【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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103. レインボーサーモンのクリームパスタ

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 きっかり十分で、目的地に到着した。
 ドラゴンは軽ワゴンを抱えたまま、そっと地面に降り立った。
 我が家の駐車スペースは広いので、余裕を持って着地できたようで、ほっとする。
 立派な巨体が降り立った音はほとんどしなかったが、木々は揺れたようだ。
 ルーファスはすぐに人の姿に変化して、車内を覗き込んできた。

「平気か、リリィ」
「ええ、もちろん大丈夫です。むしろ、楽しかったわ。ありがとう、ルーファス」

 お礼を言って、車から降りた。
 と、庭先のベンチに腰掛けていた伯母が目を丸くしているのに気付く。

「驚いたわ。本当に空を飛んできたのね。急に貴方たちが見えるようになったのも、魔法なのかしら?」
目眩めくらましの魔法のようなものだ。意外と便利だぞ?」
「そうでしょうねぇ。誰にも気付かれずに行動したい時があるものだから、羨ましいわ」

 おっとりとした天然系の伯母でも、そんな風に思うことがあるのかと意外だった。

「それはそうとして、リリちゃんおかえりなさい。初めての旅は楽しかったかしら?」
「ええ、それはもう!」
「あらあら。じゃあ、お茶を飲みながら旅の話を聞かせてちょうだい」

 姪を出迎えるために、わざわざ庭で待っていてくれたようだ。
 さりげなく人払いも済ませていたので、さすがだと思う。
 今から帰ると連絡を入れてから、きっかり十分後なのに、この対応力は見習いたい。

「あ、お茶の前に料理長に食材を渡してきますね。ルーファスとナイトが張り切って狩ってきてくれた魔獣肉がたくさんあるので」
「まぁ、素敵ね。ディナーが楽しみだわ」

 ルーファスには荷物持ちも兼ねて、厨房へ付き添ってもらうことにした。
 黒猫のナイトもリリの後を追おうとしたが、それより早く伯母に抱き上げられてしまう。

「うふふ。ナイトちゃんは私と一緒にリビングでおしゃべりしましょう」
「ふみゃっ⁉︎」
「とっても可愛いわぁ。毛並みも艶々ね」

 頬ずりされた黒猫は固まったまま、こちらを見つめてくる。

『助けて、リリ!』
「あー……」

 涙目のナイトには申し訳ないが、こうなった伯母は誰にも止められない。

「美味しい肉料理とお菓子を後であげるから、ちょっとだけ我慢してね、ナイト」
「ニャッ⁉︎」

 ガーン、とショックを受けた表情をしている黒猫を伯母に託すと、リリは大急ぎで厨房へ向かった。


◆◇◆


 旅の間にナイトとルーファスがせっせと狩ってくれた魔獣の数は五十以上。
 さすがに全てを持ち込むことは難しいので、我が家で消費する肉を避けて、持ち込んだ。
 それでも、かなりの数となった。
 まずは鹿系の魔獣。ワイルドディアとフォレストディア。
 ダンジョンにはもっと大きくて強い鹿の魔獣がいるようだが、旅の途中の森林や草原で見かけた個体なので、小振りな方らしい。

(私にとっては、かなり大きな鹿のモンスターに見えるけど……)

 日本に生息する鹿の数倍の大きさがあるのだ。中には、ヘラジカなみの巨体を誇る個体もいたので、リリにとっては恐ろしい魔獣だった。
 実際、冒険者ではない一般人が出会うと大怪我を負わされたり、命を落とすこともあるという。

 鹿系の肉よりも多いのは、猪の魔獣肉だ。ワイルドボアにフォレストボア、珍しいところではレッドボアという種類の獲物がいたようだ。
 これはルーファス曰く「ピリッとして、すこぶる旨い肉」らしい。

(……それは毒があるのでは?)

 ドラゴンの感覚が人と同じだと認識すると危険かもしれない。
 リリはこっそり、レッドボア肉を【鑑定】
してみたが、毒ではなかったようだ。
 火属性魔法を使う特殊個体で、香辛料にもなる薬草を好んで食べるため、肉に辛味がついているらしい。

(鑑定結果では、美味。珍味ともされる、ってあったけど。どんな味か、気になるわ)

 料理長には香辛料を餌にした猪の肉だと伝えて、託してきた。

 あとは皆大好きオーク肉を十頭分。これは半分を伯父宅へ、残りは料理長に調理してもらって持ち帰る予定でいる。
 すっかり料理長に胃袋を掴まれてしまった皆からのリクエストは『角煮とベーコン、サラミソーセージ』だった。
 
 鳥系はコッコ鳥の他に、巨大なカモの魔獣、ワイルドダック。
 美しいキジの魔獣、ゴールデンフェザントにコカトリス肉もある。

(キジ肉はまだ食べたことはないけれど、カモ肉のローストも、コカトリスの唐揚げも美味しかったのよね)

 レシピ本を眺めながら調理した初心者のリリでも美味しく料理ができたのだ。
 それらの肉をプロの料理人が調理したら、どれほどのものになるのか。
 今から、楽しみで仕方ない。

 ジビエだと念押しして渡した魔獣肉の他にも、旅の途中で入手した野菜や果実、そして湖で釣ってきたレインボーサーモンも料理長に渡してある。
 異世界の蜂蜜とチーズも抜かりなく託しておいた。
 伯父の酒の肴になりそうなので、その前に菓子を作って欲しいとおねだりしてある。

 伯母が気を利かせて、調理補助の料理人を急遽呼んでくれたので、その人に菓子を作ってもらうつもりだ。
 どうもパティシエ経験があるようなので、期待がもてる。
 異世界のミルクと卵も渡しておけば、美味しい焼き菓子を食べられるかもしれない。
 そっと追加の食材を渡して、リリは笑顔で厨房を後にした。
 大量の食材を前に、料理長が呆然と立ち尽くしていたが、上機嫌の二人は気付かなかった。


◆◇◆


 叔母とのおしゃべりを存分に楽しんでいると、すぐにお昼になってしまった。
 コックコートを身に纏った青年がドアをノックして、昼食を運んできてくれた。

「まぁ、もうそんな時間なのね」
「料理長のランチ、楽しみです。ナイト、昼食の時間よ?」

 女性同士のおしゃべりに辟易とした黒猫は窓際ですっかり寝入っていた。
 声を掛けると『お昼ごはん!』と声を弾ませながら飛び起きる。
 伯母の指示で、昼食は四人前を用意してくれていた。
 一人足りないことに不思議そうな顔をしながらも、調理人の男性は優雅な所作でサーブしてくれる。

「サーモンのクリームパスタです」
「美味しそうです」

 さっそく、リリが持ち込んだレインボーサーモンを調理してくれたようだ。
 ランチなので、軽めのメニューにしてくれたのだろう。サラダとスープ、パンもカゴに盛り付けてあった。

「デザートとティーは食後にお持ちしますね」
「ありがとう。楽しみにしているわね」

 青年が一礼してリビングダイニングから退出すると、ナイトがリリの向かいの席に座った。ぺろりと舌なめずりする姿が可愛らしい。
 人の目があるところで、猫に人と同じ料理を食べさせるわけにはいかないので、すぐに出て行ってくれてホッとした。

「これが、異世界の湖で釣ったお魚なの?」

 好奇心に満ちた眼差しを向けてくる伯母に、リリはくすりと笑う。

「はい。レインボーサーモンっていう、虹色の綺麗なお魚です。これはナイトが釣ってくれたサーモンなんですよ」
「まぁ、ナイトちゃんが?」
「尻尾を餌にして、あれは見事なものだった」

 一匹しか釣れなかったルーファスが、重々しく頷いている。
 たしかに、尻尾での釣り姿はとても見事なものだった。
 まるでアニメのワンシーンのようなファンタジーな光景で、後から動画に収めておけば良かったと悔しい思いをしたものだ。

「また釣りに行きましょうね」
「そうだな。次こそはリベンジだ」
『きっと、またボクが優勝すると思うけど?』

 軽口を叩きつつ、レインボーサーモンのクリームパスタを食べる。
 
「美味しい……」
「まぁ、本当ね。具材はシンプルなのに、驚くほどに美味だわ。もしかして、他にも異世界食材を使っているのかしら?」
「当たりだな、リリの伯母殿。このミルクや野菜に魔素が含まれている」
『牧場で買ったミルクだね! チーズも使っているんじゃない?』

 黒猫もドラゴンもすっかり美食家だ。
 野菜はネブラムの街で購入したブロッコリーだし、キノコは『聖域』で採取したもの。
 ミルクとチーズはバリシア地方の牧場で購入したものを使っている。
 もちろん、レインボーサーモンも異世界の食材なので、魔素たっぷり。
 シンプルなクリームパスタでも、数多の高級食材を使った料理より、よほど美味しく仕上がっていた。

「脂がのって、とても美味しいわ。これは刺身で食べたくなるわね」
「私もそう思ったのですが、淡水魚だったので、さすがに怖くて」

 見慣れたサーモンそっくりの姿をしており、切り身も美しい赤身。
 カルパッチョやお刺身にして食べたい、と密かに考えてしまっても仕方ないだろう。
 
「まぁ、残念ね」
「寄生虫は怖いので」

 などと残念がっている二人をルーファスが不思議そうに見やる。

「刺身とは何だ?」
「日本の伝統的な魚料理で、生のまま食べるものです」
「ニンゲンも生で食うとは知らなかった……」
「美味しいんですよ? でも、淡水魚は寄生虫が怖いので、食べられないという話をしていたの」
「寄生虫? ああ、肉や魚についている、小さな虫か。あれなら、いないから生で食えるぞ?」
「……え?」

 何でもないことのように言うルーファスを、リリだけでなく伯母も真顔で凝視した。
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