【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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131. ハンドマッサージ

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 ネイルをそのまま売り出すのではなく、サロン形式で提供することをキャロラインが提案してきた。

「ただ爪に塗ってもらうだけでなく、リリさんがオイルでマッサージをしてくださったでしょう? あれがとても心地良かったのよ。きっと、皆さん気に入ると思うの」
「香りも素敵でしたものね」
「しかも、メイドの肌の荒れが劇的に改善したのよね。あれは特別なオイルなのでしょう?」

 キャロラインだけでなく、ローザに侯爵夫人も乗り気なようだ。

「ハンドオイルやクリームはすぐに手に入れることができます。ただ、肌荒れの改善にはポーションが必要になりますが……」

 戸惑うリリの手を侯爵夫人がそっと握り締める。

「ポーションは私が用意するから、任せてちょうだい」
「そうよ、リリさんは商品を用意してくださるだけで!」
「あら、それだけではダメよ、ローザ。リリさんにはお手入れの方法も聞き出さなくては」

 美容に力を入れているキャロラインの迫力のある微笑みを前にして、リリはこくこくと頷くことしかできなかった。


◆◇◆


「疲れました……」

 女性だけの秘密のお茶会を終えたリリは、与えられた客室に戻るなり、寝台に倒れ込んだ。
 魔法で姿を消して、そばにいてくれた黒猫のナイトが宥めるように寄り添ってくれる。

『おつかれ、リリ。大変だったけど、このお茶会でほとんど打ち合わせが終わったんじゃない?』

 そう、ナイトの言うとおり、美味しいクッキーを摘みながらのおしゃべりの合間に、必要なすり合わせ作業がなぜか終わってしまっていた。
 ティーカップをソーサーに戻し、ほっと息をついた頃には背後に控えていた侯爵家の侍女頭が契約書を揃えてくれていたのだ。

「そうね。無事に契約も交わせたし、あとは侯爵家の方々に丸投げできるから楽になると思う」

 なぜか雑貨店『紫苑シオン』だけでなく、ネイルサロンとも関係することになってしまったが、ネイル関係の商品もついでに売ることができるので、結果オーライだ。

「ハンドマッサージの方法を指導することになったけど……」

 伯母が自宅に招いたネイリストがマッサージも得意だったため、リリも一緒にお願いしたことがある。
 それがとても気持ちよく、さらにマッサージ後の方がネイルのノリも良かったので、以後はずっとお願いしていた。
 その程度の知識と経験しかなかったが、キャロラインはそれで充分だと喜んでくれた。

「そんなに気持ちが良いものなのか?」

 ルーファスが興味津々な様子でリリの顔を覗き込んできた。
 寝台に腰を下ろして見下ろしてくる彼の姿はとても絵になる。
 艶やかな赤い髪と黄金色の瞳。
 意志の強そうな目は綺麗なアーモンド型をしていた。
 リリを見つめている時だけは、その瞳が優しく細められていることを知っている。
 
「……試してみます?」

 悪戯心がくすぐられて、リリは上目遣いでそう提案していた。


◆◇◆


 小さめの丸テーブルを挟んで座り、リリはルーファスの手に触れていた。
 ちょっとした好奇心からのつぶやきを本気にされたルーファスは戸惑った様子だったが、リリに手を引かれるまま椅子に座ったのだ。

「まずはホットタオルで手を拭きます」

 黒猫のナイトが用意してくれたお湯にオイルを垂らして、タオルを濡らした。
 ルーファスの大きな手を包み込むようにしてホットタオルで温める。

「いい香りがするな」
「でしょう? 柑橘系のオイルだけど、お気に入りなの」

 ほっと気分が和らぐ香りのするオイルなのだ。今回は柑橘系を使ったが、ネイルサロンでは先に好みの香りのオイルを選んでもらう方がいいだろう。
 レンジが使えれば、蒸しタオルを用意するのは簡単なのだけれど──異世界では熱めのお湯を使うことになりそうだ。

「あとはオイルでマッサージするだけ」

 てのひらにオイルを垂らして、体温で温めてから、ルーファスの手を両手で包み込む。リリの小さな手では、包み込むことはできなかったけれど、当のルーファスはにこにこと嬉しそう。
 まずは手の甲から。円を描くように、そっとマッサージをしていく。

「ルーファスは美容よりも疲れを取る方が良さそうですよね?」

 親指の腹を使い、凝りをほぐすイメージで少し強めに揉み込んでいく。
 指の間やてのひら、爪の先も丁寧にオイルを塗り込んだ。
 頭痛や肩凝りに効果があると教えてもらった、親指と人差し指の間にぎゅっと親指を押し込むと、ルーファスは「おお……?」と少し戸惑ったように瞳を揺らした。

「あ、痛かったかしら? ごめんなさい」

 慌てて手を引っ込めると、首を振られた。

「いや、気持ちが良くて驚いただけだ。リリィの手は優しくて心地いいな」
「……そうです、か?」

 うっとりと囁かれて、何だか急に恥ずかしくなってきた。

「終わりです。……どうでしたか?」
「うむ。なかなか、いいものだ」

 マッサージのおかげか、ルーファスの手は血行が良くなっているようだ。
 片方の手だけをマッサージしたので、もう片方の手と比べて、違いに驚いている。

「普通のオイルとマッサージだけでも、かなりの効果があるので、ポーション入りのオイルを使えば……」
「ふっ。それは貴族の女性たちが飛び付きそうだな」
「キャロラインさまもそう仰っていたわ」

 オイルやクリームはリリが日本で手に入れたものを商品として納品する予定だ。
 ポーションは侯爵家が用意してくれるというので、リリは商品を売りつけるだけでいい。
 ネイルにハンドオイル、クリームの他にも、爪用のやすりと甘皮処理用の道具やネイル用のオイルも用意するつもりだ。

(ジェルネイルだと、もっと大変だったわね)

 まぁ、異世界なのでジェルネイルは難しいだろう。
 
(そのうち、ピーリングオフのものだけでなく、普通のマニキュアを導入してもいいかもしれない)

 ネイルサロンがあれば、オフも店でできるようになる。
 オフのついでに、また違う色を試したくなるのが乙女心というもの。

「これは……サロンの人気が高まりそうですね……」

 美容にハマった女性たちなら、多少の高額商品も大喜びで購入してくれるだろう。

「……エステについては黙っておいた方が良さそう」

 キャロラインや侯爵夫人に知られたら、絶対に開業しようと、リリを巻き込むのは確実だ。
 代理販売だけで、相当な利益を生み出すのは確実だし、あとはのんびりと異世界暮らしを楽しみたい。

『リリ、リリ! ルーファスばっかりズルい! 僕もやって!』
「えっ。猫さんにハンドマッサージ⁉︎」

 可愛い使い魔からのお願いは断れない。立派な毛並みを損なわないよう、オイルやクリームはなしで、優しく顔まわりをマッサージしてあげた。
 くるる、と喉を鳴らして目を細める黒猫が可愛すぎる。


 その日、こっそりと魔法のドアで日本へ帰ったリリは『猫の肉球用のクリーム』があることを知り、すかさずカートに突っ込んだ。
 乾燥しやすい肉球を保護する、素晴らしいクリームだ。
 ついでに『猫の肉球の香りがする人間用のハンドクリーム』を見つけてしまい、もちろんこれも購入。

 後日こっそり嗅いだところ、ほんのり甘い焦がしバターなような、キャラメルポップコーンのような素敵な香りにうっとりしたのは、ナイトには内緒である。

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