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132. 魔法の契約
しおりを挟むローザが作った経営計画書をもとに、雑貨店『紫苑』の王都店を運営してもらうことになった。
リリは扱う商品を納品するだけでいい。
『簡単に言うけど、それがいちばん大変なんだよね?』
呆れた風にじとっと見つめてくる黒猫ナイトの指摘通りだ。
辺境の地にあるジェイドの街から王都までは馬車で片道一週間。
普通なら、一ヶ月に一度の大量納品となるだろう。
「だが、リリィなら可能だ。……可能ではあるが、そこまで信用してもいいのか?」
「ルーファスの心配も分かります。でも、私はローザさんや侯爵家の方々を信頼しているわ」
「そうか。リリィが納得しているなら、俺は口を挟まない。望む通りにすればいい」
「ありがとう、ルーファス」
『ボクもフォローするから、リリの好きにしたらいいと思う』
「ナイトもありがとう」
曽祖母の親友だったドラゴンも、筆頭使い魔の黒猫も、リリには超が付くほどに過保護だったけれど、ちゃんと意志は尊重してくれる。
なのでリリは胸を張って、自分の要望を伝えることができた。
◆◇◆
「一週間に一度、この量の商品を納品できるって……本当なのですか、リリさん!」
手渡した書類に視線を落としたローザが、目を見開いて驚いている。
「本当ですよ。そういうことが可能な、魔道具を所持しているのです」
「それ、国宝級の魔導具なのでは?」
実際に、転移が可能な魔法のドアは国宝になってもおかしくない性能の魔道具だ。
最難関ダンジョンのフロアボスを倒して、大魔女シオンだった曽祖母が持ち帰った転移のドアなので。
まず、最難関ダンジョンを踏破できる冒険者がほぼいない。
万一、フロアボスを倒すことができたとしても、ダンジョン内を転移することが可能なドアを持ち帰ろうと考えるだろうか。
(しかも、異世界にも繋がるよう、自分で改造した特別なドアだもの)
リリは微苦笑を浮かべて、そっと首を振った。
「国宝ではないのですが、とても稀少で私にしか使えない魔道具です。人に知られたくないので、ローザさんには秘密にしておいてほしいのですが……」
「当然ですわ。私はこれでも口は堅いのですよ? それでも心配ということでしたら──」
言葉を切って、ローザはリリの背後に佇む赤毛の護衛を見上げた。
「魔法の契約を交わしましょう。リリさんの秘密を誰にも──家族にさえ話さないよう、誓約します。口にするのはもちろん、文字にすることもできないように」
ふ、とルーファスは端正な口元を綻ばせた。
「うむ。さすがリリィの友人だ。その覚悟をたたえよう」
ルーファスは【アイテムボックス】から、羊皮紙を取り出した。
「それは、魔法の契約書ですわね?」
「その通り。俺が見届け人となろう。さぁ、契約だ」
「ルーファス。いいのです?」
「秘密を守れば、何の問題もない」
「そうですよ、リリさん。私は秘密を守るわ。信じてくださらないの?」
「う……」
黒猫が愉快そうに鳴いた。
口約束だけで済ますつもりでいたのだが、こうなると仕方ない。
「では、魔法の契約を。とっておきの秘密をローザさんに教えます」
◆◇◆
「リリさんが、あの大魔女シオンさまの子孫だったなんて……」
魔法のドアを王都の店舗に繋ぐにあたって、リリはローザに秘密を明かした。
もちろん、異世界の住人であることは黙っている。
明かした秘密は、大魔女の曾孫であることと、転移の魔道具を持っていることだ。
「すごいです! そんな素晴らしい魔道具があれば、世界中を旅することも可能ですわね」
ヘーゼルの瞳を輝かせるローザに、リリはくすりと笑う。
「それが、そう簡単でもないんですよ。まず、転移先を登録する件数にも限りがあります」
「あら。それは少し不便ですわね」
「しかも、転移先として登録するにはその場所に私が自力で出向く必要があるので……」
「それはかなり大変でしたわね……」
説明すると、気の毒そうに宥められてしまった。
「まぁ、それはいいのです。旅をするのも楽しいので。気に入った場所を登録しておけば、いつでも遊びに行けますし」
「……やはり便利ですわね。羨ましいです」
「ふふ。ローザさんと過ごしたバリシアの街も気に入ったので、避暑地として登録してありますよ?」
「なら、これから夏の間はリリさんと一緒に過ごせますわね!」
無邪気に笑うローザに、リリはこっそり安堵していた。
秘密を打ち明けて、彼女の態度が変わってしまうことを恐れていたので。
「その魔法のドアを、店舗の倉庫部屋に繋がせてもらいます。そうすれば、いつでも商品を一瞬で届けることが可能になります」
日時は決めておいて、その時間帯は従業員が立ち寄らないようにしておけば、誰にもバレずに納品できる。
「素晴らしいわ、リリさん。お客さまを長期間お待たせしなくて済むし、送料などの諸経費もかなり抑えることができるわね」
「はい。収納の魔道具で商品を持ち運ぶので、人件費もかかりません」
この世界では、地元で手に入るもの以外の商品価格は高めになる。
生産地から運んでくるための人件費が加算されるからだ。馬車代、護衛の冒険者への賃金も必要になる。
そこを省略できるのは、とても大きい。
「誰にも見つからないよう、転移の魔道具を使うのは営業時間後の深夜か早朝……」
「深夜がありがたいです」
「では、そのように」
王都店の営業時間は午前十時から午後五時を予定している。
ちなみに休日は闇曜日のみ。
従業員は午前八時に出勤して、店舗の掃除と品出しに励むそうだ。
(十七時に閉店して、店舗責任者が帰宅するのが十九時くらいかしら? なら、その二時間後くらいに倉庫に在庫を運び込めばいいわね)
夕食後の楽しみとして、毎晩上映会をしているので、最近の我が家は夜更かしだ。
早めに夕食を終わらせれば、映画一本と短めのアニメくらいなら観られるだろう。
偉大な曽祖母のネームバリューは凄まじく、見たこともない高品質な『紫苑』の商品も「大魔女シオンさまの伝手で手に入れていらしたのですね!」と勝手に納得されている。
「そう…ですね……? シオンおばあさまのおかげで、販売できています」
「やはり! 人が足を踏み入れることのできない、エルフの隠れ里やドワーフの素晴らしい技術で作られた品なのね、きっと」
「…………」
嘘は言っていない。ただ、リリは困ったように微笑んだだけだ。
ローザははっと我にかえり、真剣な表情で頷いた。
「もちろん誰にもこの秘密は漏らしません。ただ、その……リリさんが王都に転移してきた時には、ぜひ我が家に会いに来てくださいね?」
「はい、それはもちろん」
二人だけの秘密ですから、とローザがくすぐったそうに笑う。
「……俺もこの場にいるのだが」
『しっ、ルーファス! こういう場面では男は黙っているのが得策なんだよ』
ぽつりとつぶやいたルーファスの足首を、黒猫がぺしりと叩いた。
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