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129. 店舗の内見
しおりを挟む侯爵家に滞在させてもらった翌日。
ローザとリリはさっそく王都の商業ギルドへと向かった。
護衛役のルーファスがぴたりとリリの背後に張り付いているが、さすが侯爵家の令嬢というべきか。
ローザはまったく気にした様子もなく、リリと腕を組んで楽しそうに街を闊歩している。
「本当は今日もリリさんと双子コーデを楽しみたかったのですが、お母さまに叱られてしまったの」
「仕方がないですよ。ここは王都ですし」
バカンス先の避暑地で着ていたようなロリィタデザインのワンピース姿を王都の街中で侯爵令嬢が披露するわけにはいかないだろう。
本日のローザはシンプルながら、質の良いシルクのデイドレスを身に纏っている。
肘までの長さの袖は美しいドレープを描いており、若い女性らしく健康的なデコルテラインが見えるデザインだ。
落ち着いた青緑色のドレスにストロベリーブロンドがよく映えている。
「うふふ。リリさんが整えてくれた髪型も、とっても素敵なの!」
「ローザさんの髪はふわふわの猫毛で弄りがいがあります」
等身大のお人形さん遊びを楽しめて、大満足のリリをルーファスが呆れたように見つめてくる。
充電式のヘアアイロンをこっそり持ち込んでいたので、朝からローザの髪を触らせてもらったのだ。
ふわっふわのカーリーヘアをヘアアイロンできっちり纏めて、スタイリング剤で綺麗な巻き髪を作り上げると、ドレスと同色のカチューシャリボンをローザにプレゼントした。
(我ながら、いい仕事をしたわ)
どこからどう見ても、完璧なお姫さまだ。可愛すぎる。
憧れの髪型に変身したローザは大喜びで、リリに抱き着いてくれた。
双子コードは諦めたけれど、ヘアアクセサリーはお揃いがいいとおねだりされたので、リリもカチューシャリボンを装着している。
服装は白地に水色のストライプ柄のワンピースドレスだ。白のレースタイツと合わせると、清楚なお嬢さま風スタイルになる。
レースの手袋と水色のフリル付き日傘をさしたリリもその愛らしさから注目の的になっていたが、初めての王都にはしゃいでおり、まったく気が付いていない。
ルーファスはじろじろと二人の少女を眺めてくる若者を睨み付けて退散させると、ため息を吐いた。
「まったく……リリィは無防備がすぎる」
『仕方ないよ。リリだもん。ボクたちが睨みをきかせているしかないね』
今日はお留守番よ、と侯爵邸に置いていかれそうになった黒猫はこっそりルーファスの肩に乗って、ついて来ていた。
ちゃんと姿を隠す魔法を使っているので、ペット禁止のお店にも堂々と入れるのだ。
『王都は相変わらず、人が多くてウンザリするね』
「そのようだな。短命なはずの人族がこれほどに権勢を誇るようになるとは……」
ルーファスは賑やかな大通りを瞳を細めて、まぶしそうに見やった。
黒猫がふすん、と鼻を鳴らす。
『……短命だからこそ、生き様が鮮やかなのかもね』
小声で会話を交わしながらも、ふたりは警戒を怠らない。
馬車の中はともかく、この二人のお嬢さんたちは、ほんの少し街を歩くだけで、通りがかりの人々の視線を集めてしまうのだから。
「こちらが、店舗となります」
案内されたのは、王都の商業区の一等地だ。その一角にある空き店舗の前で、ギルド職員が立ち止まった。
「鍵を開けてくださる?」
「はい。どうぞお入りください」
元々は人気のある宝飾店だっただけあって、建物は瀟洒だ。二階建ての立派な建物で内装も洒落ている。
高価なガラス張りのショーケースが置かれており、ガラスペンやカラーインク、陶磁器を飾るのにちょうど良さそうだ。
二階の店舗部分は一階の半分ほどの広さで、応接室が三部屋あった。
宝飾店であった頃は、その個室で商談をまとめていたのだろう。
ひと部屋が従業員用の控え室で、いちばん奥の広めの部屋が事務所。手前の小部屋を倉庫として使っていたようだ。
「一階に文房具やティーセット。二階を男子禁制にして、お化粧品売り場にするのはどうかしら?」
「悪くないですね」
一階には大きな窓ガラスがあり、店舗が覗けるつくりになっている。
ガラスペンやカラーインク、レターセットだけでなく、美しい色柄の陶磁器を並べておけば、老若男女を問わず、客の興味を引けそうだ。
化粧品はサンプルを用意して、店員さんにタッチアップをしてもらいたい。
「お化粧を落としてもらうこともありますし、男子禁制にするのはいいと思います」
上流階級のご婦人を相手にする場合は、応接室でタッチアップしてもらえばいいだろう。
「……リリさん、どうでしょうか?」
「素敵なお店だと思います。ぜひ、こちらでうちの商品を取り扱って欲しいです」
「本当ですか! 良かったわ」
ローザが我がことのようにはしゃいでいる。
リリは二階からの眺めを楽しみながら、ふと「そう言えば、賃料はおいくらほどなのでしょうか?」と首を傾げた。
『……普通は先に聞かない? 結構、大事なことだと思うけど』
ぽそり、と黒猫ナイトに念話で突っ込まれてしまったが、リリは気にしない。
(ルチアさまのおかげで、お酒がたくさん売れて、ちょっとしたお金持ちになっているもの。賃料くらいなら余裕で支払えるはずよ)
とはいえ、王都の家賃の相場など、リリどころかドラゴンのルーファス、ニンゲン嫌いの使い魔の黒猫が知っているはずもなく。
ちょっと緊張しながらローザを見据えていると、ぺろりと舌を出されてしまった。
「賃料は不要ですわ、リリさん」
「え? 賃料が不要って……ダメですよ、ローザさん。友人が相手だからこそ、お金関係はきちんとしたいのです、私は」
「いえ、本当に。……実はこの建物はすでに私の名義なんですの」
「……ローザさんの名義?」
「はい、私の店舗です。趣味で投資を楽しんでいたのですが、思いの外儲けが出てしまって」
ひと目で気に入ったので、稼ぎをそのまま使って、店舗を土地ごと買いあげたらしい。
「そうすると、ローザさんが大家さんになります。やはり、ここは賃料を支払わなければ……」
「お金は不要ですわ、リリさん、それほど賃料を支払いたいということでしたら、昨夜出していただいたような、素晴らしい焼き菓子を毎月いただきたいわ」
「え? パウンドケーキを、ですか?」
「昨夜のレモンのケーキはとっても美味しかったです。以前にいただいたマフィンやマドレーヌにクッキーまで。どれも絶品でしたから、お金より嬉しいです」
「……そんなことで良いのなら、私も嬉しいのですが」
これほどの立地なのだ。
普通に考えれば、一ヶ月で金貨十枚近くは必要なのではないだろうか。
だが、ローザに熱心に『お願い』されて、リリは結局、店舗の賃料を日本産のお菓子で支払う契約を交わすことになったのだった。
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