【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
106 / 180

104. クレームブリュレ

しおりを挟む

 レインボーサーモンに寄生虫の心配はないと、ルーファスに教えてもらった。
 リリの【鑑定】スキルでは、まだそこまでは分からないのだが、長命種のドラゴンには詳細を見ることができるようだ。

「まぁ、じゃあこの美味しいサーモンのカルパッチョが楽しめるのね」

 伯母が華やかな歓声を上げる。
 リリも素直に喜んだ。

「そうですね、伯母さま。カルパッチョだけでなく、私はレインボーサーモンのお刺身も食べてみたいです。あとで料理長に生でも食べられると教えてあげないと」
「うふふ。もしかして、季節によっては魚卵も楽しめるのじゃないかしら」
「はっ……⁉︎」

 何気ない伯母の発言に、リリは目を見開いた。
 サーモンの卵といえば、イクラである。異世界サーモンのイクラなんて、絶対に美味しいに決まっていた。

「ふたりとも、シーズン中にまた、あの湖に釣りに行きますよ。サーモンの親子丼のために」

 厳かな口調で告げると、ルーファスとナイトにきょとんとされた。

「オヤコドン……とは?」
「サーモンとその卵を丼にした料理のことです。とっても美味しいんですよ」
『ドンブリって、あれでしょ? ギュウドン!』
「おお、ギュウドンか。あれは絶品だったな。肉の代わりに魚をのせて食うのか」

 フードコートでテイクアウトした牛丼が気に入った二人はなるほど、と頷いている。

「親と子を一緒に食うから、親子丼なのだな。なるほど面白い」
『ニンゲンって、わりと残酷なことを思い付くよねぇ』

 感心したような黒猫の発言に、それはそうかもと怯んでしまう。
 ナイトの念話はリリとルーファスにしか聞こえないので、伯母はおっとりと笑っている。

「鶏肉と卵で作る親子丼も美味しいわよ。料理長に頼んでみる?」
「おお、それも面白そうだな。土産にしてもらってもいいだろうか」
「お留守番をしてくれている子たちへのお土産ね? ふふ、大丈夫よ。頼んでおきましょう」
「ありがとうございます、伯母さま」

 料理長にはコッコ鳥の肉と卵を渡してある。きっと、美味しい親子丼を作ってくれるに違いない。
 また後でレシピを教えてもらおう。

「それにしても、異世界の淡水魚には寄生虫がいないなんて知らなかったです。海に向かうのが、ますます楽しみになってきました」

 海産物の生食が可能なら、日本人としては嬉しいかぎりだ。
 異世界の美味しい魚介類をお刺身で食べ放題ではないか。
 だが、ウキウキとするリリを前に、ルーファスは眉を寄せた。
 
「む? 寄生虫はいるぞ? 釣ったばかりのレインボーサーモンにもいたが……」
「えっ? でも、さっきはいないって」
「ああ。【アイテムボックス】に収納すれば、寄生虫は弾かれるからな」
「あ……」

 そういうことか、と納得する。
 収納スキルである【アイテムボックス】には生き物を入れることができない。
 なので、肉や魚も生きている間は収納できないのだ。
 レインボーサーモンもしっかりと締めてから、ルーファスに収納してもらっていた。

「生き物は収納できない、ということはリリちゃんが持っている魔法の鞄も同じなの?」
「ああ。マジックバッグも生き物は収納ができないぞ。【アイテムボックス】と同じく、生で食いたいものがあれば、使うといい」
「そんな使い方があったなんて……」

 まったく思い付かなかった。
 つくづく魔法のスキルや道具は不思議なことばかりだ。

「不思議すぎます。野菜や果物は普通に収納ができるのに……」
「植物は生き物と判定されないのだろうな」
「卵も収納できますよね。あれも生き物なのでは?」

 リリの疑問に、ナイトがニャアと答えてくれた。

『収納できる卵は、まだ意思を持った魂の持ち主として生まれていないからね。卵の中でかなり育ったものは弾かれるよ?』
「そうなんだ……」

 それは知らなかった。
 無精卵や、まだヒヨコの形まで育っていない卵なら収納できるということなのだろう。
 
(それはそうよね。卵を割って、ヒナが出てきたらトラウマになりそう……)

 その悲劇とかち合わないで済むなら、とてもよくできたシステムといえるかもしれない。

「なら、リリちゃんは魚介類を見つけたら、すぐに魔法の鞄に入れておけばいいのね」
「そうします。加熱調理するにしても、その方が安心ですものね」

 アニサキスのような寄生虫とこんにちわ、なんて絶対にしたくない。
 異世界の寄生虫は地球産のものよりも大きくて異形な存在な気がする。

 ともあれ、海辺の街に到着したら、さっそく試してみようと思う。
 その際は時間停止機能付きのストレージバングルに収納するつもりだ。

 レインボーサーモンのクリームパスタを食べ終えた頃、ドアがノックされた。
 黒猫がテーブルの下に素早く隠れる。

「どうぞ」
「失礼します」

 食後の紅茶とデザートを運んできてくれたようだ。
 
「こちら、お嬢さまが持ち込まれた食材を使ったクレームブリュレです」
「まぁ、楽しみだわ」

 ワゴンに載ったスイーツはアイスクリームのようだ。リリが首を傾げると、調理人の男性がふっと微笑んだ。

「今から、バーナーで炙ります」

 目の前で仕上げをしてくれるようだ。
 手際よく、バーナーで綺麗な焦げ目を付けてくれる様子をルーファスは目を丸くして眺めている。

『……火魔法か?』
『なにあれ! こっちの世界のニンゲンも魔法が使えるの?』

 念話で会話する二人に、リリはそっと『あれは魔法ではなく、火を出す道具です』と念話で伝えておいた。

「どうぞ」
「ありがとうございます」
「美味しそうね。さっそくいただきましょう」

 紅茶は伯母が淹れてきれた。
 ワゴンを押して料理人が部屋を後にすると、ナイトがテーブルの下から這い出してくる。

『びっくりしたぁ! 魔力の気配もないのに、急に火を出すから、もうちょっとで攻撃するところだったよ』

 ニャゴニャゴ訴える黒猫を伯母は可愛いわね、と微笑ましそうに見つめている。

(伯母さま。その可愛い黒猫さん、とっても物騒な発言をしていますよ?)

 反射的に攻撃されないで良かった、と胸を撫で下ろす。

「さ、せっかくのスイーツなのだし、溶けてしまう前に食べましょう」
「そうですね。クレームブリュレアイス、美味しそうです」

 見事にキャラメリゼされた表面にスプーンを入れる。
 パリッとした食感がすばらしい。

「んふっ」

 思わず、笑みがこぼれおちた。
 異世界の牧場で仕入れたミルクは濃厚で、おそらく生クリームも作れたのだと思う。コッコ鳥の卵と蜂蜜も異世界食材。
 魔素がたっぷり含まれたクレームブリュレは今まで食べたものの中でも抜群に美味しかった。
 
「素晴らしいわね。濃厚なのに、くどくない。舌触りもなめらか」
「彼、パティシエの腕もなかなかのようですね、伯母さま」
「本当ね。正式にうちで働いてもらうことにしましょう」

 おしゃべりを楽しみつつお茶を楽しむ女性二人をよそに、ルーファスとナイトは夢中でクレームブリュレを食べていた。
 本当に美味しい食べ物を前にすると、人は言葉を発することも忘れてしまうようだ。
 あっという間に完食して、ルーファスは名残惜しそうに陶器製のカップを見下ろしている。
 猫らしく、ぺろぺろとカップを舐めているナイトを羨ましそうに眺めていた。

「ダメですよ、ルーファス。人の姿でお皿を舐めるのはマナー違反です」
「くっ……」

 この世の終わりのような表情をするのはどうかと思う。クレームブリュレですよ?
 が、何かに気付いたかのように顔を輝かせると、ぱっと姿を変えてしまった。

「あ……」

 止める暇もなかった。
 あらあら、と伯母が面白そうに笑う。
 赤毛の美丈夫から、手乗りサイズのドラゴンに変化したルーファスは『これならマナー違反にはならないぞ!』とドヤ顔でカップに張り付いた。
 幸せそうに残ったクリームなどを舐めている様子はとても愛らしい。

「仕方ないですね……。私たち家族の前だけですよ?」
『分かっている!』

 黒猫ナイトは綺麗に皿を舐め取って、今は満足そうに毛繕いをしている。

「このクレームブリュレもお土産に追加しておいた方が良さそうです」

 これだけ気に入った様子なので、きっと帰ったら皆に自慢するに違いない。
 角煮戦争ならぬクレームブリュレ戦争が起こるのを避けるために、スイーツのお土産も頼むことにしたリリだった。
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...