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121. お楽しみです
しおりを挟むバカンス休暇を早めに切り替えて、王都のタウンハウスに帰るのだと教えてくれたローザ嬢に、転送の魔道具で手紙とお土産を送ったのは、二日前のことだ。
孤児院に卸す予定のドライイーストは一ヶ月分を既に納品してある。
ルチア辺境伯はまだ王都から帰宅の途中なため、ワインの配達もしなくていい。
雑貨店『紫苑』は相変わらず盛況だが、年若い女性客がほとんどなため、目立った問題もなく、平和に過ごすことができていた。
◆◇◆
皆が揃っての、ランチタイム。
食後のお茶を楽しみながら、簡単な業務報告をするのは毎日のお約束だ。
ここ数日の売上帳を眺めて、リリは口元を綻ばせた。
「新商品の売上げも悪くないようですね」
「手鏡とつげ櫛の評判がとても良いようですわよ、リリさま」
「ん、化粧ブラシも人気」
クロエとネージュが自信満々に頷いてくれる。
百貨店で試しに購入してみた品だが、並べたそばから売れていくほどに好評のようだ。
「手鏡は高値を付けてあるので、ここまで売れるとは思いませんでした」
「あんなに素敵な品ですもの。当然ですわよ!」
「クロエの言う通り。ピカピカで、とっても綺麗」
ローザ嬢へのお土産用は百貨店で購入したブランドものだったが、『紫苑』で販売しているものは、単価が二千円ほどの手鏡だ。
アンティーク風の金属製のもので、スワロフスキーやビーズなどでデコってある、乙女心をくすぐるデザインのものを選んだ。
これが、大当たり。
キラキラとした、可愛らしい小物類は少女の心をわしづかみにしたようだ。
店では銀貨二枚で販売している。購入した金額の十倍だ。
鴉の使い魔である白黒姉妹は光りものが大好きなため、この手鏡が相当お気に入りな様子。
つげ櫛と化粧ブラシは年若い少女よりも、もう少し年齢層が上のご婦人方に人気がある。
やはり、元の価格の十倍の値付けだ。
これはクロエとネージュと相談して決めた。リリはもう少し、値段は安い方が……と躊躇したけれど、このくらいが相場ですと押し切られたのだ。
結果、特に問題もなく。
むしろ、この品質でこの価格は良心的です、と喜ばれてしまった。
(異世界での適正価格が未だに分からないわ……)
低価格高品質な日本製品に慣れた身には戸惑いが先にきてしまう。
「あまり安値にしてしまうと、他の店や商人の迷惑になりますよ」
「う……セオの意見も、もっともですね。皆の判断を信用することにします」
現在、雑貨店『紫苑』で取り扱っている商品はオープン当時と比べても、かなり品数が増えている。
まずは、伯母イチオシのロリィタ系の衣装。甘ロリ、クラロリ、ゴスロリの三種がメインだ。
ワンピースがいちばん種類が多いけれど、ブラウスとスカート、パニエにジャケットやコート、ボレロやカーディガンなどの衣装も取り扱いが増えている。
衣装コーナーにはソックスやローファー、パンプスの他にもレースの手袋にリボンやカチューシャ、ボンネットなどのヘッドアクセも取り揃えてあった。
文房具コーナーのメインはガラスペンだ。手に取りやすい価格のシンプルなデザインのものから、華やかな高級品。
男性が使いやすい、シックな色合いのものまで三種類置いてある。もちろん、色違いのものを各種揃えて。
カラーインクは現在、十色ほどを定番として置いてある。いちばん人気はブルーブラック。季節に合わせた特別なインクをたまにゲリラ的に販売することもある。
レターセットも定期的に色柄を違うものにしているため、よく売れていた。
最近はリクエストに答えて、ハンドサイズのメモ帳も取り扱うようになった。
お店でいちばん高価な品はお茶のセットだ。陶磁器のティーポットにカップ、ソーサー、シュガーポット。
デザインシュガーにスミレやバラの砂糖漬け、お手軽なティーバッグなどもよく売れている。
たまにリリが日本で買ってきたクッキーなどの日持ちのする焼き菓子を並べる日もあって、それに当たった客はラッキーディだと大喜びしているようだ。
そして、つい最近から扱うようになったのが化粧品コーナー。
ジェイドの街では、口紅と頬紅、アイシャドウと洗顔用の石鹸のみ販売することにした。
その代わり、つげ櫛や化粧ブラシ、手鏡などを取り扱っている。
「パウダーファンデーションは売りませんの?」
「ジェイドの街では売らないつもりです」
「……ジェイドの街ではということは、他で売るつもりなのです?」
「んー。バリシアのホテルで売ってから、王都でも扱ってほしいって、ルチアさまもせっつかれているみたいなの」
お世話になっているルチアを困らせるのは本意ではない。
この街で取り扱うと、王都から厄介そうな貴族のご婦人方が押し掛けてきそうで、それが面倒なのだ。
「まぁ、では王都へ進出なさるのね!」
「時間の問題だった」
ぼんやりマイペースなネージュにまで、そんな風に思われていたとは。
一人冷静なセオが突っ込んでくる。
「でも、人手が足りないですよね? この店でさえ従業員が必要ってことで、僕たちが呼ばれたんですから」
「そうなのです……。まず、信用できる人材が足りなくて、二の足を踏んでいる状態」
ふぅ、とため息を吐きながらカップを置く。
と、それまで大人しくミルクを舐めていた黒猫のナイトが顔を上げた。
『あの子が、相談に乗ってくれるって言っていなかった?』
「ローザさん? ええ、王都のことなら、侯爵家が後ろ盾になってくれると言ってくれたのです。なので、お土産と一緒に相談のお手紙も送ったところなんですよ」
侯爵家といえば、王族と公爵家の次に偉い貴族と聞く。
しかも、ヴェローナ侯爵家は歴史ある名家なので王都での信用度も高い。
「ローザさんなら信頼できます。良い人材を紹介してもらえたら嬉しいのですが……」
この時のリリは、既にローザが『紫苑』の王都店の実現のため、着々と外堀を埋めていることをまだ知らない。
「まぁ、まだまだ先の話でしょう? それよりも今夜は、面白いものを見せてくれるって話でしたよね!」
好奇心旺盛なセオが目を輝かせながら、聞いてくる。
「ふふ。そうですね。明日は闇の日。お店もお休みなので、少しくらい夜更かししても問題はありません」
ルーファスと二人で日本に赴き、キッチン家電などを大人買いした際に、とある品も購入してきたのだ。
異世界では楽しめないだろうと諦めていたのだが、魔法の扉を開け放しておけば延長コードでコンセントが使える。
娯楽の少ない異世界で、忙しく立ち働いてくれている従業員の慰安のためにも、今夜は是非とも楽しんでもらわなくては。
『そういえば、ルーファスはどうしたの?』
くしくしと毛づくろいをしていたナイトが首を傾げる。
本日の昼食、豚丼ならぬオーク丼に夢中で、今頃になって彼の不在に気付いたようだ。
「ルーファスには伯父の家まで配達をお願いしているんです」
『配達?』
「ええ。ナイトが『聖域』で採取してきてくれた、匂い消しのハーブ。覚えていますよね?」
『うん、もちろん! ぺぺろんちーの? あれを普段でも食べたいって皆が言うから、採ってきてあげたんだ』
えへん、と胸を張る姿がとても愛らしい。だが──
「その、ガーリックをたっぷり味わうための『匂い消しのハーブ』ですが、正確には薬草でした」
『ん? うん、そうかもね?』
不思議そうに見上げてくる空色の瞳をリリは覗き込んだ。
「使う前に念のために【鑑定】してみたのです。そうすると、あれはそもそも『状態異常を完全に回復させる魔法の薬草』だったのですよ」
単なる口臭予防のハーブではなく、あらゆる毒を無毒化させることのできる夢の薬草だったのだ。
「伯父さまが大喜びで買い取ってくれるそうです。二日酔いにも効果があるのではないか、と」
『ふぅん? よく分からないけど、良かったね?』
伯父は冗談まじりに二日酔いなどと言っていたが、目は笑っていなかった。
きっとまた、ポーションのように有益に『使って』くれるはず。
「……多分、定期的に採取の依頼があると思いますよ? いいお小遣い稼ぎになるかと」
『ほんと⁉︎ なら、ボクまた採ってきてあげる!』
日本のお金があれば、美味しいものがたくさん買えると知った黒猫がご機嫌で尻尾を揺らす。
ルーファスは一人で魔法のドアをくぐり、ドラゴンの姿で伯父宅へ飛んでいってくれている。
例の薬草とついでに『聖域』産のハチミツ、暇な時間に狩ってきたオーク肉などを手土産に、颯爽と出掛けてくれた。
手に入ったお小遣いを持って、いつものショッピングモールで夜食やおやつをたくさん買ってくる、と張り切っていたので期待しておこう。
なにせ、今夜は──
「映画鑑賞会です」
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