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104. クレームブリュレ
しおりを挟むレインボーサーモンに寄生虫の心配はないと、ルーファスに教えてもらった。
リリの【鑑定】スキルでは、まだそこまでは分からないのだが、長命種のドラゴンには詳細を見ることができるようだ。
「まぁ、じゃあこの美味しいサーモンのカルパッチョが楽しめるのね」
伯母が華やかな歓声を上げる。
リリも素直に喜んだ。
「そうですね、伯母さま。カルパッチョだけでなく、私はレインボーサーモンのお刺身も食べてみたいです。あとで料理長に生でも食べられると教えてあげないと」
「うふふ。もしかして、季節によっては魚卵も楽しめるのじゃないかしら」
「はっ……⁉︎」
何気ない伯母の発言に、リリは目を見開いた。
サーモンの卵といえば、イクラである。異世界サーモンのイクラなんて、絶対に美味しいに決まっていた。
「ふたりとも、シーズン中にまた、あの湖に釣りに行きますよ。サーモンの親子丼のために」
厳かな口調で告げると、ルーファスとナイトにきょとんとされた。
「オヤコドン……とは?」
「サーモンとその卵を丼にした料理のことです。とっても美味しいんですよ」
『ドンブリって、あれでしょ? ギュウドン!』
「おお、ギュウドンか。あれは絶品だったな。肉の代わりに魚をのせて食うのか」
フードコートでテイクアウトした牛丼が気に入った二人はなるほど、と頷いている。
「親と子を一緒に食うから、親子丼なのだな。なるほど面白い」
『ニンゲンって、わりと残酷なことを思い付くよねぇ』
感心したような黒猫の発言に、それはそうかもと怯んでしまう。
ナイトの念話はリリとルーファスにしか聞こえないので、伯母はおっとりと笑っている。
「鶏肉と卵で作る親子丼も美味しいわよ。料理長に頼んでみる?」
「おお、それも面白そうだな。土産にしてもらってもいいだろうか」
「お留守番をしてくれている子たちへのお土産ね? ふふ、大丈夫よ。頼んでおきましょう」
「ありがとうございます、伯母さま」
料理長にはコッコ鳥の肉と卵を渡してある。きっと、美味しい親子丼を作ってくれるに違いない。
また後でレシピを教えてもらおう。
「それにしても、異世界の淡水魚には寄生虫がいないなんて知らなかったです。海に向かうのが、ますます楽しみになってきました」
海産物の生食が可能なら、日本人としては嬉しいかぎりだ。
異世界の美味しい魚介類をお刺身で食べ放題ではないか。
だが、ウキウキとするリリを前に、ルーファスは眉を寄せた。
「む? 寄生虫はいるぞ? 釣ったばかりのレインボーサーモンにもいたが……」
「えっ? でも、さっきはいないって」
「ああ。【アイテムボックス】に収納すれば、寄生虫は弾かれるからな」
「あ……」
そういうことか、と納得する。
収納スキルである【アイテムボックス】には生き物を入れることができない。
なので、肉や魚も生きている間は収納できないのだ。
レインボーサーモンもしっかりと締めてから、ルーファスに収納してもらっていた。
「生き物は収納できない、ということはリリちゃんが持っている魔法の鞄も同じなの?」
「ああ。マジックバッグも生き物は収納ができないぞ。【アイテムボックス】と同じく、生で食いたいものがあれば、使うといい」
「そんな使い方があったなんて……」
まったく思い付かなかった。
つくづく魔法のスキルや道具は不思議なことばかりだ。
「不思議すぎます。野菜や果物は普通に収納ができるのに……」
「植物は生き物と判定されないのだろうな」
「卵も収納できますよね。あれも生き物なのでは?」
リリの疑問に、ナイトがニャアと答えてくれた。
『収納できる卵は、まだ意思を持った魂の持ち主として生まれていないからね。卵の中でかなり育ったものは弾かれるよ?』
「そうなんだ……」
それは知らなかった。
無精卵や、まだヒヨコの形まで育っていない卵なら収納できるということなのだろう。
(それはそうよね。卵を割って、ヒナが出てきたらトラウマになりそう……)
その悲劇とかち合わないで済むなら、とてもよくできたシステムといえるかもしれない。
「なら、リリちゃんは魚介類を見つけたら、すぐに魔法の鞄に入れておけばいいのね」
「そうします。加熱調理するにしても、その方が安心ですものね」
アニサキスのような寄生虫とこんにちわ、なんて絶対にしたくない。
異世界の寄生虫は地球産のものよりも大きくて異形な存在な気がする。
ともあれ、海辺の街に到着したら、さっそく試してみようと思う。
その際は時間停止機能付きのストレージバングルに収納するつもりだ。
レインボーサーモンのクリームパスタを食べ終えた頃、ドアがノックされた。
黒猫がテーブルの下に素早く隠れる。
「どうぞ」
「失礼します」
食後の紅茶とデザートを運んできてくれたようだ。
「こちら、お嬢さまが持ち込まれた食材を使ったクレームブリュレです」
「まぁ、楽しみだわ」
ワゴンに載ったスイーツはアイスクリームのようだ。リリが首を傾げると、調理人の男性がふっと微笑んだ。
「今から、バーナーで炙ります」
目の前で仕上げをしてくれるようだ。
手際よく、バーナーで綺麗な焦げ目を付けてくれる様子をルーファスは目を丸くして眺めている。
『……火魔法か?』
『なにあれ! こっちの世界のニンゲンも魔法が使えるの?』
念話で会話する二人に、リリはそっと『あれは魔法ではなく、火を出す道具です』と念話で伝えておいた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「美味しそうね。さっそくいただきましょう」
紅茶は伯母が淹れてきれた。
ワゴンを押して料理人が部屋を後にすると、ナイトがテーブルの下から這い出してくる。
『びっくりしたぁ! 魔力の気配もないのに、急に火を出すから、もうちょっとで攻撃するところだったよ』
ニャゴニャゴ訴える黒猫を伯母は可愛いわね、と微笑ましそうに見つめている。
(伯母さま。その可愛い黒猫さん、とっても物騒な発言をしていますよ?)
反射的に攻撃されないで良かった、と胸を撫で下ろす。
「さ、せっかくのスイーツなのだし、溶けてしまう前に食べましょう」
「そうですね。クレームブリュレアイス、美味しそうです」
見事にキャラメリゼされた表面にスプーンを入れる。
パリッとした食感がすばらしい。
「んふっ」
思わず、笑みがこぼれおちた。
異世界の牧場で仕入れたミルクは濃厚で、おそらく生クリームも作れたのだと思う。コッコ鳥の卵と蜂蜜も異世界食材。
魔素がたっぷり含まれたクレームブリュレは今まで食べたものの中でも抜群に美味しかった。
「素晴らしいわね。濃厚なのに、くどくない。舌触りもなめらか」
「彼、パティシエの腕もなかなかのようですね、伯母さま」
「本当ね。正式にうちで働いてもらうことにしましょう」
おしゃべりを楽しみつつお茶を楽しむ女性二人をよそに、ルーファスとナイトは夢中でクレームブリュレを食べていた。
本当に美味しい食べ物を前にすると、人は言葉を発することも忘れてしまうようだ。
あっという間に完食して、ルーファスは名残惜しそうに陶器製のカップを見下ろしている。
猫らしく、ぺろぺろとカップを舐めているナイトを羨ましそうに眺めていた。
「ダメですよ、ルーファス。人の姿でお皿を舐めるのはマナー違反です」
「くっ……」
この世の終わりのような表情をするのはどうかと思う。クレームブリュレですよ?
が、何かに気付いたかのように顔を輝かせると、ぱっと姿を変えてしまった。
「あ……」
止める暇もなかった。
あらあら、と伯母が面白そうに笑う。
赤毛の美丈夫から、手乗りサイズのドラゴンに変化したルーファスは『これならマナー違反にはならないぞ!』とドヤ顔でカップに張り付いた。
幸せそうに残ったクリームなどを舐めている様子はとても愛らしい。
「仕方ないですね……。私たち家族の前だけですよ?」
『分かっている!』
黒猫ナイトは綺麗に皿を舐め取って、今は満足そうに毛繕いをしている。
「このクレームブリュレもお土産に追加しておいた方が良さそうです」
これだけ気に入った様子なので、きっと帰ったら皆に自慢するに違いない。
角煮戦争ならぬクレームブリュレ戦争が起こるのを避けるために、スイーツのお土産も頼むことにしたリリだった。
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