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117. 転送の魔道具
しおりを挟む商業ギルドには転送用の魔道具がある。
登録されたギルド間で、手紙や貴重品の配送を行うことが可能な魔道具だ。
動力源である魔石を消費するため、使用料は金貨一枚が必要だが、馬車便よりも安心安全。
何より、一瞬で届けることが可能なため、高位貴族の間では頻繁に使われているらしい。
その転送便を使うため、リリとナイトは商業ギルドを訪れていた。
『それ、あの子に送る荷物なんでしょ?』
肩に座った黒猫が身を乗り出して、木箱を覗き込む。
厳重に封をして、リボンで可愛らしく飾った木箱をリリはそっと抱き締めた。
「ええ。バリシアの街でお友達になったローザさんへの贈り物よ」
ティッシュケースサイズの木箱には手紙のほか、三ツ星百貨店で購入した化粧品や手鏡に化粧筆、つげ櫛を同封してある。
ルチア経由で王妃に献上したのと同じ、洗顔用の石鹸も入れておく。
お肌に優しいクレンジング用の石鹸なので、メイクを綺麗に落とせる優れものだ。
それと今回はマニキュアもお試しで送ることにした。透明に近い、ベースコートと淡いピンク色のマニキュアだ。
除光液を使わずに『剥がせる』タイプのマニキュアで、ジェルネイルのように爪に負担をかけないものを選んである。
リリもピンクのマニキュアを使ってみたが、まるで桜貝のように艶めいた爪は目に入るだけで気分が上がった。
(異世界ではジェルネイルは悪目立ちしそうだから我慢していたけど、このくらいの色のマニキュアなら平気よね……?)
指先が綺麗だと、それだけで気分が良くなる気がするのだ。
「そうだわ。ハンドケア用のグッズを取り扱ったら、どうかしら?」
良い香りのするハンドクリームにネイルケアセットを売るのはどうだろうか。
爪切りに甘皮取り、ヤスリにネイルクリーナー。ネイル用の保湿オイルも需要がありそうだ。
(手指のお手入れが流行った頃にマニキュアを売り出せば、私がネイルをしていても目立たないんじゃないかしら)
なかなかに良い考えに思えた。
こちらの世界では、あまり化粧品が発達していない。
薬草や素材が豊富なので、肌の専門家などが本気を出して開発したら良いものができそうなのだが、ヘタに魔法の薬などがあるため、そういった方面に進む者は少ないのだろう。
(ポーションや治癒魔法で怪我や病気が治せるから、医療も進化しないのよね……)
魔法や魔道具があるため、科学が発達しないのも異世界ならではの事情だろう。
(おかげで、日本製の商品で稼ぐことができているのだけど)
ともあれ、まずは荷物をローザ嬢に送らなければ。
商業ギルドの窓口へ向かうと、気付いた受付嬢が席を立ち、笑顔を浮かべてくれた。
「まぁ、これはこれは。リリさま、ようこそ商業ギルドへお越しくださいました」
雑貨店『紫苑』の店主であるリリはギルドでは既に名を知られる存在だ。
辺境の地であるジェイドの街の発展に大いに貢献した人物だと、一目置かれているのだ。
さっそく、ローザ嬢への贈り物の転送を依頼する。
「こちらはヴェローナ侯爵家のローザさま宛の荷物になります。王都の侯爵邸まで配達をお願いできますか?」
避暑地であるバリシアの街で出会ったローザは現在、王都にある侯爵邸に帰宅している。
いつもは学園が始まるギリギリの時期までバリシアで過ごしているそうだが、『王都でやりたいことがあるから』と手紙に記されていた。
初対面の彼女は何かに抑圧されたように暗い表情をしていたが、リリと過ごすうちにすっかり明るく魅力的に笑う少女へと変わったので、心配はしていなかった。
(やりたいことがあるのなら、どんどん試してみるべきだもの。彼女の覚悟を応援したいわ)
ローザと同じ年頃──十四歳のリリは体力もなく、すぐに熱を出しては寝込んでいた。体調の良い時など、年に数えるくらいしかなかったほどで。
(やりたいことどころか、生きていくのにやっと、って気分だったもの)
だから、夢を持って前を向く少女は何としても応援したい気持ちになるのだ。
依頼書にサインをして、金貨を支払う。王都とジェイドの街の商業ギルド間で転送の魔道具を使用し、侯爵邸まで職員が責任を持って運んでくれるらしい。
「では、お願いしますね」
「承りました」
手紙と化粧品の他、隙間には三ツ星百貨店で購入したお菓子を詰めてある。
あまりスペースはなかったので、小さなスイーツを選んだ。
一粒ずつ、レトロなパラフィン紙でラッピングされたキャラメルは見た目も可愛らしいので、女の子へのお土産にはちょうどいいだろう。
ビニールでラッピングされた商品はさすがにそのまま送れないので、悩みに悩んで選んだのが、そのキャラメルだった。
(パラフィン紙なら、紙に蝋を塗って浸透させたものだし、異世界でも珍しくないはず)
ストロベリーブロンドの愛らしい少女が喜んでくれることを期待しながら、リリは弾むような足取りで家へ戻った。
◆◇◆
昼食は料理長が加工してくれたオーク肉ベーコンを使った、ペペロンチーノ。
贅沢に厚切りにして、たっぷりのガーリックと赤唐辛子を散らしたものを味わった。
「おお……! これも旨いな、さすが料理長のベーコン」
『このピリッとしたのがイイね』
黒猫のナイトは唐辛子はイケるクチらしい。
「ペペロンチーノはガーリックをたっぷりきかせたのが美味しいのですが、接客業だから休日のみのお楽しみですね」
「ええっ⁉︎ こんなに美味しいのに、お休みの日にしか食べられないんですか?」
悲愴な表情のセオを慌てて宥めた。
「いえ、食べてもいいのですが……ガーリックの匂いがキツいので」
「なら、匂い消しのハーブを噛めば問題ありません!」
「え? そんな便利なものがあるの?」
「ありますわよ? 『聖域』に生えているハーブなんですが、葉っぱを噛むとスッキリするんですの」
「ん、二日酔いにも効くって、シオンさまが言ってた……」
クロエやネージュも知っていたようだ。
ちらり、とルーファスとナイトを見やると、こくこくと頷かれた。
知らないのはリリだけだったようだ。
「そんな素晴らしいハーブなら手に入れておきたいですね」
『ボク、採ってきてあげようか? 魔法のドアを使えるし』
「いいんですか、ナイト」
『うん。午後からは、にほんでお買い物に行くんでしょう? そっちの護衛はルーファスに任せないとだし、ボクが『聖域』に行ってきてあげる。ついでに、蜂蜜も採ってこようか?』
「大好き、ナイト!」
感極まって黒猫を抱き締めて、顔中にキスの雨を降らしてしまった。
くすぐったいよ、と身をよじる黒猫だが、満更でもない表情を浮かべていることにルーファスは目敏く気付いた。
「くっ……! 俺だって、そのくらい……」
「ルーファスにはキッチン家電のお買い物の手伝いをお願いします」
家電店の中には、リリのような小娘相手だと、よく知らないだろうと無駄に高価な品を売り付けようとしてくる店員もいるのだ。
見るからに異国人である赤毛の大男が睨みをきかせてくれていれば、安心だ。
「ルーファスがいると、変な人に絡まれることもないし、安心できるもの」
「! そうか。リリィは俺がいると安心できるのか。ふふふ」
頼りにされていると理解したルーファスが途端に機嫌を直した。
「……単純なオトコね」
「まぁまぁ、僕たちはにほんに行けないもん。仕方ないよ」
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「では、異世界で使う家電を買いに行きましょう、ルーファス」
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