【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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128. 侯爵家でのディナー

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 侯爵家の仲良し姉妹に施したネイルは大好評だった。
 ローザは淡いピンク、キャロラインは鮮やかな赤のネイルを塗ってみたのだが、どちらもとてもよく似合っている。
 特にローザの爪はまるで桜貝のように可憐で愛らしかった。
 
 この世界にはまだ爪を染めるオシャレは流行っていないようで、美容にうるさそうなキャロラインさえ「こんなのは初めてだわ……」と、自身の爪に見惚れていた。

「とっても素敵ですね、お姉さま」
「ええ。夜会でも噂の的になるのは確定よ、ローザ」

 うっとりと互いの指先を眺める姉妹に、リリはそっと注意を促す。

「このネイルは剥がれやすいので、気を付けてくださいね」

 除光液をセットで渡すよりも、お湯で剥がせる手頃なピールオフマニキュアを選んだのだ。
 一日の終わりにこまめに剥がした方が爪も傷みにくい。
 オフの仕方も教えてあげようとしたのだが、「これをすぐに落とすのはもったいないわ!」と悲鳴を上げられてしまったので、急遽メイドさんの指を借りることになった。

「塗り方の勉強にもなるから、ちょうどいいですね」

 まだ十代半ばほどのメイドはとても緊張していたが、ネイル自体は嬉々として施術させてくれた。
 まずは持参したガラス製の爪やすりで形を整え、甘皮を丁寧に処理する。

「指先が荒れていますね。ハンドオイルを塗りましょうか」

 水仕事で荒れたのだろう。
 乾燥した指先が可哀想だったので、ポーション入りのハンドオイルも取り出して、たっぷりと塗り込んでマッサージをしてあげた。

「まぁ……! あっという間に、すべすべの手になったわ!」
「すごい効果ね、このオイル」

 主家のご令嬢たちに覗き込まれて、メイドの少女が落ち着かなげに視線を揺らしている。
 可哀想なので、手早く終わらせてあげよう。

「何色がいいかしら」

 あまり派手なカラーはご令嬢向きではないだろう、とピンクやベージュ、レッド系のネイルを並べてみた。
 少し迷って、ヌーディカラーなベージュを選んだ。肌の色に近い、優しい色合いなので初心者向きだと思う。
 他のメイドたちにも見せてあげながら、仕上げた。
 ジェルネイルのように、ライトですぐに硬化させることができないため、温風で乾かすことにする。
 そんな便利な魔法が、習得した【生活魔法】にはあるのだ。

「ネイルを乾かしますね。……【温風ウォーム】!」

 ドライヤーの温風のような魔法が、リリの指先から発動する。
 この程度の魔法なら、魔力不足に陥らずに使えるようになったのだ。
 魔法使いは王都でも珍しいらしく、驚かれてしまったが。
 
「乾きました。この色は落ち着いているので普段使いに合うと思います」
「……地味かと思ったのだけど、爪にのせると、意外と素敵な色ね」
「ええ、そうですね、お姉さま。淑女クラブの会合にピッタリだと思います」
「淑女クラブ?」

 初めて聞く単語にリリが首を傾げると、ローザが教えてくれた。

「殿方だけが参加できる紳士クラブがあるでしょう? それに対抗して、学園内のご令嬢が集まって作った、女性のためのクラブなの」
「そうなのですね。具体的には、何をするクラブなんでしょうか」
「色々よ。紳士クラブは乗馬やカードゲーム、葉巻を楽しんでいるみたいだけど、私たちはお茶会をしたり、刺繍を楽しんだり、お気に入りのカフェ巡りをするの」
「素敵ですね! それは是非ともオシャレをして行かないと」

 病弱だったこともあり、友人が少ないリリには羨ましい話だ。

(私もカフェ巡りをしてみたいわ……)
『ボクが付き合おうか?』

 黒猫ナイトの気遣いに苦笑する。
 ありがたいけれど、さすがに街中のカフェでは猫はお断りされてしまうだろう。
 かといって、ルーファスと二人でカフェを巡るのは何か違う気がする。

(私がしたいのは、女子会なのよね)

 魔法のドアの転移先に王都をお気に入り登録しておいて、クロエとネージュと正式に使い魔の契約を交わしたら、三人でカフェ巡りをしてみたい。
 セオは拗ねるかもしれないが、女子会なので仕方ない。

(……あ、セオには女の子に変身してもらったら、問題ないのかな?)

 性別を変えての変化を特に嫌がっていなかったので、提案したら大喜びでワンピースを着てくれそうだ。

(……待って。それはつまり、ルーファスも女性の姿に変化してもらえたら、一緒にカフェ巡りができるってことよね?)

 鮮やかな真紅の髪に黄金色の瞳をした美丈夫なのだ。そんな彼が女性になれば──

(すっっっごくゴージャスな美女になりそう!)

 ちょっと見てみたい、と本気で考えてしまったのは内緒だ。

 ともあれ、メイドさんをマネキン代わりにネイルの塗り方とオフの仕方をしっかりとレクチャーして、この日のお茶会は無事に終えることができた。


◆◇◆


「我が侯爵家へようこそ」
「ふふ。ゆっくりと寛いでね?」
「妹が世話になっているね。よろしく、店長」
「ありがとうございます。こちらこそ、ローザさまには良くしていただいております」

 ヴェローナ侯爵夫妻と子息と顔を合わせたのは、その夜のディナーの席だった。
 まさか、侯爵夫妻と同席できるとは考えていなかったが、そこはそれ。
 日本でのリリは海堂グループの令嬢なため、こういった場でも落ち着いて会話を楽しむことができた。
 貴族相手という点では緊張したが、いざとなればルーファスたちがいる。
 魔法のトランクや転移ドアがあるので、いつでも逃げ帰ることも可能なのだ。
 ……などと、多少身構えてはいたのだが、侯爵一家は意外なほどにリリに対して好意的だった。

「ローザちゃんがとっても素敵なレディに成長ができたのも、貴女のおかげだと聞いたわ」
「それにも感謝しているが、私はガラスペンのファンでね」
「ああ、あれは素晴らしい商品だ。ローザがバリシアの街で買ってきてくれたのだけど、もう手放せないほど愛用しているよ」

 侯爵夫人がおっとりと微笑む。侯爵と子息は雑貨店『紫苑シオン』のガラスペンを絶賛してくれた。
 

 さすが、侯爵家のディナー。
 テーブルには素晴らしいご馳走が並んでいた。
 メインはローストされたステーキ。
 焼き立ての香ばしいパンにバターとクリームが添えられている。
 緑の鮮やかな野菜と白身魚のゼリー寄せ、スープはミルクベースのようだ。
 デザートは果物を鳥に見立てて飾り切りした、ゴージャスなものが中央に置かれている。

(……ん! お肉がとっても美味しいわ。これはお腹がポカポカするから、きっと魔獣肉。何のお肉なのかしら……?)

 ローストビーフとよく似た食感。これは素晴らしい。残念ながら、ソースはバターとハーブのみで深みが足りないが、それを補って余りあるほどに肉が絶品だった。
 こっそりと【鑑定】してみると、ジャイアントレッドブルの肉、とある。

(赤毛の牛の魔獣かな?)

 これは是非とも、買って帰りたい。
 伯父たちへのお土産はもちろん、使い魔の皆とも味わいたいお肉だ。

(ジェイドの街に帰る前に、市場で探してみましょう)

 王都でしか買えない、珍しい食品もありそうなので、今から楽しみだ。

「とても美味しかったです」

 特に、ジャイアントレッドブルのステーキが素晴らしかった。
 うっとりとリリがつぶやけば、くすくすとローザに笑われてしまう。

「でも、リリさんは美味しいものを食べ慣れていらっしゃるでしょう? お手紙と一緒に送ってくださったお菓子も、とろけるような舌触りでしたわ」
「ああ……あれは素晴らしかったわね。夢見心地で食べたもの」
「あ、キャラメルですね。お口に合ったのなら嬉しいです」

 三ツ星百貨店で購入した、高級キャラメルだ。荷物を送る際の隙間に詰めてあったのだが、気に入ってもらえたらしい。

「え、お前たちだけで食べたのか? ずるいぞ」
「あら。お兄さまは甘いものはあまり得意ではないでしょう?」
「それはそうだが、『紫苑シオン』の菓子は別だ。控えめな甘さで、なのにとんでもなく美味い」
「ああ、そうだな。マフィンといったか? あの菓子は最高だったな」

 バリシアの街でローザに渡したお土産の菓子を家族で食べてくれたらしい。
 羨ましそうな紳士方のために、リリはストレージバングルから、焼き菓子を取り出した。
 三ツ星百貨店で購入しておいた、レモンパウンドケーキ。

「おお……! これは美しい菓子だな」
「素敵。切り分けてちょうだい」

 綺麗に切り分けられてデザートとしてテーブルに並んだレモンパウンドケーキは、侯爵一家から大絶賛を浴びた。

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