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127. タウンハウス
しおりを挟む「リリさん、お久しぶりです!」
王都に到着したリリはヴェローナ侯爵家のタウンハウスにお邪魔している。
侯爵家の末娘であるローザに熱烈な歓迎を受けていた。
当初は街中で宿を取り、到着したことを手紙で知らせるつもりだったのだが、商業ギルドで名乗るや否や、タウンハウスに案内されたのだ。
「そろそろ到着する頃合いだと思ったのです! リリさんが来たら、うちに案内してもらうよう商業ギルドにお願いしていたのですわ」
「……普通は先触れの連絡を入れて、面会日時を決めるのかと」
「まぁ! リリさんと私はお友達同士ですもの。そういったことは不要ですのよ」
「そういうものなのです……?」
異世界でのお貴族さまマナーがよく分からないので、とりあえず頷いておくことにした。
「王都にいる間は我が家に泊まってくださいね! 家族にも紹介したいのです」
「では、お言葉に甘えてお邪魔しますね」
護衛のルーファスと飼い猫のナイトも快く受け入れてくれたので、遠慮なく滞在することになった。
侯爵家自慢のタウンハウスは三階建ての立派な建物だった。
主に社交シーズンを過ごすための別荘なのだが、子供たちが王都の学園に通うためにも使っているらしい。
学園には学生寮も完備されているが、高位貴族はタウンハウスから通う者がほとんどだという。
「客室へ案内しますわね」
「ありがとうございます、ローザさん」
ゲストルームは二階にあり、護衛のルーファスは続きの間を与えられた。
リリとナイトはリビング付きの豪奢なベッドルームを独占できるようだ。
天蓋付きの寝台はリリが五人は横になれそうなくらいに広々としている。
「素敵なお部屋です」
「気に入ってもらえたなら嬉しいですわ」
リリは魔法のトランクとショルダーバッグのみの軽装だ。
着替えなどの荷物はすべてマジックバッグに収納してある。
キャンピングカーと雑貨店『紫苑』の商品在庫はルーファスとナイトの【アイテムボックス】に預かってもらっていた。
「長旅で疲れたでしょう?」
「そうですね。少しだけ」
本当は後部座席で快適にドライブを楽しんでいただけなのだが、ここは真顔で神妙に頷いておく。
「ちょうどお姉さまがいらっしゃるから、一緒にお茶にしましょう」
客室に荷物を置いたリリの腕に己のそれを絡ませて、ローザが無邪気に笑う。
さすがに侯爵家内でルーファスを連れ歩くわけにはいかないので、魔法のトランクとショルダーバッグを預けて部屋で待機してもらうことにした。
「黒猫さんもお茶会にどうぞ」
「にゃあーん」
ローザが冗談まじりにナイトに声を掛けると、愛らしく鳴いて応えた。
「まぁ、まるで私の言葉が分かっているみたいね。いいわ、一緒におやつを食べましょう」
「良かったですね、ナイト」
「んなっ」
当然だよ、とこっそり念話で返事をすると、ナイトはリリに抱っこをせがんできた。
(可愛い子猫ちゃんで通すつもりですね?)
苦笑まじりに、黒猫を抱き上げる。
とはいえ、彼がそばにいると思うだけで心強い。
「新学期まで、あと十日。それまでには店舗も契約しておきたいの」
「そんな短期間で、大丈夫ですか?」
「ふふ。両親からは承諾をもらっているので大丈夫ですよ。特に、母と姉が乗り気なので、安心してくださいな」
「……もしかして、お化粧品のおかげです?」
そっと尋ねてみたが、意味深な笑みで返された。うん、化粧品だね。
自信ありげに微笑むローザは、バリシアの街で初めて会った時とはまるで別人のよう。
見事なウェーブを描くストロベリーブロンドをなびかせて、うっすらと薄化粧をほどこしたローザはとても愛らしい。
『紫苑』で購入したロリィタ衣装ではないが、豪奢なレースに縁取られた紺色のワンピースがよく似合っている。
リリも手持ちの衣装の中で、クラシックなデザインの膝下丈のワンピースを選んで王都に赴いた。
示し合わせたわけではないが、ローザと同じ紺色の衣装だ。
プリーツ入りのシンプルなデザインだが、フラワーパニエと合わせているので、ぱっと人目を惹いている。
白と淡い水色のフリルが幾重にもなっている様はまるで薔薇が咲いているよう。
(伯母さまイチオシのアイテムだけど、シルエットもとても素敵)
ローザも気になるようで、ちらちらと足元に視線を向けてくる。
(うん、これも売りに出しましょう。ローザさんに似合いそうです)
髪の色に合わせた、淡いピンクのフラワーパニエがいい。
きっと、春のお花の妖精のように愛らしくなるだろう。
ローザに似合うコーディネートを考えているうちに、お茶会の会場に到着していたようだ。
天気が良かったためか、室内ではなく庭園を見渡せるガゼボに案内される。
「お待たせしました、お姉さま」
「まぁ、お客さまを連れ回すなんて悪い子ね、ローザ」
くすくすと笑いながら、二人を出迎えてくれたのは金髪碧眼のゴージャスな容貌の令嬢だった。
ローザとはあまり似ていないが、姉妹仲は良さそうだ。
「リリさん、こちら私の姉です」
「キャロラインよ。よろしくね、リリさん」
「ご丁寧にありがとうございます。雑貨店『紫苑』店長のリリと申します」
あいにくカーテシーなど習ったことはないので、軽く一礼するだけにとどめた。
ローザが平民だと説明してくれておいたおかげで、特にマナーについては問題視されずにほっと胸を撫で下ろす。
「わたくし、貴女のお店の品がとても気に入っているの。これでも社交には詳しいので、店舗経営のお役に立つと思うわ」
メイドが淹れてくれた紅茶を味わう暇もなく、キャロラインにプレゼンされた。
「とても心強いです。……あの、そのお化粧は……」
「あら、気が付いた? リリさんがローザに送ってくださったアイシャドウと口紅を使っているのよ」
「とてもよくお似合いです」
華やかな美貌にラメ入りのアイシャドウが映えて、とてもゴージャスだ。
頬紅の使い方も完璧。
流行りの目の下チークもマスターしており、整いすぎて冷淡な印象を受けがちな美貌にほんの少し無防備な愛らしさを演出している。
(すごいわ……! 一応、使い方のメモは付けておいたけど、完璧にモノにしているわね)
これは、王都でのインフルエンサーにぴったりな人材かもしれない。
「貴女のお店の商品を使うと、これまで使っていたお化粧品を使う気がなくなってしまったわ」
「ありがとうございます」
キャロラインはよほど化粧に興味があるのか、話題は尽きない。
王都で人気だという焼き菓子を頬張りつつ、女子会のような会話を交わした。
ローザが気になったのは、お土産と称して送り付けたマニキュアだった。
「使い方が記されたお手紙を読んだけど、難しくて……」
「なら、私が塗って差し上げます」
「よろしいんですの⁉︎」
ぱあっと顔を輝かせるローザが微笑ましい。羨ましそうな表情をするキャロラインには後で塗る約束をして、さっそく手を取った。
シルバーバングルには念の為に販売予定の商品を収納しておいたので、そこからマニキュア一式を取り出した。
「まぁ、マジックアイテムを持っていらしたのね」
「当然ですわよ、お姉さま! リリさんは凄腕の商人なのですから」
「褒めすぎです、ローザさん。これは曽祖母の遺産なので」
ダンジョンからは時折ドロップすると聞いていたので、披露することにしたのだ。
もっとも『時間停止機能付き』の収納アイテムは国宝級の代物だということをリリは知らない。
知っている黒猫のナイトはガゼボ内のベンチで丸くなっている。普通の猫にしか見えない、素晴らしい擬態ぶりだ。
この世界で売り出す予定のマニキュアは除光液いらずのネイルポリッシュだ。
お湯で簡単に剥がせるピールオフマニキュアなため、ジェルネイルのように爪を傷めることもない。
「ローザさんはピンクのマニキュアが似合いそうです」
甘皮を優しく取って、丁寧に爪に塗っていく。こういう細かい作業は嫌いじゃない。早く乾かしたいので、【生活魔法】で温風を出した。
ピンクのマニキュアを二度塗りした爪を姉妹はうっとりと眺めている。
「なんて素敵なの。爪を染めるとこんなに綺麗になるのね……」
「ふふ。ネイルをすると、気分が上がりますよね?」
「リリさん! わたくしもお願いしますわっ!」
目の色を変えたキャロラインにお願いされて、リリは慌てて真紅のマニキュアを手に取った。
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