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109. シフォンケーキと頬肉のブラウンシチュー
しおりを挟む二泊三日の帰省を終えて、ジェイドの街に戻ることにした。
帰りもルーファスにお願いして、ドラゴンタクシーを堪能する。
時短もできるし、何より空の旅が楽しすぎて、これは癖になりそうだ。
寄り道ができないのだけは残念だが、今回は三ツ星百貨店でお土産を購入してある。
「気に入ってくれると嬉しいんだけど……」
『料理長の肉料理を持ち帰るんだもの。絶対に喜ぶに決まっているよ』
ぺろりと舌なめずりする黒猫のナイト。
料理長は大量の魔獣肉を前にして、遠い目をしていたが、臨時で入ってもらった元パティシエの料理人を助手にして、大量の角煮を仕込んでくれた。
皆がリクエストしていた、ベーコンやサラミソーセージは加工した物を後日送ってもらえることになっている。
「今回は手作りスイーツのお土産もあるのよね」
『くれーむぶりゅれ!』
空色の瞳を輝かせる黒猫が可愛らしくて、リリはくすりと笑った。
「そう、クレームブリュレ。ナイトもルーファスも気に入っていたものね。あれは美味しかったわ……」
リリも思い出して、うっとりとする。
パティシエの腕が良かったのもあるけれど、やはり異世界の魔素を含む食材は飛び抜けて美味しい。
「バリシア地方の牧場には定期的に通って、ミルクとチーズを買いましょうね」
『そうだね。そのまま食べても美味しいけど、菓子にしたらもっと美味しいもの。あれは買うべき!』
クレームブリュレアイスはもちろん、牧場で購入したカマンベールチーズを使った、濃厚なチーズケーキは筆舌に尽くし難いほどの美味しさだった。
上品でクセの少ないカマンベールチーズはサラダやワインのおつまみとしてよく使われているが、チーズケーキともこれほど相性がいいとは思わなかった。
「滑らかな生地がしっとりとした舌触りを残していて、味は濃厚。夢見心地で食べてしまったわよね、あのチーズケーキ……」
『甘じょっぱくて美味しかったよね! また食べたいなぁ』
「お土産用に追加で作ってもらえたので、また味わえますよ?」
『ほんと? さすが、リリ!』
肉料理の仕込みを終えた元パティシエの料理人に頼み込んで、他にも異世界から持ち込んだ食材で菓子を作ってもらっている。
三ツ星百貨店で購入した洋菓子と和菓子もあるので、しばらくは充実したティータイムが楽しめそうだった。
◆◇◆
魔法の扉を通り抜けて、雑貨店『紫苑』の二階へと無事に帰還した。
時刻は午後三時。ちょうどティータイムになる。『紫苑』は従業員の福利厚生のため、三時休憩があるのだ。
魔法のトランクの家に戻って、さっそくお茶の準備をする。
紅茶を淹れて、お菓子を切り分けたところで大急ぎで店を閉めてきた三人が駆け付けてきた。
「リリさま、おかえりなさい!」
左右から白黒姉妹に抱き付かれて歓迎された。ひとしきりハグをすると、二人はいそいそとテーブルに向かう。
セオなどはよほどお菓子が楽しみなのか、笑顔で席に着いていた。
「リリさま、リリさま! 今日のスイーツもとても良い匂いがしますねっ」
「落ち着け、セオ。尻尾がうるさいぞ」
キツネの獣人姿をとるセオは興奮すると、犬のように尻尾を振ってしまう癖があるのだ。
ふかふかの立派な尻尾は勢いよく揺れ動くと、ホウキのようにホコリを巻き上げてしまうため、ルーファスに叱られている。
黒猫のナイトがすかさず魔法で窓を開けて、空気を入れ替えてくれたのでテーブル上のケーキと紅茶は無事だった。
あまり待たせてしまうのも申し訳ないので、さっそくスイーツを堪能することにした。
「本日のお茶菓子はシフォンケーキです」
コッコ鳥の卵と『聖域』産の蜂蜜、バリシア牧場のミルクを使った、極上のスイーツだ。
別添えのホイップクリームもバリシア牧場のミルクを使って作ってもらったものなので、とても美味しい。
今日の午前中、お手伝いをしますと名乗りをあげて、菓子作りをこっそり見学させてもらったのだ。
(ゼラチンがあれば、牛乳からホイップクリームが簡単に作れる物なのね)
ハンドミキサーで泡立てるのは大変そうだが、そこは力自慢のドラゴンさんと魔法の得意な黒猫さんを頼ろうと思う。
牛乳とバター、お砂糖で代用生クリームも作れると聞いたので、またいつか試してみるのもいいかもしれない。
ともあれ、今はシフォンケーキだ。
いくつか焼いてもらったが、今回はプレーンなものを食べることにする。
(レモンと紅茶、チョコシフォンケーキはまた今度食べましょう)
まずは王道、シンプルなシフォンケーキにホイップクリームを添えて味わう。
ふわふわの食感に、クロエとネージュから歓声が上がる。
やわらかで軽い生地は口の中でとろけるように消えてしまうが、濃厚な卵の味がしっかりと舌に残った。
生地自体の甘さは控えめだが、卵と蜂蜜の風味のおかげで満足度が高い。
そこに、甘い口どけのホイップクリームが加われば、間違いなく美味しい。
「幸せの味ですわ……」
「とろけそう。きっと、ここが天国というもの」
うっとりと噛み締める白黒姉妹。
黒猫のナイトも鼻の先にホイップクリームをつけながら、小さなお口で夢中で頬張っている。
「美味いが、足りない」
「あっという間に消えました……」
こちらはルーファスとセオの男子組。セオだけでなく、ルーファスまでしょんぼりと肩を落としている。
目の前の皿は空だ。クリームさえ残されていない。
尻尾は力なく項垂れており、キツネの耳はぺたんと寝かされている。キューン、と微かに鼻を鳴らす音まで聞こえた。
「……なぜかしら。ドラゴンにはないはずの耳が垂れているような幻覚が見える気がするわ」
悲しそうな表情を浮かべた、赤毛の美丈夫から、リリはそっと視線を逸らせた。
『放っておけばいいよ。甘やかすと、際限がなくなるからね』
ぴしゃりと言い放つナイトをルーファスとセオが恨めしそうに見やる。
「シフォンケーキはまだあるので、明日のお楽しみですよ」
「明日……!」
途端に機嫌が良くなるので、ちゃっかりしたものだった。
◆◇◆
日本から購入してきたお土産を渡し、買い溜めした食品を仕分けて、ルーファスとナイトの【アイテムボックス】に預けたりと雑用をこなしていると、あっという間に夕暮れだ。
本日のディナーは料理長特製のオークの頬肉を使ったブラウンシチュー。
圧力鍋を使って、とろとろに煮込まれた頬肉はコラーゲンたっぷりで、とろけるような美味しさだった。
「調理前は筋っぽくて硬いお肉だったのに、こんなにぷるっぷるになるなんて……」
フォークで押さえると、肉の繊維がほろほろとほどけていく。
角煮よりはあっさりとしているが、旨味が凝縮されたシチューは残すのがもったいなくて、パンで拭うようにして完食した。
「さすが料理長ですわね。今回も見事なお手前でしたわ」
ほうっと熱いため息を吐くクロエ。頬を染めて悩ましげな表情をしており、艶かしい。
「デザートはクレームブリュレアイスです」
『くれーむぶりゅれ!』
リリが宣言すると、ガタッと立ち上がるルーファス。キラキラとした期待の眼差しを向けてくるナイトを眺めて、お留守番組の三人はそれがとても美味しいものであると理解したようだ。
ストレージバングルからクーラーボックスを取り出すと、中に詰めてあったクレームブリュレアイスを皆に配っていく。
「ひんやりしています、リリさま」
「アイスクリームですからね、ネージュ」
「アイス……氷菓子? でも、焼けたような色合いをしていますよ?」
セオが不思議そうに首を傾げる。
ほんのり焦がしたキャラメリゼの香りを嗅ぎ取ったのか。さすが、キツネさん。
「バーナー……ええと、火を出す道具で表面をパリッと炙ったからですね」
「そんな魔道具があるなんて」
魔道具ではないのだが、説明が面倒になってリリは口を噤んだ。
今度、通販でガスバーナーを注文しておこうと思う。
(お肉を目の前で炙ってあげたら、喜んでもらえそう)
クレームブリュレは予想通りに大好評で、リリが肉料理用に購入したガスバーナーでまた作って欲しいとねだられてしまうのは余談である。
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