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126. 王都へ行こう
しおりを挟む黒猫ナイトの予想通りに、王都までのキャンピングカーの旅は片道三日は必要だった。
◆◇◆
ジェイドの街で皆と一緒に朝食を取り、すぐにキャンピングカーで出発する。
時短のためにドライブしながら、ランチを食べた。
リリとナイトは後部座席で。ルーファスは片手で摘めるサンドイッチやハンバーガーなどで手早く済ませた。
このくらいは何でもないとルーファスが豪語するため、休憩なしで車を走らせる。
幸い、キャンピングカーには簡易キッチンやトイレがあるので、困ることはない。
途中、気になる街があれば立ち寄るつもりだったけれど、今のところリリの琴線に触れる場所はなさそうだった。
夕方、辺りが暗くなった頃にようやく車を止めて、ジェイドの街へ戻る。
魔法の鍵で転移の扉を呼び出して、現在地をお気に入り登録するのも忘れてはいけない。
ルーファスはキャンピングカーを【アイテムボックス】に収納する。
「じゃあ、日本を経由して帰ります」
転移扉で日本の家へ向かう。
リリがいつもの定期連絡をしている間に、ルーファスが宅配で届いた荷物を回収して、ナイトが周辺の見回り。
「今週分の注文も完了。メールもすべて返信したし、皆のところへ帰りましょうか」
曽祖母の秘密の部屋の扉から、『紫苑』の二階に転移する。
一階ではちょうど閉店作業をしているところだった。
「ただいま。皆、おつかれさまです」
「おかえりなさいませ、リリさま」
レジを閉めて、店内をざっと片付ける。魔道ランタンの灯りを落としたら、閉店だ。
ジェイドの街の治安は悪くないが、最近は余所者が多いらしい。
ナイトたちが店の防犯用結界を強化してくれたので安心だ。
「リリさま、夕食の準備を手伝います!」
「ありがとう、セオ」
料理は手間だけど、最近は目に見えて楽になった。
キッチンに魔法の扉を呼び出して、レンジや炊飯器などを使えるようになったからだ。
ご飯は炊飯器の早炊き機能で三十分もあれば艶々に炊き上がる。
火を通すのに時間が掛かる根菜はレンジで調理できるので、煮炊き時間の短縮も可能。
リリとセオが調理をしている間、ネージュがバスタブにお湯を張ってくれている。
クロエはテーブルに皿を並べたり、カトラリーの準備を手伝ってくれた。
ルーファスとナイトは二階のリリの寝室で、今夜の上映会の準備中だ。
家具を【アイテムボックス】に収納して、代わりに五人掛けのソファを設置したり、スクリーンをセットしたりと地味に忙しい。
「今夜はハッシュドビーフですよ」
「レッドバッファロー肉を使うんですね。どんな料理なんだろう」
期待に満ちた眼差しを向けてくるセオには悪いが、市販のルーを使わせてもらう。
レッドバッファローは王都に向かう道中で、たまたま遭遇した魔獣だ。
あれ美味しいんだよ、と張り切ったナイトが窓から飛び出して瞬殺したお肉である。
(止める暇もなかったのよね……)
黒猫のナイトはその場であっという間に解体してくれて、巨大な牛の魔獣は立派な枝肉になった。
内臓やタン、テールなどを焼き捨てようとしたのを慌てて止めて、【アイテムボックス】に収納してもらっている。
(せっかくの牛タン、味わってみたいものね)
どうやら、こちらの世界ではタンは食べないらしい。もったいない。
内臓料理は一応あるらしいが、あまり人気はないのだとか。
(私も詳しくないから、今度レシピを調べてみましょう)
シンプルに焼き肉で楽しむのもありかもしれないが、どうせなら美味しく食べたい。
完成したレッドバッファローのハッシュドビーフは絶品だった。
見た目は立派な赤牛だったが、肉質も素晴らしく、濃厚な旨味に感動した。
「旨いな、レッドバッファロー」
『以前にシオンさまと食べた時よりも美味しい……』
「口の中でお肉がとろけるなんて……はぁっ…侮れませんわね、Cランクの肉のくせに」
「ん。今度見かけたら、絶対に狩り尽くす」
「同感だね。僕も手伝う」
黒白姉妹とセオが物騒な発言をしているが、レッドバッファロー肉はぜひとも確保しておきたいので、リリは笑顔で頷いておいた。
◆◇◆
お風呂上がりのアイスを楽しみながら、二階で映画を鑑賞する。
本日選んだディスクは、アニメだ。
猫とネズミが仲良く喧嘩するアニメの総集編。リリはリメイク版を楽しんだ世代だが、オリジナルのアニメも面白かった。
『猫がこんなにおバカだなんて信じられないよっ!』
ナイトだけは複雑そうな表情で眺めていたが、皆楽しんでくれたようだ。
リリはなぜか、ソファに腰掛けたルーファスの膝に乗せられて映画を鑑賞している。
「……どういうことでしょう?」
「リリィの魔力が枯渇しないよう、接触している」
「別に今は枯渇していませんよ?」
なにせ、魔素たっぷりの美味しい魔獣肉を平らげたところなのだ。
ルーファスは憮然とした表情のまま、リリの頭に己の顎を乗せた。
「……だって、今日はずっと運転していたから、リリィと触れ合えなかった」
「一緒にいたじゃないですか」
「リリィが足りない」
腕の中に閉じ込めるようにして抱き込まれてしまうと、逃げ場もない。
「……まぁ、一日中ずっと運転してくれたので、仕方ないですね」
リリはため息を飲み込むと、そのまま背後にもたれかかった。
体重をかけてもビクともしない広い胸に何となくホッとする。
触れ合った箇所があたたかくて、意外と心地いい。
いつのまにか、そのまま眠ってしまったようで、翌朝ベッドで目が覚めた。
◆◇◆
ジェイドの街と日本、キャンピングカーと忙しなく過ごしながらも、着々と王都へと近付いていき──今日で三日目。
運転はルーファスに任せて、リリは後部座席で薬草図鑑を熟読していた。
【鑑定】スキルのランクを上げるために、この世界の知識を習得する必要がある。
羊皮紙を綴じた図鑑を慎重にめくるリリを、黒猫がじっと見据えた。
『リリは魔獣図鑑はもう読破したんだよね?』
「ええ。魔法のトランクの家にあった、魔獣図鑑と魔物図鑑は一応すべて目を通してあるわ」
「早いな、リリィ」
「読むのだけは得意なのです。学校に通えない時期も本だけは手放さずに読んでいたので」
『その調子だと、薬草図鑑もすぐに読み終わっちゃいそうだね』
「あと半分くらいで読み終わりそうです。おかげで、【鑑定】スキルで読み取れる情報が詳細になってきたわ」
スキルを使う本人の知識量が反映するとは聞いていたけれど、これほどに差があるとは思わなかった。
たとえば、『聖域』で採取した薬草について【鑑定】すると、図鑑を読む前は薬草名と毒の有無くらいしか分からなかったのが、図鑑を読んだ後だと、薬草名に効用、調合方法、状態について分かるようになったのだ。
詳細鑑定ができるのは、とてもありがたい。一応、冒険者ギルドには登録してあるので、薬草採取の依頼を受ける際には重宝するスキルだろう。
「そういえば、雑貨店『紫苑』では日本から持ち込んだ商品を販売しているけど、【鑑定】されたらバレてしまうんじゃ……?」
ふと思い付いたことを口走った後で、リリは真顔になった。
慌ててストレージバングルから取り出したクッキーを鑑定してみる。
──日本製の焼き菓子。美味。原材料は小麦粉、砂糖、卵、バター。魔素は含まれない。
ぱっと鑑定しただけでも、アウトな気がする。
雑貨店で販売する品物については、日本のタグやラベルなどは剥がして店頭に並べているが、ルチアに託している酒類は瓶を移し替えることもせず、ラベルもそのままだ。
(日本語のラベルも怪しまれそうだけど、【鑑定】されたら、日本のことがバレてしまう……?)
異世界人だとバレてしまったら、どうなるのだろう。
急に不安を感じて、落ち着かなく視線を揺らすリリに気付いたナイトがこつん、と額をぶつけてきた。
『にほんのことはバレないから安心して、リリ。今、君が勉強しているように、元になる知識がなければ【鑑定】には反映されないんだ』
「反映されない……」
『そうだよ。たとえば、そのクッキーだと「焼き菓子、食用可、無毒」って結果になるはず』
「そうなんだ……良かった……」
「それに、【鑑定】持ちはめったにいないぞ? スクロールを落とす上級ダンジョンの主級を倒す必要があるからな」
『そうだね。多分、ここ百年ほどは誰も手に入れてないんじゃない?』
「えぇ……?」
「スキルはないが、簡易の鑑定の魔道具はギルドにあると聞いた。名称や毒や呪いの有無くらいしか分からんやつだ」
「だったら、遠慮なく日本の品物を売り捌けそうですね」
ほっと胸を撫で下ろす。
異世界の商品だとバレて、ローザ嬢に迷惑を掛ける心配はしなくても良さそうだ。
「おお、ちょうど王都が見えてきたぞ」
人通りが増えてきた街道のずっと先に、砦のようなものがうっすらと見える。
「あれが、王都……!」
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