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112. リンゴのブランデー
しおりを挟む「これはどんな酒になるのかな?」
「ブランデーという、蒸留酒です。白ぶどうやリンゴなどの果実を発酵させて、アルコール分を蒸留して造るお酒だと聞きました」
ざっと説明してみたが、リリもあまり詳しくはない。
(蒸留後に樽で熟成させる必要があるんでしたっけ……?)
味見をしたルーファスがアルコール度数が高いことと、果実のまろやかな甘さと風味をいたく気に入っていたので、購入したブランデーだった。
リンゴを原料とした、カルヴァドス。
シードルを蒸留して熟成させた、アップルブランデーだ。
「興味深いね。レディリリ、これは……?」
「度数が強いので、少しだけですよ?」
アルコール度数が40度を超えているのだ。お酒に強いルーファスなどはストレートで楽しんでいたが、さすがに味見でそれはおすすめできない。
「炭酸で割りましょう。えっと、たしかソーダがあったはず……ありました」
ストレージバングルからペットボトルを取り出して、ブランデーのソーダ割りを手早く用意する。
「あ、氷を持参するのを忘れました……」
「リリさま、任せて」
「ネージュ?」
さっとネージュがグラスの上で手を広げると、氷の塊が落ちてきた。
「氷の魔法……?」
「ネージュは水属性と氷属性の魔法が得意なのですわ」
目を丸くするリリに、なぜかクロエが誇らしげに説明してくれた。
「すごいです。助かりました。ありがとう、ネージュ」
「えへへ……」
恥ずかしそうに微笑むネージュと自分のことのように嬉しそうにしているクロエの姿に、ほっこりと和まされた。
「お待たせしました、ルチアさま。どうぞ」
「ああ、ありがとう」
見よう見まねで用意してみたソーダ割りだが、グラスを傾けたルチアは紫水晶の瞳をカッと見開いて、興奮したように叫んだ。
「美味い!」
グラスを掲げて、惚れ惚れと琥珀色の美酒を眺めている。
「これはすばらしい。こんなに芳醇で夢見心地になれる酒は初めて飲んだよ。たしかにこれは王家に捧げるに相応しい美酒だ」
「えっと……良かったです……」
頬を薔薇色に染めて、うっとりとブランデーの瓶を撫でているルチアには申し訳ないが、一本一万円のお酒である。
(二十年物でもそのくらいの価格で購入できたのよね……)
何なら、もっとお買い得な価格のものもネット通販で買えてしまう。
(まぁ、でもこれは三ツ星百貨店で買ったものだから、間違いないはず)
王家に献上するなら、もっと高価なお酒の方がいいのでは? とルーファスに尋ねたのだが、酒好きなドラゴンはくつりと喉の奥で笑った。
『ランクの低いものから慣れさせてやった方がいい。人はすぐに飽きるものなのだろう?』
黒猫のナイトも大きく頷いて、同意していた。
『たまには良いことを言うね、ルーファス。ヒトの王なんてぴかぴかの椅子にふんぞり返っているだけで、あんなのに本物が分かるはずなんてないよ』
相変わらずの毒舌ぶりに苦笑していると、セオが小声で「シオンさまは何度も王家の誘いを断っていたんです」とこっそり耳打ちしてくれた。
どうやら宮廷魔法使いとして大魔女シオンを国に引き入れたい王家と、確執があったようだ。
何より自由を愛する曽祖母に公務員は無理だろうな、とリリは納得したものだった。
ともあれ、ルーファスとナイトの助言を聞き入れて、まずは価格も控えめなカルヴァドスをルチアに売り付けることにしたのだ。
(そのうち皆の舌が肥えてきたら、また別のお酒を持ち込みましょう)
ルチアはすっかり上機嫌だ。
「この蒸留酒なら、王家も言い値を払ってくれると思うよ。新作の果実酒もすばらしかったが、カルヴァドスは天上の酒もかくやの味わいだった」
グラスをテーブルに置くと、ルチアは真剣な眼差しをリリに向けた。
「……で、どのくらいの数を売ってくれる?」
「カルヴァドスはとりあえず、六本仕入れてきました。ご注文があれば、すぐに希望数を揃えますよ?」
「それはありがたい。おそらくは、独占したい王家の買取りとなるとは思うが……まずはその六本をすべて買い取ろう」
「ありがとうございます」
二人が頭を抱えたのは、ブランデーの金額だ。日本で一万円で購入したので、金貨一枚での買取りでも九万円の儲けとなるのだが──
「いや、ワインが金貨一枚なのだよ? あれと同じ金額にすると、市場が混乱するから、やめてくれ」
「そうですよね……」
困ったリリはそのままルチアにぶん投げた。
結果、カルヴァドスは一本で金貨十枚の値が付けられた。
「ブランデーに金貨十枚……ですか?」
「本来なら、もっと高い値を付けるべきなのだが……」
「いえ、この金額で充分です!」
慌てて、こくこくと頷いた。
一万円で買ったお酒が百万円で売れてしまった。ぼったくり具合に、さすがに申し訳ない気持ちになってしまう。
「あの、カルヴァドスにはこういう特別なものもありまして……」
そっとストレージバングルから取り出したのは、三ツ星百貨店で見つけたお酒。
目にしたルチアが驚愕する。
「な、なんだい、それは⁉︎ 神の御業か……?」
「いえ。普通に人が作ったものですよ? これもカルヴァドスで、ポム・プリゾニエールといいます」
閉じ込められたリンゴと名付けられたカルヴァドスは、酒瓶の中にリンゴが丸のまま漬け込まれている。
「これを人が……? だって、どう見ても瓶の口よりもリンゴの方が大きい……」
「不思議ですわ。リンゴを瓶に入れた後で瓶の底を溶接したのです?」
興味深そうに覗き込んできたクロエの疑問に、リリはくすりと笑った。
「そう思いますよね? 残念、ハズレです」
「不思議……。物体の転移魔法?」
「ネージュもハズレです。私が住んでいた日本には魔法がありません」
種明かしをすれば、単純だ。
リンゴの実がまだ小さいうちに、空き瓶を口から通して木の枝に結びつけるだけ。
そうすれば、ガラスの瓶の中でリンゴは成長する。
成長したリンゴを枝から切り離し、カルヴァドスをガラス瓶に注ぎ込んで漬け込んだものが、この酒だ。
「なんて面倒なことを考えるんですの。ニンゲンって意味が分かりませんわ」
「でも、ちょっと面白いお酒でしょう?」
「レディリリの言う通りだ。これは面白い。此度の社交界で話題をさらうことは間違いないよ」
「ふふ。良かったです。では、これは王さまに差し上げてください」
「……いいのかい?」
さすがに躊躇するルチアに、リリはにこりと笑みを閃かせる。
「もちろん! ルチアさまにはたくさんお酒を買っていただいたので、サービスです。これからもよろしくお願いしますね?」
「ああ、こちらこそよろしく頼む!」
二人は共犯者の笑みと握手を交わした。
フランスから輸入した木箱入りのポム・プリゾニエールは二万円。
たくさん稼がせてもらったので、このくらいのサービスは何てことない。
(先行投資として、ルチアさまのオーダーメイド衣装を作ったけれど、今日の売上げだけで、あっさり元を取り返せましたね……)
衣装代を差し引いても、黒字だ。
着飾らせたルチアが王都で宣伝してくれたら、今まで以上にお酒も売れることだろう。
そのためにも、伯母から託されたミッションをこなさなければならない。
「……では、ルチアさま。お約束の衣装をお持ちしましたので、試着をお願いします」
主の本気を感じ取った二人が素早く動いた。【アイテムボックス】から衣装を吊るしたハンガーラックをごっそりと取り出して並べていく。
「そ、それは……」
ひくり、と頬を引き攣らせて逃げ腰になるルチアの背後にすばやくネージュが移動する。
天使のように清楚な雰囲気のメイドさんが「逃がさない」と小声で囁いた。
リリは曽祖母を真似た愛らしい笑みを浮かべて、宣言する。
「さぁ、お着替えの時間ですよ、ルチアさま?」
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