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107. 鰻重弁当
しおりを挟む伯母はまだ帰宅していなかったので、ルーファスとナイトの三人で少し遅めのランチにする。
三ツ星百貨店で購入してきたのは、老舗の鰻重弁当だ。
炭火でじっくり焼き上げた鰻をその場で詰めてくれたので、まだ温かい。
「せっかくなので、外で食べたいです」
海堂家自慢の中庭には、今が盛りのミニバラを楽しめるガゼボがある。
屋根付きでベンチとテーブルもあるので、普段は伯母がお茶を楽しみために使っていた。
お花見気分で、鰻重弁当とペットボトルのお茶を持参してガゼボのテーブルに広げた。
蓋を開けると、香ばしい匂いが立ち昇る。鰻の脂と甘辛いタレの香りは食欲を大いに刺激した。
「美味しそう……。いただきます」
手を合わせて、さっそく鰻の蒲焼きに箸を伸ばした。タレが染みたご飯と共に、ぱくり。んふふっ、と笑みがこぼれ落ちた。
こってりとした脂を孕んでいるのに、いくらでも食べられそうだと感じてしまう。
「幸せの味がするわ。すごく美味しい。鰻巻きも絶品ね」
鰻を食べたのは、二度目だ。
一度目は小学生の頃。従兄たちが旨いと絶賛していて、気になって一口食べさせてもらったのだ。
(あの時は、脂がキツくてそれ以上は食べられなかったのだけど……)
正直、幼い頃のリリにはそれが美味しいものだとは到底思えなかったのだが。
(元気になった今では、とっても美味しいと感じるわ……!)
鰻巻きも出汁がきいており、絶品だ。
欲を言えば、お吸い物があればもっと嬉しかったかもしれない。
伯父や伯母が舌鼓を打っていた、肝吸いはさすがに持ち帰り用はなかったので諦めた。
ちなみにルーファスとナイトは蓋を開けたままの姿で硬直している。
どうやら、開いて焼かれた鰻の姿がショッキングだったようだ。
「リリィ、これは……ヘビの肉、なのだろうか?」
どうにか声を発したのはルーファスだ。
黒猫のナイトは固まったまま。よほど驚いたのか、尻尾だけが倍ほどの太さに膨らんでいる。
「ヘビではないですよ。これは鰻です。見た目は少しだけ似ていますが、これでも淡水魚なんですよ」
「淡水魚……これが?」
「はい。正真正銘、魚類です。美味しいですよ?」
『それはリリの食べ方を見たら、なんとなく伝わってきたけど……』
異世界はヘビに似た外見の生き物には忌避感があるのだろうか。
「食べないのなら、私が食べますよ?」
「いや、リリィが選んでくれた料理なのだ。もちろん食うぞ」
日本に来てから使い方を覚えた箸を器用に扱い、ルーファスも鰻を口にした。
男らしく、がぶっと食べている。
いつもよりも一口サイズが控えめだが、勢いよく咀嚼して──目を見開いた。
「っ⁉︎ なんだ、これは。まさか、これが魚だと……!」
衝撃にふたたび硬直するルーファス。
一方、どうにか心を決めた黒猫ナイトも一切れ鰻を齧って、ぱあっと顔を輝かせた。
『なにこれ美味しい! ヘタな肉より美味じゃないか、ヘビそっくりのくせに!』
気に入ってくれたのは嬉しいが、いい加減でヘビを連呼するのはやめてほしい。
「そうなの。脂がたっぷりとのっていて、栄養がたっぷりなのよ、鰻料理は」
高タンパク、高ビタミンの滋養強壮食品なのだ。夏バテ対策にも食べられるほど、美味しいご馳走である。
「見た目はヘビなのだがな……。こんなに美味な肉だとは思いもしなかったぞ」
『ホントだよ。でも、このウナギ? これがこんなに美味しいのなら、ヘビも絶品なんじゃない?』
「むっ……。それはちょっとだけ試してみたくなるな」
「試すのはやめてね? また食べたくなったら、二人には鰻を買ってあげるから」
異世界でヘビを掴み獲りする二人の姿が嫌でも思い浮かぶ。
鹿やイノシシなら、解体をしたことがあるので、かなり慣れてはきているリリだが、ヘビを調理するのは勘弁してほしいと切実に思う。
ともあれ、初めての鰻料理は二人とも気に入ってくれたようで、ほっと胸を撫で下ろした。
◆◇◆
夕方、伯母が上機嫌で帰宅した。
ルチア辺境伯用に注文していたオーダーのドレススーツがとうとう完成したのである。
完成品を見せてもらったが、とても素晴らしい出来栄えでリリはうっとりと見惚れてしまった。
「フルオーダーは直接来店しないと受けていただけないものだと思っていました」
「ああ、そうね。普通はダメだけど……。今回はリリちゃんが細かく採寸してくれたじゃない?」
にこり、と伯母が笑う。
伯母の指示に従って、通常よりも細かく採寸をしたが、どうやらそのデータ通りにわざわざ専用のトルソーを作ったらしい。
(いえ、トルソーは手足のない胴体だけよね。全身のモデルをそのまま作ったというから、マネキンかしら?)
ルチア辺境伯の写真も添えた、彼女のスタイルそのままのマネキンのおかげで、ドレススーツのデザインと製作は大いに捗ったらしい。
「まぁ、それでもかなりの無理を通してしまったから反省はしているのよ? お詫びにリリちゃんから買い取ったポーション入りの化粧水をプレゼントしたら、快く今後も協力してくださるって」
ほほほ、と笑う伯母は間違いなく、やり手である。
(ポーション入りの化粧水なんて、一度使えばもう手放せないって、他ならぬ伯母さまが仰っていたのですが……)
ちょっとだけ相手に同情をしたリリだが、ルチア辺境伯の専属デザイナーの彼女は素晴らしい逸材なので手放したくない。
「……また下級ポーションを手に入れてきますね」
「うふふ。よろしくね、リリちゃん」
魔法も使ってみたいので、またダンジョンに挑戦しよう。
美味しい魔獣肉を狩ることに、すっかりハマってしまったルーファスもナイトもきっと二つ返事で頷いてくれるはずだ。
ルチアやお留守番組の使い魔の皆の動画を眺めながら、楽しくおしゃべりしていると、従兄たちが揃って帰宅した。
「ただいま、リリ! 半日ぶりだな!」
「おかえりなさい、レオ兄」
「バカ兄貴。リリが苦しがっているだろう、手を放せ」
「ルカ兄もおかえりなさい」
「ああ、ただいま。買い物は楽しかったかい?」
「はい! たくさん買えました」
「そうか」
ひとしきりハグをされて、ようやく解放されると、なぜかルーファスにバックハグをされた。
「……ルーファス?」
「ずるい。俺もする」
「ええぇ……」
2メートル近い大男にバックハグされると、小柄なリリはすっぽりと覆い隠されてしまう。
従兄たちが呆れたようにルーファスを眺めてくる。ちょっとだけ恥ずかしい。
「重いです」
「くっ……ならば変化する」
小さなドラゴンの姿に変わると、途端に圧迫感から解放された。
頭に乗られても重くないし、この姿のルーファスはとても可愛らしいので問題ない。
『重いオトコは嫌われるぞ、飛びトカゲ』
なーぅ、と黒猫に揶揄われて、手乗りドラゴンはぷいっと顔を背けた。
『……今は重くない』
『執着心が重いってこと! そんなんじゃ、シオンさまの時みたいにリリに嫌がられるよ?』
『うう……っ』
「…………」
どうやら、愛が重すぎるドラゴンは自由をこよなく愛する曽祖母に嫌がられていたようだ。
冒険の相棒だったというので、嫌われてはいなかったと思うのだが。
「おや、皆で出迎えか? 嬉しいな」
そこへ帰宅したのは伯父だ。
運転手の男性が土産らしき大荷物を室内に運び込んでくれている。
「伯父さま、おかえりなさい」
「リリ、ただいま。元気だったかい? 君がいる間に帰れて良かったよ」
軽くハグをしてきた伯父が、リリの頭上に目をやって動きを止める。
不思議そうにこちらを見つめてくる運転手の様子から、そういえば頭上にルーファスがいることを思い出した。
「あ……と、その」
どうしよう、と戸惑っていると、伯父が咳払いした。
「変わった髪飾りだね。とても斬新だよ、リリ」
「んんっ! 俺からリリへプレゼントしたんだ。フィギュア風カチューシャ。かっこいいだろう?」
「兄貴のセンスはどうかと思うが、まぁドラゴンのフィギュアは格好いい」
「よくできたフィギュアですね。まるで本物みたいです」
渾身の誤魔化しが通じたのか。感心したように頷く運転手。
さすがに空気を読んだルーファスは手乗りドラゴン姿のままぴくりとも動かない。
伯母がそっと運転手の手を取った。
さりげなく握らせた封筒は臨時ボーナスなのだろう。
「ありがとうございます、奥さま」
「こちらこそ、いつもありがとう。今日はもうここまでいいから」
「はい。では、失礼いたします」
家族だけになったところで、すかさず玲王がドアに鍵を掛ける。
自宅とはいえ、油断は大敵だ。
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