132 / 180
130. 秘密のお茶会
しおりを挟む「店舗が決まったなら、次はどの商品を扱うか、ですわね!」
リリとローザが侯爵家に帰宅すると、満面に笑みを浮かべた美女二人に出迎えられた。
侯爵夫人とその長女、キャロラインである。
「お母さま……」
「待ちに待った『紫苑』の王都店のオープンなのよ? 皆が驚くような目玉商品を出すべきだと思うわ」
「当然ですわね。まぁ、あのお化粧品だけでも皆さんの度肝を抜くには充分だと思われますが、王都店でしか手に入らない『特別』は必須だと思います!」
「お姉さままで……」
連れ込まれた応接間で熱弁を振るわれたリリはその勢いに唖然とする。
ローザは母と姉を呆れた風に一瞥した。
「もう! 二人とも図々しいですわ! リリさんのお店なんですよ?」
「いえ、むしろローザさんのお店だと思いますが……」
「違いますよ⁉︎ 『紫苑』はリリさんのお店ですからねっ?」
ローザがすごい形相で振り返る。
リリにとっては商品の買取形式の委託販売のようなイメージだったのだが、違うらしい。
「私は、かつての私のように自信のない女の子が元気になれる素敵な商品を、王都でも気軽に手に取れるようになればと思ったの。そのお手伝いがしたいって。ちょうどリリさんも王都への出店の要望が殺到して困っていたから……」
「はい。とても助かっていますよ、ローザさん」
店舗から販売員まで、すべて侯爵家が後ろ盾となって揃えてくれるのだ。
(商品の納品が面倒なだけで、あとは全部お任せだなんて、ローザさんは控えめに言っても天使では?)
その納品も、店舗の二階の倉庫へ直接届ける予定なのだ。
魔法のドアの転移先を倉庫に登録すれば、それも一瞬で済む。
「侯爵夫人とキャロラインさまの提案も参考になります。開店記念として、三日間は何か記念品を配るのはどうでしょう?」
「記念品? まぁ、どんなものなのかしら。とても気になるわ」
「リリさんが用意するものはどれも素敵ですもの。楽しみね」
「ありがとうございます」
メイドさんが用意してくれた茶菓子がなくなっていることに気付いたリリは、ストレージバングルからクッキー缶を取り出した。
三ツ星百貨店で購入した詰め合わせクッキーで、女子会にはぴったりのお菓子だ。
宝石箱なように綺麗なデザインの缶に三人とも視線が釘付けになっている。
「どうぞ。お気に入りのクッキーなんです。美味しいですよ」
「リリさんのクッキー!」
ぱっと目を輝かせるローザ。
毒味も兼ねて、まずはリリが摘んでサクリと食べてみる。うん、美味しい。
上品な甘さが後を引くのがお気に入りなのだ。
さっそく侯爵家の母娘が笑顔で手を伸ばした。
「まぁ、なんて優しい味わいなのかしら」
「美味しいわ! 口の中で優しくほどけていくよう……」
「そうでしょう? リリさんのお菓子はどれも素晴らしいのだから! ああ、このベリージャム入りのお花のクッキー! 可愛くて食べるのがもったいないけど、すごく美味しいの!」
「まだたくさんあるので、遠慮なくどうぞ」
侯爵家の美しい淑女たちが、持参したお菓子を幸せそうに堪能する様をリリも微笑ましく見守った。
最近、自覚したのだが、どうやら自分は日本の食べ物が異世界で絶賛される様子を眺めるのが好きらしい。
(自分が褒められているわけではないのだけど、とても嬉しくなるのよね)
そういえば、従兄たちも「外国からの旅行客が日本のグルメにハマる動画が面白くて、つい観てしまう」なんて言っていたっけ。
(その気持ち、すごくよく分かるわ。日本のお菓子、最高でしょう? って誇らしい気持ちになるのよね)
ナイトやルーファス、クロエにネージュ、セオたちが日本の料理やお菓子を大絶賛する様子を動画に撮って、伯父たちにも送っているのだが、やはり同じように感じるらしい。
美味しい美味しいと笑顔で気持ちよく食べてくれる人は、周りも幸せにしてくれるのだ。
「……リリさん。もしかして、このクッキーを記念品にするつもりなのかしら?」
四枚ほど夢中でクッキーをかじった侯爵夫人がふと我に返ったような表情で、つぶやいた。
「まだ決めてはいませんが、クッキーもいいかもしれませんね」
さすがにこの豪華なクッキー缶だと赤字になりかねないが、小さめの詰め合わせならお手軽で配りやすそうだ。
「ああ、でもジェイドの街でもアイシングクッキーを配ったので、王都店だけの特別な記念品となると、別のものがいいでしょうか」
猫の形のアイシングクッキーは好評だったので残念だが、何にしようかと考えるのは楽しい。
「そうですわね。このクッキーを配るとなると、さらに混雑しそうですもの。違うものがいいと思うわ」
「キャロラインさま、大袈裟です……よ、ね?」
笑い飛ばそうとしたが、思いの外真顔なキャロラインに気付いて、リリは動揺した。
「いえ、本気ですわよ? 正直、このクッキーを売るお店にお小遣いから出資したくなるくらいには」
「えぇ……? それほど、ですか?」
戸惑うリリに、侯爵夫人が追撃する。
「リリさんは美食家なのですね。このクッキーもですが、昨夜のケーキも素晴らしいものでした。実際、我が家の菓子職人が贅を凝らして作り上げたものより美味でしたからね」
「…………」
まさか、王都の貴族──それも侯爵家お抱えの菓子職人よりも、日本の市販の焼き菓子が贅沢品扱いされるとは。
言葉をなくすリリに、ローザが苦笑する。
「そのくらい、リリさんが提供してくださる菓子は価値があるのです。店舗の賃貸料としては妥当でしょう? きっと喉から手が出るほどに欲しがる方が大勢現れると思うわ」
「でしょうね。スイーツ好きの公爵家ご令嬢なんて、きっと金貨を塔のように積み上げて甘味を要求すると思う。賭けたっていいわよ?」
「そこまでとは……」
こくり、と息を呑む。
キャロラインの言葉をローザも侯爵夫人も否定しないということは、実際にありそうなことなのだろう。
「……お菓子は、やめておいた方がいいですね」
「そうね。私もそう思いました……」
「記念品としてではなく、お茶菓子として紅茶と一緒に少しだけ店頭で売ればいいんじゃないかしら?」
ティーカップを傾けながら、キャロラインが言う。
「砂糖菓子も販売するのでしょう?」
「あ、はい。紅茶とデザインシュガー、スミレとバラの砂糖漬けは用意するつもりです」
「小規模なお茶会で楽しめる、目にも楽しい日持ちのするお菓子を高値で売りつければいいのよ」
「お姉さま、あざといですわ。……でも、悪くないアイデアだと思います。数量限定にして、あとは曜日ごとに違う品を売り出せば、毎日通ってくれそう!」
ローザがぎらり、と目を光らせる。リリなどよりも、よほど商売人に向いていそうだ。
リリはそっと手帳とペンを取り出して、高貴な女性たちの意見をメモすることにした。
◆◇◆
楽しいお茶会の場で、おおよその基本方針が決まった。
取り扱う商品と販売方法。従業員の人数と、その給金について。
王都店には一割引の金額で商品を販売することになった。ちなみに販売する際には最低でも二割増し、物によっては三割増しの金額での提供とする。
その分の利益を店舗の管理費や従業員の給金に充てることになった。
「それでは、ローザさんに利益が出るのか心配なのですが……」
後ろ盾になってくれる侯爵家にとっては損しかないのでは、と不安になったが──
「そこで、リリさんに提案があるのよ」
「キャロラインさま?」
金髪碧眼、正統派の美女がそれはそれは艶やかな笑みを閃かせる。
「昨日、私たちの指を美しく整えてくださったネイル。あれをお店でもやってみたらどうかしら? 特別料金で」
異世界初のネイルサロンの提案に、リリは目を見開いた。
1,228
あなたにおすすめの小説
この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして
四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。
聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました
さくら
恋愛
王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。
ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。
「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?
畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。
青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜
Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか?
(長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)
地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。
小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。
辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。
「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。
田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした
月神世一
ファンタジー
「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」
ブラック企業で過労死した日本人、カイト。
彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。
女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。
孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった!
しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。
ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!?
ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!?
世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる!
「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。
これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!
お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます
碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」
そんな夫と
「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」
そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。
嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう
甘そうな話は甘くない
ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」
言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。
「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」
「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」
先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。
彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。
だけど顔は普通。
10人に1人くらいは見かける顔である。
そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。
前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。
そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。
「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」
彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。
(漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう)
この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。
カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。
【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます!
読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。
悪役令嬢、休職致します
碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。
しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。
作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。
作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる