいそと座り直して、こちらを見てくる皆の期待は裏切れない。
「デザートはベツバラですわよ、リリさま」
「日本のことわざも使いこなしていて偉いわ、クロエ」
「素敵な香りがします」
うっとりと口元を綻ばせるネージュが真紅の瞳をじっと見上げてきた。
これを断れる者はいないだろう。
「……お茶を淹れてきますね」
フットワークの軽いセオが手伝ってくれたので、緑茶を淹れた。
小皿に大福を盛り付けてくれたのはクロエだ。ネージュはフォークを添えている。
(本当はクロモジの爪楊枝を使いたいところだけど、見たことがないわよね……)
手づかみで食べようとしないだけでも、成長していると思う。
「中にいちごと餡子……豆をお砂糖で甘く煮たクリームが入っています。外側の白い皮は喉につまりやすいので、よく噛んで食べてくださいね」
ルーファスとナイトはみたらし団子を食べたことがあるので、もちもちの食感にもそう驚くことはないだろう。
さっそく口にした三人は目を丸くしながら、いちご大福を食べた。
「不思議な感触です! やわらかいのに、噛み切りにくい。この白いの、味はあんまりしないけど、なんだかクセになりそうです」
セオはもちもち風味が気に入ったようだ。クロエは餡子の甘さに目を輝かせ、ネージュはほんのり酸味のある、いちごが好きになったらしい。
「美味しいです!」
「ええ。気に入ったわ。私、このアンコのお菓子をもっと食べてみたいです」
「いちごとアンコ……合わせると攻撃力が倍増します、リリさま」
ネージュは特にいちご大福が気に入ってくれたようだ。甘酸っぱい菓子が好みなら、フルーツタルトも好きかもしれない。
(都内にタルトの美味しいお店があったから、そこにも寄ってみよう)
季節のフルーツをたっぷりと使った、贅沢なタルトを売りにしていた。
「皆が和菓子も平気で良かったです」
「わがし?」
「日本の伝統的なお菓子なんです。豆を甘く煮た餡子を受け付けない国の方もいるようなので」
美味しいのに、とリリは思うが、食文化は多彩なのだ。
(私もお米をミルクと砂糖で炊いたライスプディングは苦手だし……)
『ボクはこれ、好きだな。前に湖で釣りをしていた時に食べたのも好きだけど』
黒猫のナイトは団子や大福がかなり気に入ったようだ。
(和菓子が平気なら、お土産の幅も広がりますね)
さすがに雑貨店『紫苑』では扱えないが、我が家で楽しむ分には問題ない。
異世界について知っている辺境伯、ルチアになら提供してもいいだろう。
テイクアウトの牛丼といちご大福のおかげで、クロエたちの機嫌も治ったようで、リリはほっと胸を撫で下ろした。
◆◇◆
翌日は、早朝に魔法のトランクの家を出発した。
商品の在庫もしっかり補充し、皆のためのお菓子や食料も託してある。
帰ってすぐの外泊は申し訳ないが、魔獣肉の調理と加工を料理長にお願いすると説明すると、にこやかに見送られた。
皆、すっかり料理長に胃袋を掴まれてしまっている。
日本の家に転移して、軽ワゴンに乗り込もうとしたところでルーファスに引き止められた。
「リリィ、今日は俺に運ばせてくれ」
「……え? ルーファスは免許証がないから日本での運転はダメですよ?」
てっきり、代わりに運転がしたいのかと思いきや、ルーファスは首を振った。
「違う。俺が元の姿に戻って、リリを運んでやろうと言っている」
「元の姿って……まさかドラゴンに?」
あの立派な体躯のドラゴンに変化して、空を飛んでくれるという。
ファンタジーな展開に胸がときめいたが、さすがにそれは難しいのではないだろうか。
「ドラゴンが現れたら、日本中がパニックになると思いますよ?」
「魔法で姿を隠すから問題ない。誰にも見えないし、音を消して飛ぶことも可能だぞ」
「え、それは便利……ではなくて。私にはドラゴンの背中に乗るのは、体力的にも腕力的にも無理かと」
「リリィは何もしなくていい。俺が車ごと運んでやろう」
「車ごと……」
それなら、座っているだけでいいのでリリでも大丈夫だろう。
好奇心と常識の狭間で葛藤していると、ナイトがのんびりと口を挟んできた。
『いいんじゃない? ルーファスなら、あっという間に到着するよ。伯父さんの家なら、十五分もあれば行けるんじゃない?』
「三時間以上かけて車で向かう場所ですよ? さすがに十五分では……」
「十分もあれば行けるぞ?」
何でもないことのように言ってのけるルーファスをリリは凝視する。
「十分……」
「な、なんだ? 不服か? 俺だけなら五分もあれば余裕で飛べる距離だが、リリィを抱えるからな。負担をかけないよう、ゆっくり飛ぶつもりなんだ」
「ゆっくり飛んで十分。……ルーファス」
「な、なんだ? リリィ」
常識を放り投げたリリは時短と好奇心を選んで、にっこりと笑った。
「ぜひ、お願いします。一度、ドラゴンと空を飛んでみたかったの」
◆◇◆
屋敷にいる伯母へは、十分後にドラゴンが庭に降り立つ旨を連絡しておいた。
リリとナイトが乗った軽ワゴンをルビーのように美しいウロコを持つドラゴンが抱えて、飛び立つ。
ぐん、と上昇する感覚にリリは興奮した。しっかりシートベルトをしてあるし、膝には頼れる黒猫がいる。
ドラゴンに抱え上げられて空を飛ぶという、とんでもない体験を、リリは存分に楽しんだ。
「まったく揺れませんね」
『ルーファスが結界を張ってくれているからね。窓から顔を出しても、風は感じないと思うよ』
「それは残念です」
ビュウビュウと風の音はすれど、結界に保護された軽ワゴンはすこぶる快適だ。
何より窓から見下ろせる絶景を楽しむことに、リリは余念がなかった。
『リリは怖くないの?』
「不思議と怖くないわ。むしろ、とっても爽快!」
乗ったことはないが、ドラゴンが浮上する際の感覚はきっとジェットコースターのそれと近い気がする。
翡翠色の瞳を輝かせて窓に張り付くリリを目にして、黒猫が喉を震わせて笑った。
『ふふっ。やっぱり、リリはシオンさまの曾孫だね。同じように空の旅を好んでいたから』
「まぁ、そうなの? おばあさまもルーファスに運んでもらったのね」
『シオンさまはルーファスの背に騎乗していたけどね』
黄金色の長く美しい髪をたなびかせ、真紅のドラゴンの背にまたがるエルフの麗人。それはもう女神のように神々しかったに違いない。
「見てみたかったわ……」
想像して、うっとりとため息をつくリリからナイトはそっと目を逸らせた。
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(女神というよりは、あれは破壊神だったよね。リリにとっては優しいおばあちゃんだったみたいだし、内緒にしておこう)
賢い黒猫はリリの膝の上で丸まって、黙秘を貫いた。
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