【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
111 / 180

109. シフォンケーキと頬肉のブラウンシチュー

しおりを挟む

 二泊三日の帰省を終えて、ジェイドの街に戻ることにした。
 帰りもルーファスにお願いして、ドラゴンタクシーを堪能する。
 時短もできるし、何より空の旅が楽しすぎて、これは癖になりそうだ。
 寄り道ができないのだけは残念だが、今回は三ツ星百貨店でお土産を購入してある。

「気に入ってくれると嬉しいんだけど……」
『料理長の肉料理を持ち帰るんだもの。絶対に喜ぶに決まっているよ』

 ぺろりと舌なめずりする黒猫のナイト。
 料理長は大量の魔獣肉を前にして、遠い目をしていたが、臨時で入ってもらった元パティシエの料理人を助手にして、大量の角煮を仕込んでくれた。
 皆がリクエストしていた、ベーコンやサラミソーセージは加工した物を後日送ってもらえることになっている。

「今回は手作りスイーツのお土産もあるのよね」
『くれーむぶりゅれ!』

 空色の瞳を輝かせる黒猫が可愛らしくて、リリはくすりと笑った。

「そう、クレームブリュレ。ナイトもルーファスも気に入っていたものね。あれは美味しかったわ……」

 リリも思い出して、うっとりとする。
 パティシエの腕が良かったのもあるけれど、やはり異世界の魔素を含む食材は飛び抜けて美味しい。

「バリシア地方の牧場には定期的に通って、ミルクとチーズを買いましょうね」
『そうだね。そのまま食べても美味しいけど、菓子にしたらもっと美味しいもの。あれは買うべき!』

 クレームブリュレアイスはもちろん、牧場で購入したカマンベールチーズを使った、濃厚なチーズケーキは筆舌に尽くし難いほどの美味しさだった。
 上品でクセの少ないカマンベールチーズはサラダやワインのおつまみとしてよく使われているが、チーズケーキともこれほど相性がいいとは思わなかった。

「滑らかな生地がしっとりとした舌触りを残していて、味は濃厚。夢見心地で食べてしまったわよね、あのチーズケーキ……」
『甘じょっぱくて美味しかったよね! また食べたいなぁ』
「お土産用に追加で作ってもらえたので、また味わえますよ?」
『ほんと? さすが、リリ!』

 肉料理の仕込みを終えた元パティシエの料理人に頼み込んで、他にも異世界から持ち込んだ食材で菓子を作ってもらっている。
 三ツ星百貨店で購入した洋菓子と和菓子もあるので、しばらくは充実したティータイムが楽しめそうだった。


◆◇◆


 魔法の扉を通り抜けて、雑貨店『紫苑シオン』の二階へと無事に帰還した。
 時刻は午後三時。ちょうどティータイムになる。『紫苑シオン』は従業員の福利厚生のため、三時休憩があるのだ。
 魔法のトランクの家に戻って、さっそくお茶の準備をする。
 紅茶を淹れて、お菓子を切り分けたところで大急ぎで店を閉めてきた三人が駆け付けてきた。

「リリさま、おかえりなさい!」

 左右から白黒姉妹に抱き付かれて歓迎された。ひとしきりハグをすると、二人はいそいそとテーブルに向かう。
 セオなどはよほどお菓子が楽しみなのか、笑顔で席に着いていた。

「リリさま、リリさま! 今日のスイーツもとても良い匂いがしますねっ」
「落ち着け、セオ。尻尾がうるさいぞ」

 キツネの獣人姿をとるセオは興奮すると、犬のように尻尾を振ってしまう癖があるのだ。
 ふかふかの立派な尻尾は勢いよく揺れ動くと、ホウキのようにホコリを巻き上げてしまうため、ルーファスに叱られている。
 黒猫のナイトがすかさず魔法で窓を開けて、空気を入れ替えてくれたのでテーブル上のケーキと紅茶は無事だった。
 あまり待たせてしまうのも申し訳ないので、さっそくスイーツを堪能することにした。

「本日のお茶菓子はシフォンケーキです」

 コッコ鳥の卵と『聖域』産の蜂蜜、バリシア牧場のミルクを使った、極上のスイーツだ。
 別添えのホイップクリームもバリシア牧場のミルクを使って作ってもらったものなので、とても美味しい。
 今日の午前中、お手伝いをしますと名乗りをあげて、菓子作りをこっそり見学させてもらったのだ。

(ゼラチンがあれば、牛乳からホイップクリームが簡単に作れる物なのね)

 ハンドミキサーで泡立てるのは大変そうだが、そこは力自慢のドラゴンさんと魔法の得意な黒猫さんを頼ろうと思う。
 牛乳とバター、お砂糖で代用生クリームも作れると聞いたので、またいつか試してみるのもいいかもしれない。

 ともあれ、今はシフォンケーキだ。
 いくつか焼いてもらったが、今回はプレーンなものを食べることにする。

(レモンと紅茶、チョコシフォンケーキはまた今度食べましょう)

 まずは王道、シンプルなシフォンケーキにホイップクリームを添えて味わう。
 ふわふわの食感に、クロエとネージュから歓声が上がる。
 やわらかで軽い生地は口の中でとろけるように消えてしまうが、濃厚な卵の味がしっかりと舌に残った。
 生地自体の甘さは控えめだが、卵と蜂蜜の風味のおかげで満足度が高い。
 そこに、甘い口どけのホイップクリームが加われば、間違いなく美味しい。

「幸せの味ですわ……」
「とろけそう。きっと、ここが天国というもの」

 うっとりと噛み締める白黒姉妹。
 黒猫のナイトも鼻の先にホイップクリームをつけながら、小さなお口で夢中で頬張っている。

「美味いが、足りない」
「あっという間に消えました……」

 こちらはルーファスとセオの男子組。セオだけでなく、ルーファスまでしょんぼりと肩を落としている。
 目の前の皿は空だ。クリームさえ残されていない。
 尻尾は力なく項垂れており、キツネの耳はぺたんと寝かされている。キューン、と微かに鼻を鳴らす音まで聞こえた。

「……なぜかしら。ドラゴンにはないはずの耳が垂れているような幻覚が見える気がするわ」

 悲しそうな表情を浮かべた、赤毛の美丈夫から、リリはそっと視線を逸らせた。

『放っておけばいいよ。甘やかすと、際限がなくなるからね』

 ぴしゃりと言い放つナイトをルーファスとセオが恨めしそうに見やる。
 
「シフォンケーキはまだあるので、明日のお楽しみですよ」
「明日……!」

 途端に機嫌が良くなるので、ちゃっかりしたものだった。


◆◇◆


 日本から購入してきたお土産を渡し、買い溜めした食品を仕分けて、ルーファスとナイトの【アイテムボックス】に預けたりと雑用をこなしていると、あっという間に夕暮れだ。

 本日のディナーは料理長特製のオークの頬肉を使ったブラウンシチュー。
 圧力鍋を使って、とろとろに煮込まれた頬肉はコラーゲンたっぷりで、とろけるような美味しさだった。
 
「調理前は筋っぽくて硬いお肉だったのに、こんなにぷるっぷるになるなんて……」

 フォークで押さえると、肉の繊維がほろほろとほどけていく。
 角煮よりはあっさりとしているが、旨味が凝縮されたシチューは残すのがもったいなくて、パンで拭うようにして完食した。

「さすが料理長ですわね。今回も見事なお手前でしたわ」

 ほうっと熱いため息を吐くクロエ。頬を染めて悩ましげな表情をしており、艶かしい。
 
「デザートはクレームブリュレアイスです」
『くれーむぶりゅれ!』

 リリが宣言すると、ガタッと立ち上がるルーファス。キラキラとした期待の眼差しを向けてくるナイトを眺めて、お留守番組の三人はそれがとても美味しいものであると理解したようだ。

 ストレージバングルからクーラーボックスを取り出すと、中に詰めてあったクレームブリュレアイスを皆に配っていく。
 
「ひんやりしています、リリさま」
「アイスクリームですからね、ネージュ」
「アイス……氷菓子? でも、焼けたような色合いをしていますよ?」

 セオが不思議そうに首を傾げる。
 ほんのり焦がしたキャラメリゼの香りを嗅ぎ取ったのか。さすが、キツネさん。

「バーナー……ええと、火を出す道具で表面をパリッと炙ったからですね」
「そんな魔道具があるなんて」

 魔道具ではないのだが、説明が面倒になってリリは口を噤んだ。
 今度、通販でガスバーナーを注文しておこうと思う。

(お肉を目の前で炙ってあげたら、喜んでもらえそう)

 クレームブリュレは予想通りに大好評で、リリが肉料理用に購入したガスバーナーでまた作って欲しいとねだられてしまうのは余談である。
 
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...