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106. お買い物は楽しい
しおりを挟む翌日、料理長の和朝食に舌鼓を打つと、午前中のうちにふたたび三ツ星百貨店に出向くことにした。
本日は残念ながら、伯母に用事があったため、ルーファスと二人きりでのお出掛けだ。
リリはちらりとソファで寛ぐナイトを見やる。
(今日は雑貨類やお酒を買うって説明した途端にこれだもの)
気まぐれな黒猫さんは、海堂邸でお昼寝を堪能するらしい。
眠そうな表情で『いってらっしゃい』と尻尾をぱたりと振ってくれた。
そんなわけで、リリは愛車の軽ワゴンを運転して、ルーファスと二人で百貨店に向かったのだった。
本日購入する予定のお酒は、異世界での販売用。
辺境伯であるルチア経由で販売してもらっている果実酒の他にも、良さそうなものを探すつもりでいる。
お世話になっているルチアへのお礼の品も買いたいが、新作も仕入れておきたい。
「酒か。楽しみだな」
「ルーファスも欲しいんですか?」
「ああ、そうだな。にほんの酒はどれも美味だから買っておきたい」
「だったら、ちょうど良かったです。ルーファスとナイトが狩ってきてくれた魔獣肉のお金を渡しておきますね」
前回、伯父が購入して支払ってくれたお金は口座に入れてあるが、今回の分は現金で貰っておいたのだ。
「この方がルーファスちゃんは使いやすいのではなくて?」と、気を利かせてくれた伯母がそっと封筒を手渡してくれた。
中には一万円札が百二十五枚入っている。
(厨房に持ち込んだ魔獣肉は二十五頭分。ひとつ五万円で買い取ってくれた計算ね)
これは仕留めてくれたナイトとルーファスの稼ぎなので、半分ずつ渡しておくことにした。
六十万円もあれば、百貨店でも充分ショッピングを楽しめるはずだ。
「これだけあれば、酒はたくさん買えるのか?」
期待に満ちた黄金色の瞳を前に、リリは首を捻った。
「お酒の価格はそれこそ千差万別なので、何とも言えませんね。私はまだ飲めないので、あまり詳しくないですし」
存分に買いたいのなら、コンビニやドラッグストアなどの方が良さそうな気もする。それか、酒屋を探して寄ってもいい。
「高級ワインなら、三ツ星百貨店にも置いていますよ?」
「にほんの高級ワイン……」
こくりと喉を鳴らすルーファス。高級ワインが気になるようだ。
「なら、三ツ星で高級ワインを一本だけ買って、帰りにリカーショップに寄りますか? そこで色々な種類のお酒を試しに買ってみたらいいのでは?」
「それはいい考えだ」
ワインを含む果実酒を飲むことが多いが、ルーファスならビールやウイスキー、ブランデーなども好みだと思う。
(華やかなルチアさまにはシャンパンが似合いそう)
高位貴族に高値で売り付ける用の酒を十本ほど頼まれていたので、そちらも購入する予定だ。
◆◇◆
前日、お惣菜売り場とスイーツショップでたくさん買ってしまい、迷惑をかけたと反省したリリは、帰り際に外商部の担当に先に注文を済ませておいた。
本日の持ち帰りに選んだのは、和菓子と洋菓子のショップの人気商品。
各テナントの自慢の商品を三種類十個ずつ用意しておいて欲しいと頼んでおいたのだ。
(おかげで人目を気にせずにテイクアウトできるわ)
帰り際に連絡を入れれば、車まで運んでくれるのだ。支払いもカードで済ませることができるし、とても簡単。
余裕ができた時間分、他の買い物を楽しめた。
まずは一階で化粧品と雑貨類。
香水の匂いが苦手なルーファスには地下食品売り場のお酒コーナーに置いてきた。
買い物が終われば迎えに行くと告げて、じっくりと選んでもらうことにする。
気を利かせた外商部の担当がルーファスをアテンドしてくれることになったので、後をお願いしておいた。
「日本語は一応理解はしていますが、文化には疎いので……たまに変なことを口走るかもしれません」
そっと小声で説明しておいた。
「なるほど。日本の酒に興味がおありなのですね。では、いくつか試飲していただきましょうか」
「助かります」
とても心強い。
味見ができると理解したルーファスがぱっと顔を輝かせた。
ワイルドな美形の彼がそんな表情をすると、不思議と可愛らしく見える。
酒売り場の女性スタッフが頬を上気させながら、かなりのやる気を見せていた。
(……うん。予算をオーバーしたら、カード払いにすればいいわね)
前回のオーク肉などを買い取ってもらった資金もまだあるので、気兼ねなく楽しんでもらうことにした。
「さて、私は雑貨とお化粧品をチェックしましょう」
バリシアの街で販売した化粧品はあっという間に上流階級の話題をさらい、ジェイドの街でも売らないのかと問い合わせが殺到した。
ルチア辺境伯を介しての注文も入るようになり、『紫苑』でも販売するようになった。
とはいえ、取り扱っているのは頬紅と口紅にアイシャドウの三点のみ。
さすがに品揃えが寂しいと感じて、下見に来たのだ。
三ツ星百貨店の化粧品売り場には、異世界で販売している肌の専門家のドクター監修ブランドの商品を取り扱っているのだ。
さっそくショップに向かい、リップとチーク、アイシャドウを全種類とパウダーファンデーションなども購入した。
(異世界には白粉があったから、取り扱わなかったけれど、年配のご婦人方からリクエストがあったのよね……)
シワやシミを隠すため、どんどん厚塗りになってしまうから、と。
もっと手軽で質の良いものはないのかとルチア経由で問い合わせがあったのだ。
なので、シミを隠すためのコンシーラーとパウダーファンデーションを幾つか購入することにした。
まずはお試しで使用してもらい、合うようなら購入してもらえばいい。
評判が良ければ店頭での販売を考えるつもりだ。
「あとは、洗顔用の石鹸と紅筆、ブラシも買っておきましょうか」
ちょうど老舗の化粧筆を販売していたので、十セットほど購入しておいた。
木箱入りの馬毛ブラシは肌触りがとてもいい。化粧雑貨の売り場で扱っていた手鏡とつげ櫛も美しい。
「椿の柄が彫られていて、とても素敵。これはローザさんにプレゼントしましょう」
ふふ、と微笑みながら同じものを自分用にも購入する。
双子コーデはほんの少しだけ恥ずかしかったけれど、とても楽しかったのだ。
お揃いは仲良しのしるし。きっとローザ嬢も喜んでくれるに違いない。
「あとは『紫苑』で扱う新商品……何がいいかしら?」
のんびりと見て回って、気になった商品を次々と購入していく。
異世界から輸入したポーションを買い取ってもらったお金があるので、気兼ねなくショッピングを楽しんだ。
◆◇◆
購入した品物はコインロッカーに預けるフリをして、ストレージバングルに収納した。
そのまま地下に降りて、ルーファスと合流する。
「リリィ! 買い物は楽しめたか?」
「はい、良い買い物ができました。そういうルーファスも……満喫したようですね」
カウンターにずらりと並んだ酒瓶に圧倒される。封を切って、そのまま試飲させてもらったようだ。
「どれも気に入ったので、買うことにした」
「わぁ……」
先に予算を伝えておいて本当に良かった。発送しますか、との問いにルーファスは笑顔で「ぜんぶ持って帰る!」と豪語している。
困惑気味にこちらを見てくる女性店員にリリはにこりと笑ってみせた。
「今日は車なので、持ち帰ります。丈夫な箱に詰めてもらえますか?」
「はい。お待ちくださいませ」
さすが天下の三ツ星百貨店。
客の事情を追求してくることもなく、スマートに要望を叶えてくれた。
「ついでにルチアに頼まれていた分の買い物も済ませておいたぞ?」
「助かります。ありがとう、ルーファス」
まだ十九歳のリリではアルコールは購入できないので、そこは素直に感謝した。
お酒好きな彼が選んでくれたものなら、ルチアもきっと気に入ってくれるに違いない。
「海堂さま。予約されていたお品はお車までお持ちすれば?」
「はい、よろしくお願いします」
傍らに控えてくれていた外商部の担当の言葉に頷いた。
腕時計を確認すると、ちょうど昼前だ。
デパ地下のお弁当を買って帰ることにした。
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