【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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111. ワインと肴

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「お久しぶりです、ルチアさま」
「ああ。君の活躍は耳にしているよ。我が領内だけでなく、バリシアでも随分と話題になったようだね」

 くつりと笑いながら、ルシアが向かいのソファに座る。
 リリは行儀よく、一礼した。
 
「おそれいります」
「商談とはいえ、畏まらなくてもいいのだが……。まずは仕事の話を先にしようか」
「はい。クロエ、ネージュ」

 脇に控えた二人に視線をやると、心得た風に頷かれた。
 
「辺境伯さま。こちらに出しても?」
「ああ、そこでいいよ」
「失礼します」

 応接室の隅に赴くと、まずはクロエが壁際に手をかざした。
 何もない空間から木箱が現れる。
 割れ物なので慎重に【アイテムボックス】から取り出した荷物を床に並べていった。

「ネージュ。貴女の番ですわよ」
「ん、分かった」

 クロエに手招きされたネージュが歩み寄り、残りの重そうな木箱を取り出していく。
 頑丈そうな木箱の中身は酒瓶だ。
 赤白ロゼのワインに、ぶどう以外の果実を使った果実酒。
 クロエに持ち込んでもらった、これらのお酒はルチアが仲介役として顔見知りの貴族に販売してくれていたものだ。
 価格もお手軽で、比較的飲みやすいとされているお酒が中心である。
 
「うん、追加注文していた分はきちんとあるようだね」
「かなりの数となっていますが、捌けそうです?」

 十二本入りの木箱が十箱はある。
 白桃とシャインマスカット中心のワインだけでも、それほどの量なのだ。

(さすがにそればかりでは飽きてしまうのでは?)

 リリの心配は杞憂だったようで、ルチアが高らかに笑った。

「余裕で捌けているとも! むしろ、もっと仕入れて欲しいとねだられているくらいだよ」
「えぇ……? そうなのです?」
「ふふ。そこはね、駆け引きが大事だから、欲しがる数より少なめに渡してやるのさ。そうすると、次回もまた金貨を積んでおねだりしてくるようになる」
「意地悪です……」
「商売人と言ってくれ。おっと、商人は君の方だったね。レディリリは欲がなくていけない」

 三千円のワインを十万円で販売しているので、むしろ欲の塊だと思う。
 とはいえ、順調にワインが売れているのなら良かった。ほっと胸を撫で下ろす。

「……で、新作のワインとやらはどれになるのかな?」
「こちらです」

 今回、ルチアからリクエストされていたのはいつものワインの他に、別の風味の珍しいワインだ。
 それと、王城に出向く予定があるため、両陛下に献上するに相応しい美酒を頼まれていた。

(私はお酒を飲んだことがなかったから、ルーファスがいて助かったわ)

 異世界の酒を熟知したルーファスが選んでくれたので、きっと王家の方々も気に入ってくださるに違いない。

 ともあれ、まずはリカーショップで厳選したワインをルチアに披露することにした。
 ネージュに収納してもらっていた木箱を開けて、中からワインを取り出した。

「まずは、りんごのワインです。ルーファス曰く、爽やかな甘さとりんごの香りが素晴らしい逸品だそうですよ」
「ほう……! それは気になるね」

 身を乗り出す辺境伯の姿に、リリはくすりと笑う。

「試飲されます?」
「ぜひ!」

 クロエが手際よく、ワインを開けてグラスに注いでくれた。
 鼻腔をくすぐる香りはりんごの果汁そのもので、ルチアは瞳を細めて香りを楽しんでいる。

「ん! これも美味だね。ほどよい甘さと酸味のバランスがすばらしい。女性が好みそうな味だと思う」
「このまま凍らせたら、シャーベットでも楽しめそうですね」

 りんごのソルベを思い浮かべたリリの発言に、ルチアが目を見開いた。

「ほう! それは面白い試みだね。ワインを凍らせてデザートにするのか」

 ルチアだけでなく、クロエもリリを振り返って瞳を輝かせている。

「リリさま! ぜひ、試してみましょう! わたくし、お酒はあまり興味がなかったのですが、凍らせたワインは口にしてみたいですわ」
「ん……りんごだけじゃなくて、桃と白ぶどうも凍らせて食べてみたい」

 いつも眠そうにおっとりと微笑むネージュにまでねだられて、リリは苦笑した。

「白桃とシャインマスカットのシャーベットですね。分かりました。今夜のディナーのお楽しみにしましょう」

 自分のだけ、ジュースで作れば問題ないだろう。
 
「レディリリは面白いことを考えるね。だが、甘い物に興味がない紳士連中もワインを使ったデザートなら食い付くに違いない」

 何かを企んでいるかのように、形のいい口角をきゅっと上げて笑うルチアから、リリは行儀よく視線を逸らしておいた。

「りんごのワインがお気に召されたようで良かったです。他にもブルーベリーワインやいちごのワインもありますよ」
「……レディ、これらの味見分は……」
「ご用意しておりますよ」

 ネージュが二種のワインを開けて、グラスに満たしてくれている間、リリはストレージバングルから取り出した皿をテーブルに並べた。

「せっかくなので、ワインに合う肴をどうぞ」
「おお、これは嬉しいな」
「ワインにはチーズだと伯父から聞きましたので、まずはこちらを」

 用意したのはカプレーゼだ。
 バリシア牧場で入手したモッツアレラチーズとアゲットの街で購入したトマトをスライスして、オリーブオイルを回し掛けたシンプルなおつまみ。
 真っ白のモッツアレラチーズと鮮やかなトマトの赤、バジルの緑が目に楽しい。
 毒味係としてネージュが立候補して、それはそれは幸せそうな表情でカプレーゼを食べてくれた。

「んん…っ…リリさま、これすごぉく美味しいです」
「くっ、ずるいですわネージュ。次の味見はわたくしがっ」
「うん、味見じゃなくて毒味ね。レディリリが何か仕込むわけもないし、もう一緒に食べちゃおう」

 苦笑まじりにルチアが提案すると、メイド服姿の二人が歓声を上げた。

「……いいのです?」
「ああ、ぜひ。レディには紅茶を淹れてもらおうか」
「持参しておりますわ!」

 クロエがすばやく【アイテムボックス】からティーセットを取り出した。
 水魔法でポットに水を満たし、【生活魔法】の【加熱ヒート】で湯を沸かす。
 茶葉を淹れて蒸らせば、芳しい香りが漂い始めた。
 ネージュがテーブルをセッティングする。ティーポットの隣にシュガーポットとミルクポットを置き、ソーサーにはスプーンを添えた。

「では、紅茶にもお酒にも合う、こちらのスイーツもどうぞ」

 リリがストレージバングルから取り出したのは、三ツ星百貨店で購入しておいたパウンドケーキだ。

「ケーク・オ・フリュイです」

 老舗の洋菓子店で不動の人気を誇る、ドライフルーツをたっぷり使用したパウンドケーキにはラム酒が使われている。
 伯父と従兄たちはお酒を、伯母とリリは紅茶のお供によく口にしていたスイーツだ。
 丁寧に切り分けると、さっそく口にする。じゅわり、と滲むラム酒の香りに瞳を細めた。
 しっとりとしたやわらかなケーキ生地にドライフルーツの豊かな風味が味わい深い。
 幼い頃は独特の香りと苦味に顔を顰めてしまっていたが、今ではすっかり病みつきだ。
 紅茶との相性もとてもいい。

「うん、にほんの菓子はやはり絶品だね。ワインと甘い菓子がこれほど合うとは」
「カットフルーツやチョコレートもお酒のツマミとして人気があるようですが」
「色々と試してみたいものだね」

 ブルーベリーといちごのワインも気に入ってくれたようで、次回は白桃とシャインマスカットのワインと同数仕入れて欲しいと頼まれた。

「そして、こちらが今回の目玉商品。王家への献上品として、ルーファスにも協力してもらい、選んだお酒です」

 三ツ星百貨店でルーファスが味見を繰り返して厳選した蒸留酒を、ルチアに手渡した。
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