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105. 百貨店へ行こう
しおりを挟む今回は料理長に預けた肉の量が多かったので、日本には二日間滞在することにした。
ベーコンやサラミなどの加工には時間が掛かるが、角煮なら持ち帰ることができるので、お留守番中の三人も断腸の思いで受け入れてくれたのだ。
食欲、つよい。さすが料理長、異世界の使い魔たちの胃袋もがっちり掴んでいる。
伯父がちょうど出張で不在だったこともあり、翌日も泊まることにしたのだ。
「でないと、あのひと泣いちゃうかもしれないもの。リリちゃんに会えなくて」
「まさか、そのくらいで伯父さまが泣くわけないですよ」
ふぅ、と物憂げなため息をつく伯母に、リリが苦笑する。
「その、まさかよ! 私たちだけでリリちゃんと食卓を囲んで仲良く談笑したなんて知ったら、拗ねるのは確実よ?」
「うむ。伯父殿の気持ちは俺にも分かる。そんな哀しいことになったら、きっと俺も泣いてしまう」
「えぇ……」
そんなバカな、とは否定しづらい。
実際に、このドラゴンが泣き虫であることを初対面の時からリリは知っているので。
『ボクはにほんを色々と見られて楽しいけど、リリは大丈夫なの?』
クレームブリュレアイスを堪能した黒猫が優雅に毛づくろいをしながら尋ねてくる。
体調のことだろう。二泊三日の滞在が大丈夫なのかと心配してくれているのだ。
すぐ近くに、たっぷりと魔素を体内に蓄えたドラゴンがいるおかげか、今のところ体調に不具合はなさそうだったが──
「そうね、ルーファスがそばにいれば平気そう。異世界食材をメインにした食事も取っているからだと思うわ」
レインボーサーモンに野菜にミルク、卵に蜂蜜など。
魔素を含む食材を直々に料理長に手渡して作ってもらったので、リリにとってはそれらは特効薬に近い。
「よし。俺の膝に来るか、リリィ」
「行きませんし、座りません」
満面の笑みで両手を広げてみせるルーファスを、リリはばっさりと断った。
ぷすっと黒猫が笑う。
伯母は「あらあらまぁまぁ」と微笑んでいる。なんだか意味深な眼差しを向けられてしまい、居た堪れない。
『それはともかく、今日の昼から何をするの?』
軽く伸びをするナイトに、リリは「そうですね……」と思案する。
のんびりドライブを楽しみつつ、こちらに来るつもりだったのが、ルーファスのおかげで、かなりの時短になったのだ。
その分、時間には余裕がある。
「レオ兄やルカ兄が帰宅するのは夕方以降だし……。せっかくだから、皆で百貨店に買い物に行きたいです」
皆へのお土産はもちろん、雑貨店『紫苑』で扱う商品を探すのも目的だったりする。
『ひゃっかてん……ってなに?』
【翻訳】スキルが働かなかった、ということは、異世界には『百貨店』はないのだろう。
「様々な商品を取り扱う、大きな商店のことよ。私が行く予定の場所はその中でも老舗になるわ」
『ふぅん……? なんだか、あんまり面白くなさそう』
「ふふ。まぁ、服や宝飾品、化粧品なんてナイトは興味を持たないわよね」
『うん、いらないかな。ボク、留守番していようか?』
さすが、気まぐれな猫さんだ。
日本が異世界ほど危険がない国だと理解しているようで、ルーファスがいれば自分の護衛は不要だと考えているのだろう。
お昼寝して待っていてもらってもいいのだが、ナイトがいないと寂しい。
「無理に連れていくことはしませんけど……いいのです? 百貨店にはデパ地下、美味しいお惣菜やスイーツ、パンなどがたくさん売られているのに」
ぴくり、と耳が揺れている。
『おそうざい、って肉料理?』
「肉料理はもちろん、魚料理もあるわ。どれもとても美味しく調理されているの」
『ふ、ふぅん……そうなんだ……おいしい肉料理…』
お値段は少々高めだが、どれも美味しいのだと説明すると、ナイトも付き合ってくれることになった。
◆◇◆
百貨店へは伯母が運転する車で向かった。いつもは外商を自宅に呼び付けて買い物を済ませる彼女が、珍しくウィンドウショッピングを楽しみたいという。
顔の広い伯母が一緒な方が色々と楽そうだと考えて、三人と一匹で老舗の三ツ星百貨店へと出向いた。
車を預けて、正面玄関に辿り着くのとほぼ同時に、外商部の面々がすっ飛んでくる。
「海堂さま! 奥さまにお嬢さまもいらっしゃいませ」
「あら。今日はのんびり姪っ子とウィンドウショッピングを楽しむだけだから、気にしなくていいのよ?」
「はっ、それは失礼しました。では、ごゆっくりお買い物をお楽しみください。何かありましたら、すぐにでもご用命を」
「ええ、ありがとう。お願いするわね」
完璧な営業用の笑顔に感心する。
店長ともなれば、あんな風に接客するべきだろうか。
外商担当の男性とはリリも顔見知りだ。目が合ったので、にこりと微笑むと、ものすごく驚かれてしまった。
(そういえば、ずっと体調が悪く寝込みがちだった私しか知らなかったのね)
あの少女がこんなに元気になったことに、素直に驚いているのだろう。
そのリリの隣に立つ長身赤毛の美丈夫、ルーファスのことをさりげなく見つめている。
容貌からして、異国人なことは明白なため、特にこちらに何かを聞いてくることはなかった。
(海外からのVIPだと、勝手に勘違いしてくれていそう)
ルーファスは伯母やリリに平身低頭する男にはまったく興味がないようで、店舗内をきょろきょろと見渡している。
『リリィ、鼻がもげそうに臭いぞ』
「え……? あ、もしかして香水の匂い?」
百貨店一階は婦人用の化粧品売り場がメインで、雑貨や小物類、宝飾品も扱っている。
化粧品売り場にはブランドごとの香水を販売しているので、おそらくはその匂いに耐えかねたのだろう。
姿を消す魔法を行使した黒猫ナイトも鼻の頭にシワを寄せて、迷惑そうにしている。
『ボクも辛いよ、リリ。別のところに行こう』
化粧品も気になったが、鼻のいい彼らにはこれ以上の滞在は困難に思えた。
「では、他の階を見に行きましょう」
お土産のデパ地下食品は最後に回るつもりだ。とっておきのお楽しみなので、きっと喜んでもらえるはずだ。
◆◇◆
「……で、そんなに買い漁ってきたのか」
「人聞きが悪いです、レオ兄。ちょっとだけ……その、たくさん? 買い占めてしまっただけです」
「全然ささやかじゃないぞ、それは」
呆れたようにこちらを見てくる従兄から、リリはそっと視線を逸らせた。
自然と目の前の美味しそうな鹿肉のローストステーキに目を奪われる。
美しい赤身のローストはもはや芸術品の域だと思う。
「ん、美味しいです。ワイルドディアのロースト。お肉の旨味を一滴たりとも逃さない、料理長の執念を感じます」
「うふふ。本当ねぇ。山葵の風味が程よくて、刺激的だわ」
「ああ、たしかにこれは絶品だ。エゾ鹿もクセがなく食べやすかったけど、異世界の鹿肉の方が断然美味だと思う」
「鹿は淡白な味わいだと言われているが、これを味わうと戯言にしか思えんな!」
レインボーサーモンのカルパッチョも濃厚でとても美味しかった。
鹿肉料理も満足のいく出来栄えで、従兄二人も上機嫌だ。
ルーファスとナイトも真剣な表情でテーブルに並ぶご馳走に舌鼓を打っている。
(本日のディナーはオーク肉の角煮ではなかったから、戦争は起こらなかったみたいね)
こっそり胸を撫で下ろしつつ、本日購入した品々に思いを馳せる。
溺愛している姪を飾り立てることを好む伯母により、リリとついでにルーファスは着せ替え人形のように試着用の衣服の山を積まれてしまった。
お土産へのお礼よ、と笑顔で服を買ってくれたのは、まだ始まりに過ぎず──
普段着から部屋着、お洒落着に下着、靴に帽子、日傘など目につくものを片端から買っていく伯母を止めるのは大変だった。
おかげで落ち着いて雑貨類を眺める暇もなく。
どうにか、デパ地下で大人買いを楽しむことはできたのだが。
(明日、またリベンジに行こう)
各種スパイス類にワイン、クラフトビールなども買っておきたい。
ルーファスの好きなフルーツや新鮮な魚介類もついでに買っておこう。
もちろん、皆大好きスイーツ類も忘れずに仕入れておかなければ。
リリはデザートのショコラテリーヌの美味しさに感動しつつ、ミルクたっぷりのティラミスに顔を突っ込む黒猫を微笑ましく見守った。
◆◆◆
感染性胃腸炎でしばらく寝込んでおりました。更新が遅くなり、申し訳ないです。
◆◆◆
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