105 / 180
103. レインボーサーモンのクリームパスタ
しおりを挟むきっかり十分で、目的地に到着した。
ドラゴンは軽ワゴンを抱えたまま、そっと地面に降り立った。
我が家の駐車スペースは広いので、余裕を持って着地できたようで、ほっとする。
立派な巨体が降り立った音はほとんどしなかったが、木々は揺れたようだ。
ルーファスはすぐに人の姿に変化して、車内を覗き込んできた。
「平気か、リリィ」
「ええ、もちろん大丈夫です。むしろ、楽しかったわ。ありがとう、ルーファス」
お礼を言って、車から降りた。
と、庭先のベンチに腰掛けていた伯母が目を丸くしているのに気付く。
「驚いたわ。本当に空を飛んできたのね。急に貴方たちが見えるようになったのも、魔法なのかしら?」
「目眩しの魔法のようなものだ。意外と便利だぞ?」
「そうでしょうねぇ。誰にも気付かれずに行動したい時があるものだから、羨ましいわ」
おっとりとした天然系の伯母でも、そんな風に思うことがあるのかと意外だった。
「それはそうとして、リリちゃんおかえりなさい。初めての旅は楽しかったかしら?」
「ええ、それはもう!」
「あらあら。じゃあ、お茶を飲みながら旅の話を聞かせてちょうだい」
姪を出迎えるために、わざわざ庭で待っていてくれたようだ。
さりげなく人払いも済ませていたので、さすがだと思う。
今から帰ると連絡を入れてから、きっかり十分後なのに、この対応力は見習いたい。
「あ、お茶の前に料理長に食材を渡してきますね。ルーファスとナイトが張り切って狩ってきてくれた魔獣肉がたくさんあるので」
「まぁ、素敵ね。ディナーが楽しみだわ」
ルーファスには荷物持ちも兼ねて、厨房へ付き添ってもらうことにした。
黒猫のナイトもリリの後を追おうとしたが、それより早く伯母に抱き上げられてしまう。
「うふふ。ナイトちゃんは私と一緒にリビングでおしゃべりしましょう」
「ふみゃっ⁉︎」
「とっても可愛いわぁ。毛並みも艶々ね」
頬ずりされた黒猫は固まったまま、こちらを見つめてくる。
『助けて、リリ!』
「あー……」
涙目のナイトには申し訳ないが、こうなった伯母は誰にも止められない。
「美味しい肉料理とお菓子を後であげるから、ちょっとだけ我慢してね、ナイト」
「ニャッ⁉︎」
ガーン、とショックを受けた表情をしている黒猫を伯母に託すと、リリは大急ぎで厨房へ向かった。
◆◇◆
旅の間にナイトとルーファスがせっせと狩ってくれた魔獣の数は五十以上。
さすがに全てを持ち込むことは難しいので、我が家で消費する肉を避けて、持ち込んだ。
それでも、かなりの数となった。
まずは鹿系の魔獣。ワイルドディアとフォレストディア。
ダンジョンにはもっと大きくて強い鹿の魔獣がいるようだが、旅の途中の森林や草原で見かけた個体なので、小振りな方らしい。
(私にとっては、かなり大きな鹿のモンスターに見えるけど……)
日本に生息する鹿の数倍の大きさがあるのだ。中には、ヘラジカなみの巨体を誇る個体もいたので、リリにとっては恐ろしい魔獣だった。
実際、冒険者ではない一般人が出会うと大怪我を負わされたり、命を落とすこともあるという。
鹿系の肉よりも多いのは、猪の魔獣肉だ。ワイルドボアにフォレストボア、珍しいところではレッドボアという種類の獲物がいたようだ。
これはルーファス曰く「ピリッとして、すこぶる旨い肉」らしい。
(……それは毒があるのでは?)
ドラゴンの感覚が人と同じだと認識すると危険かもしれない。
リリはこっそり、レッドボア肉を【鑑定】
してみたが、毒ではなかったようだ。
火属性魔法を使う特殊個体で、香辛料にもなる薬草を好んで食べるため、肉に辛味がついているらしい。
(鑑定結果では、美味。珍味ともされる、ってあったけど。どんな味か、気になるわ)
料理長には香辛料を餌にした猪の肉だと伝えて、託してきた。
あとは皆大好きオーク肉を十頭分。これは半分を伯父宅へ、残りは料理長に調理してもらって持ち帰る予定でいる。
すっかり料理長に胃袋を掴まれてしまった皆からのリクエストは『角煮とベーコン、サラミソーセージ』だった。
鳥系はコッコ鳥の他に、巨大なカモの魔獣、ワイルドダック。
美しいキジの魔獣、ゴールデンフェザントにコカトリス肉もある。
(キジ肉はまだ食べたことはないけれど、カモ肉のローストも、コカトリスの唐揚げも美味しかったのよね)
レシピ本を眺めながら調理した初心者のリリでも美味しく料理ができたのだ。
それらの肉をプロの料理人が調理したら、どれほどのものになるのか。
今から、楽しみで仕方ない。
ジビエだと念押しして渡した魔獣肉の他にも、旅の途中で入手した野菜や果実、そして湖で釣ってきたレインボーサーモンも料理長に渡してある。
異世界の蜂蜜とチーズも抜かりなく託しておいた。
伯父の酒の肴になりそうなので、その前に菓子を作って欲しいとおねだりしてある。
伯母が気を利かせて、調理補助の料理人を急遽呼んでくれたので、その人に菓子を作ってもらうつもりだ。
どうもパティシエ経験があるようなので、期待がもてる。
異世界のミルクと卵も渡しておけば、美味しい焼き菓子を食べられるかもしれない。
そっと追加の食材を渡して、リリは笑顔で厨房を後にした。
大量の食材を前に、料理長が呆然と立ち尽くしていたが、上機嫌の二人は気付かなかった。
◆◇◆
叔母とのおしゃべりを存分に楽しんでいると、すぐにお昼になってしまった。
コックコートを身に纏った青年がドアをノックして、昼食を運んできてくれた。
「まぁ、もうそんな時間なのね」
「料理長のランチ、楽しみです。ナイト、昼食の時間よ?」
女性同士のおしゃべりに辟易とした黒猫は窓際ですっかり寝入っていた。
声を掛けると『お昼ごはん!』と声を弾ませながら飛び起きる。
伯母の指示で、昼食は四人前を用意してくれていた。
一人足りないことに不思議そうな顔をしながらも、調理人の男性は優雅な所作でサーブしてくれる。
「サーモンのクリームパスタです」
「美味しそうです」
さっそく、リリが持ち込んだレインボーサーモンを調理してくれたようだ。
ランチなので、軽めのメニューにしてくれたのだろう。サラダとスープ、パンもカゴに盛り付けてあった。
「デザートとティーは食後にお持ちしますね」
「ありがとう。楽しみにしているわね」
青年が一礼してリビングダイニングから退出すると、ナイトがリリの向かいの席に座った。ぺろりと舌なめずりする姿が可愛らしい。
人の目があるところで、猫に人と同じ料理を食べさせるわけにはいかないので、すぐに出て行ってくれてホッとした。
「これが、異世界の湖で釣ったお魚なの?」
好奇心に満ちた眼差しを向けてくる伯母に、リリはくすりと笑う。
「はい。レインボーサーモンっていう、虹色の綺麗なお魚です。これはナイトが釣ってくれたサーモンなんですよ」
「まぁ、ナイトちゃんが?」
「尻尾を餌にして、あれは見事なものだった」
一匹しか釣れなかったルーファスが、重々しく頷いている。
たしかに、尻尾での釣り姿はとても見事なものだった。
まるでアニメのワンシーンのようなファンタジーな光景で、後から動画に収めておけば良かったと悔しい思いをしたものだ。
「また釣りに行きましょうね」
「そうだな。次こそはリベンジだ」
『きっと、またボクが優勝すると思うけど?』
軽口を叩きつつ、レインボーサーモンのクリームパスタを食べる。
「美味しい……」
「まぁ、本当ね。具材はシンプルなのに、驚くほどに美味だわ。もしかして、他にも異世界食材を使っているのかしら?」
「当たりだな、リリの伯母殿。このミルクや野菜に魔素が含まれている」
『牧場で買ったミルクだね! チーズも使っているんじゃない?』
黒猫もドラゴンもすっかり美食家だ。
野菜はネブラムの街で購入したブロッコリーだし、キノコは『聖域』で採取したもの。
ミルクとチーズはバリシア地方の牧場で購入したものを使っている。
もちろん、レインボーサーモンも異世界の食材なので、魔素たっぷり。
シンプルなクリームパスタでも、数多の高級食材を使った料理より、よほど美味しく仕上がっていた。
「脂がのって、とても美味しいわ。これは刺身で食べたくなるわね」
「私もそう思ったのですが、淡水魚だったので、さすがに怖くて」
見慣れたサーモンそっくりの姿をしており、切り身も美しい赤身。
カルパッチョやお刺身にして食べたい、と密かに考えてしまっても仕方ないだろう。
「まぁ、残念ね」
「寄生虫は怖いので」
などと残念がっている二人をルーファスが不思議そうに見やる。
「刺身とは何だ?」
「日本の伝統的な魚料理で、生のまま食べるものです」
「ニンゲンも生で食うとは知らなかった……」
「美味しいんですよ? でも、淡水魚は寄生虫が怖いので、食べられないという話をしていたの」
「寄生虫? ああ、肉や魚についている、小さな虫か。あれなら、いないから生で食えるぞ?」
「……え?」
何でもないことのように言うルーファスを、リリだけでなく伯母も真顔で凝視した。
1,337
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる