【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
119 / 180

117. 転送の魔道具

しおりを挟む

 商業ギルドには転送用の魔道具がある。
 登録されたギルド間で、手紙や貴重品の配送を行うことが可能な魔道具だ。
 動力源である魔石を消費するため、使用料は金貨一枚が必要だが、馬車便よりも安心安全。
 何より、一瞬で届けることが可能なため、高位貴族の間では頻繁に使われているらしい。

 その転送便を使うため、リリとナイトは商業ギルドを訪れていた。

『それ、あの子に送る荷物なんでしょ?』

 肩に座った黒猫が身を乗り出して、木箱を覗き込む。
 厳重に封をして、リボンで可愛らしく飾った木箱をリリはそっと抱き締めた。

「ええ。バリシアの街でお友達になったローザさんへの贈り物よ」

 ティッシュケースサイズの木箱には手紙のほか、三ツ星百貨店で購入した化粧品や手鏡に化粧筆、つげぐしを同封してある。
 ルチア経由で王妃に献上したのと同じ、洗顔用の石鹸も入れておく。
 お肌に優しいクレンジング用の石鹸なので、メイクを綺麗に落とせる優れものだ。
 それと今回はマニキュアもお試しで送ることにした。透明に近い、ベースコートと淡いピンク色のマニキュアだ。
 除光液を使わずに『剥がせる』タイプのマニキュアで、ジェルネイルのように爪に負担をかけないものを選んである。
 リリもピンクのマニキュアを使ってみたが、まるで桜貝のように艶めいた爪は目に入るだけで気分が上がった。

(異世界ではジェルネイルは悪目立ちしそうだから我慢していたけど、このくらいの色のマニキュアなら平気よね……?)

 指先が綺麗だと、それだけで気分が良くなる気がするのだ。

「そうだわ。ハンドケア用のグッズを取り扱ったら、どうかしら?」

 良い香りのするハンドクリームにネイルケアセットを売るのはどうだろうか。
 爪切りに甘皮取り、ヤスリにネイルクリーナー。ネイル用の保湿オイルも需要がありそうだ。

(手指のお手入れが流行った頃にマニキュアを売り出せば、私がネイルをしていても目立たないんじゃないかしら)

 なかなかに良い考えに思えた。
 こちらの世界では、あまり化粧品が発達していない。
 薬草や素材が豊富なので、肌の専門家などが本気を出して開発したら良いものができそうなのだが、ヘタに魔法の薬ポーションなどがあるため、そういった方面に進む者は少ないのだろう。

(ポーションや治癒魔法で怪我や病気が治せるから、医療も進化しないのよね……)

 魔法や魔道具があるため、科学が発達しないのも異世界ならではの事情だろう。

(おかげで、日本製の商品で稼ぐことができているのだけど)

 ともあれ、まずは荷物をローザ嬢に送らなければ。
 商業ギルドの窓口へ向かうと、気付いた受付嬢が席を立ち、笑顔を浮かべてくれた。

「まぁ、これはこれは。リリさま、ようこそ商業ギルドへお越しくださいました」

 雑貨店『紫苑シオン』の店主であるリリはギルドでは既に名を知られる存在だ。
 辺境の地であるジェイドの街の発展に大いに貢献した人物だと、一目置かれているのだ。
 さっそく、ローザ嬢への贈り物の転送を依頼する。

「こちらはヴェローナ侯爵家のローザさま宛の荷物になります。王都の侯爵邸まで配達をお願いできますか?」

 避暑地であるバリシアの街で出会ったローザは現在、王都にある侯爵邸に帰宅している。
 いつもは学園が始まるギリギリの時期までバリシアで過ごしているそうだが、『王都でやりたいことがあるから』と手紙に記されていた。
 初対面の彼女は何かに抑圧されたように暗い表情をしていたが、リリと過ごすうちにすっかり明るく魅力的に笑う少女へと変わったので、心配はしていなかった。

(やりたいことがあるのなら、どんどん試してみるべきだもの。彼女の覚悟を応援したいわ)

 ローザと同じ年頃──十四歳のリリは体力もなく、すぐに熱を出しては寝込んでいた。体調の良い時など、年に数えるくらいしかなかったほどで。

(やりたいことどころか、生きていくのにやっと、って気分だったもの)

 だから、夢を持って前を向く少女は何としても応援したい気持ちになるのだ。

 依頼書にサインをして、金貨を支払う。王都とジェイドの街の商業ギルド間で転送の魔道具を使用し、侯爵邸まで職員が責任を持って運んでくれるらしい。

「では、お願いしますね」
「承りました」

 手紙と化粧品の他、隙間には三ツ星百貨店で購入したお菓子を詰めてある。
 あまりスペースはなかったので、小さなスイーツを選んだ。
 一粒ずつ、レトロなパラフィン紙でラッピングされたキャラメルは見た目も可愛らしいので、女の子へのお土産にはちょうどいいだろう。
 ビニールでラッピングされた商品はさすがにそのまま送れないので、悩みに悩んで選んだのが、そのキャラメルだった。

(パラフィン紙なら、紙にろうを塗って浸透させたものだし、異世界でも珍しくないはず)

 ストロベリーブロンドの愛らしい少女が喜んでくれることを期待しながら、リリは弾むような足取りで家へ戻った。


◆◇◆


 昼食は料理長が加工してくれたオーク肉ベーコンを使った、ペペロンチーノ。
 贅沢に厚切りにして、たっぷりのガーリックと赤唐辛子を散らしたものを味わった。

「おお……! これも旨いな、さすが料理長のベーコン」
『このピリッとしたのがイイね』

 黒猫のナイトは唐辛子はイケるクチらしい。

「ペペロンチーノはガーリックをたっぷりきかせたのが美味しいのですが、接客業だから休日のみのお楽しみですね」
「ええっ⁉︎    こんなに美味しいのに、お休みの日にしか食べられないんですか?」

 悲愴な表情のセオを慌てて宥めた。

「いえ、食べてもいいのですが……ガーリックの匂いがキツいので」
「なら、匂い消しのハーブを噛めば問題ありません!」
「え? そんな便利なものがあるの?」
「ありますわよ? 『聖域』に生えているハーブなんですが、葉っぱを噛むとスッキリするんですの」
「ん、二日酔いにも効くって、シオンさまが言ってた……」

 クロエやネージュも知っていたようだ。
 ちらり、とルーファスとナイトを見やると、こくこくと頷かれた。
 知らないのはリリだけだったようだ。

「そんな素晴らしいハーブなら手に入れておきたいですね」
『ボク、採ってきてあげようか? 魔法のドアを使えるし』
「いいんですか、ナイト」
『うん。午後からは、にほんでお買い物に行くんでしょう? そっちの護衛はルーファスに任せないとだし、ボクが『聖域』に行ってきてあげる。ついでに、蜂蜜も採ってこようか?』
「大好き、ナイト!」

 感極まって黒猫を抱き締めて、顔中にキスの雨を降らしてしまった。
 くすぐったいよ、と身をよじる黒猫だが、満更でもない表情を浮かべていることにルーファスは目敏く気付いた。

「くっ……! 俺だって、そのくらい……」
「ルーファスにはキッチン家電のお買い物の手伝いをお願いします」

 家電店の中には、リリのような小娘相手だと、よく知らないだろうと無駄に高価な品を売り付けようとしてくる店員もいるのだ。
 見るからに異国人である赤毛の大男が睨みをきかせてくれていれば、安心だ。

「ルーファスがいると、変な人に絡まれることもないし、安心できるもの」
「! そうか。リリィは俺がいると安心できるのか。ふふふ」

 頼りにされていると理解したルーファスが途端に機嫌を直した。
 
「……単純なオトコね」
「まぁまぁ、僕たちはにほんに行けないもん。仕方ないよ」
「にほん、いいな……」

 羨ましそうなお留守番組のために、ショッピングモールで何かお土産を買ってきてあげよう。
 
「では、異世界で使う家電を買いに行きましょう、ルーファス」
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...