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110. お土産です
しおりを挟む三ツ星百貨店で購入してきたお土産を、良い子でお留守番してくれていた三人に渡してあげた。
クロエとネージュにはツインテールを彩るバレッタリボンを色違いで。
三ツ星百貨店のアクセサリー売り場で購入したので、上品で美しい。
ベルベット生地のリボンにパールが縫い付けられていて、二人にはよく似合っている。
「とっても素敵ですわ!」
「ピカピカして、綺麗……」
もとはカラスだけあってか、二人とも光り物には目がない。
真珠も好みらしいので、ボーナスとしてアクセサリーをプレゼントするのもいいかもしれない。
セオには真空断熱加工を施された携帯用のタンブラーをお土産にした。
お茶にハマっているので、いつでも温かい紅茶を楽しめるようにとキャリーハンドル付きのものを渡してあげた。
「なんですか、これ! カッコいいですっ!」
興奮する彼に使い方を教えてあげると、目を輝かせていた。
「セオも収納スキル持ちだから、あまり意味はなかったかもしれませんが」
「そんなことないです! 見た目も美しいし、機能的で最高ですよ。ありがとうございますっ」
喜んでもらえたようで、ほっとする。
あとは三ツ星百貨店の地下食品売り場で購入してきたクッキー缶をそれぞれプレゼントした。
デパ地下のクッキー缶といえば、華やかなデザインで有名だ。
カラフルで可愛らしいイラストが描かれていたり、レリーフがまるで彫刻のように浮き上がるエンボス加工が施されており、中のクッキーを食べ終わった後のお楽しみにもなる。
目にしたクロエはうっとりとクッキー缶に見惚れていた。
「まぁ、この容れ物。なんて美しいの! リリさま、こんなに素敵なジュエリーボックスをいただいてもいいのです?」
「ジュエリーボックスじゃないですよ。これはクッキーが入った箱です」
「クッキー⁉︎」
「わぁ……かわいいです……」
「どれも美味しそうですねっ!」
缶の蓋を開けて見せると、三人は歓声を上げた。キラキラと輝く瞳で美味しそうなクッキーを凝視している。
リリは慌てて蓋を閉めた。
「一度に食べきってしまってはダメですよ?」
「もちろんです! 大事に食べますわ」
「一日一枚……むぅ…二枚ずつ、食べたい……」
「我慢しますっ。ほんとは全部食べちゃいたいけど!」
缶もだけど、中身のクッキーもまるで宝物のように見えているようだ。
一人にひとつずつプレゼントすると、夢見心地でそっとクッキー缶を抱き締める姿が微笑ましい。
「……羨ましい」
『リリからのお土産……』
ルーファスとナイトが恨めしそうに三人を横目で見ている。
「ダメですよ? あれはお留守番をしてくれていた皆へのお土産なんですから」
「分かっている」
『分かってはいるけど、羨ましいんだよ』
「もう! ルーファスもナイトも日本で美味しいものをたくさん食べたでしょう?」
ルーファスに至っては、魔獣肉の代金として受け取った報酬をすべて費やしてお酒をたっぷり購入していたのだ。
(ドラゴンがお酒好きなのは、どうやら物語だけのお話ではないようね)
お酒といえば、辺境伯にも連絡をしなければ。
注文されていたお酒を日本で大量に仕入れてきたので、受け渡しをしたい。
(それに、伯母さまから預かっている衣装もお渡ししなくては)
普段着に部屋着だけでなく、今回は大物を用意してあるのだ。
王城に招かれているというルチア辺境伯のために設えてもらった、営業用のドレススーツ。
そして夜の舞踏会用の戦闘服を。
「付け焼き刃かもしれないけれど、伯母さまに教えていただいたメイクも頑張らないといけないわね……」
服に合わせてのメイクの仕方をしっかりと仕込まれてきたのだ。
プロの道具では? とリリが慄いてしまうほどのメイクセット入りのコスメボックスを伯母からは託されている。
一度では覚えきれなかったので、メイクの仕方は動画で撮影しておいた。
しばらくはスマホを横目に練習する必要がある。
リリはクッキー缶を抱き締めて無邪気に喜んでいる二人にそっと声を掛けた。
「クロエにネージュ、お手伝いしてくださいね?」
「? よく分かりませんが、任せてくださいな!」
「リリさまのお手伝い、がんばる」
「ありがとうございます」
言質は取った。
さっそく今夜から、練習台になってもらうことにしよう。
◆◇◆
二日後、約束を取り付けておいた辺境伯邸を訪ねた。
この日は雑貨店『紫苑』の定休日なため、クロエとネージュに付き添ってもらう。
今回ばかりはルーファスとナイトはお邪魔なので、ごねる二人を振り切るようにして家に置いてきた。
女性の着替えを覗きたいんですか? とリリがひんやりした眼差しを向けると、ルーファスはようやく押し黙った。
黒猫のナイトはさっさと姿を消しており、さすが逃げ足が早い猫さんだと感心する。
そう、今回は購入してきたお酒を引き渡すだけでなく、伯母が張り切って仕立ててくれた衣装を着てもらうのが目的なのだ。
オーダーメイドなので、それなりのお値段となったが、ルチア辺境伯が仲介販売してくれているお酒の売上げを考えれば、投資しても問題はない、と伯母は判断した。
異世界でのリリの商売の相談役は伯母なので、伯父はノータッチでにこにこと愛妻と姪を眺めているだけだった。
(伯母さまはルチアさまを広告塔にするつもりなのよね……。気持ちはとってもよく分かるけれど)
なにせ、ルチア辺境伯はとびきりの麗人なのだ。
長身痩躯、すらりとしたモデル体型の美貌のエルフ。豪奢な金髪は天然の縦ロールで、切れ長の双眸は紫水晶を彷彿とさせる。
愛らしさや儚さは皆無のゴージャスな美貌の持ち主なため、男装姿がそれはもう似合っているのだ。
中性的な美貌は同性からの嫉妬を買いにくい。どころか、そこらの男性より強く、女性に優しい彼女は同性からの人気がとびきり高かった。
(その分、男性からは疎ましがられているところもあるようだけど……)
伯母はそれをひっくり返したいのだろう。
ルチアの美貌をさらに引き立てる衣装とメイクで飾り立て、とっておきのお酒で身も心も虜にさせる計画なのだ。
(成功するかどうかは、ルチアさまを口説き落とさないといけない)
頑なに男装姿にこだわる彼女をどうにかして美しく飾り立てる必要がある。
辺境伯邸の応接室のソファに腰掛けたリリは両脇に控える二人の少女を頼もしく見やった。
すました表情で立つクロエとネージュ。
本日の二人はいつものゴスロリ衣装ではなく、メイド衣装を身に纏っている。
クラシカルなデザインのもので、黒のロングワンピースに白のフリルエプロンが清楚で美しい。
シンプルだが、そこはさすがの日本製。生地もしっかりしているし、繊細なレースが目を惹く。
黒髪のクロエにはホワイトブリム。ネージュは漆黒のヘッドドレスで飾っているが、二人ともとてもよく似合っていた。
とびきりの美少女姉妹は普段はノーメイクだが、本日はきっちりとお化粧をしている。
途端に大人っぽく妖艶な雰囲気を纏うようになり、メイクの力にリリは感心した。
「二人とも、とっても素敵ですよ」
何だか誇らしい気持ちになって、白黒姉妹にこっそり囁きかけてしまった。
(だって、とても綺麗なのだもの! 自慢したくなるわ!)
ネージュはきょとんとしていたが、クロエはくすりと笑った。
「ふふ。リリさまもいつもにまして愛らしいですわ。腕をふるった甲斐があります」
「ん、リリさまはシオンさまに似ているから、お化粧をするの、楽しかった」
「お世辞でも嬉しいです」
大好きな曽祖母に似ていると言ってもらえて、リリはくすぐったそうに笑う。
今日は彼女もお洒落して、しっかりとメイクアップしてきたのだ。
鏡の中の自分は五歳くらいは年上に見えたので、とても満足している。
(練習台のつもりだったのに、二人ともすっかり私よりメイクが上手になったのよね……)
だが、おかげでルチアを更に美しく磨き上げることができる。
軽やかなノックの音がした。
どうぞ、と返事をすると、ドアが勢いよく開かれる。
豪奢な金髪を靡かせながら、屋敷の主がやってきた。
「お待たせしたね、レディリリ」
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