【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
134 / 180

132. 魔法の契約

しおりを挟む

 ローザが作った経営計画書をもとに、雑貨店『紫苑シオン』の王都店を運営してもらうことになった。
 リリは扱う商品を納品するだけでいい。

『簡単に言うけど、それがいちばん大変なんだよね?』

 呆れた風にじとっと見つめてくる黒猫ナイトの指摘通りだ。
 辺境の地にあるジェイドの街から王都までは馬車で片道一週間。
 、一ヶ月に一度の大量納品となるだろう。

「だが、リリィなら可能だ。……可能ではあるが、そこまで信用してもいいのか?」
「ルーファスの心配も分かります。でも、私はローザさんや侯爵家の方々を信頼しているわ」
「そうか。リリィが納得しているなら、俺は口を挟まない。望む通りにすればいい」
「ありがとう、ルーファス」
『ボクもフォローするから、リリの好きにしたらいいと思う』
「ナイトもありがとう」

 曽祖母の親友だったドラゴンも、筆頭使い魔の黒猫も、リリには超が付くほどに過保護だったけれど、ちゃんと意志は尊重してくれる。
 なのでリリは胸を張って、自分の要望を伝えることができた。


 ◆◇◆


「一週間に一度、この量の商品を納品できるって……本当なのですか、リリさん!」

 手渡した書類に視線を落としたローザが、目を見開いて驚いている。

「本当ですよ。そういうことが可能な、魔道具を所持しているのです」
「それ、国宝級の魔導具なのでは?」

 実際に、転移が可能な魔法のドアは国宝になってもおかしくない性能の魔道具だ。
 最難関ダンジョンのフロアボスを倒して、大魔女シオンだった曽祖母が持ち帰った転移のドアなので。
 まず、最難関ダンジョンを踏破できる冒険者がほぼいない。
 万一、フロアボスを倒すことができたとしても、ダンジョン内を転移することが可能なドアを持ち帰ろうと考えるだろうか。

(しかも、異世界にも繋がるよう、自分で改造した特別なドアだもの)

 リリは微苦笑を浮かべて、そっと首を振った。

「国宝ではないのですが、とても稀少で私にしか使えない魔道具です。人に知られたくないので、ローザさんには秘密にしておいてほしいのですが……」
「当然ですわ。私はこれでも口は堅いのですよ? それでも心配ということでしたら──」

 言葉を切って、ローザはリリの背後に佇む赤毛の護衛を見上げた。

「魔法の契約を交わしましょう。リリさんの秘密を誰にも──家族にさえ話さないよう、誓約します。口にするのはもちろん、文字にすることもできないように」

 ふ、とルーファスは端正な口元を綻ばせた。

「うむ。さすがリリィの友人だ。その覚悟をたたえよう」

 ルーファスは【アイテムボックス】から、羊皮紙を取り出した。
 
「それは、魔法の契約書ですわね?」
「その通り。俺が見届け人となろう。さぁ、契約だ」
「ルーファス。いいのです?」
「秘密を守れば、何の問題もない」
「そうですよ、リリさん。私は秘密を守るわ。信じてくださらないの?」
「う……」

 黒猫が愉快そうに鳴いた。
 口約束だけで済ますつもりでいたのだが、こうなると仕方ない。
 
「では、魔法の契約を。とっておきの秘密をローザさんに教えます」


◆◇◆


「リリさんが、大魔女シオンさまの子孫だったなんて……」

 魔法のドアを王都の店舗に繋ぐにあたって、リリはローザに秘密を明かした。
 もちろん、異世界の住人であることは黙っている。
 明かした秘密は、大魔女の曾孫であることと、転移の魔道具を持っていることだ。

「すごいです! そんな素晴らしい魔道具があれば、世界中を旅することも可能ですわね」

 ヘーゼルの瞳を輝かせるローザに、リリはくすりと笑う。

「それが、そう簡単でもないんですよ。まず、転移先を登録する件数にも限りがあります」
「あら。それは少し不便ですわね」
「しかも、転移先として登録するにはその場所に私が自力で出向く必要があるので……」
「それはかなり大変でしたわね……」

 説明すると、気の毒そうに宥められてしまった。

「まぁ、それはいいのです。旅をするのも楽しいので。気に入った場所を登録しておけば、いつでも遊びに行けますし」
「……やはり便利ですわね。羨ましいです」
「ふふ。ローザさんと過ごしたバリシアの街も気に入ったので、避暑地として登録してありますよ?」
「なら、これから夏の間はリリさんと一緒に過ごせますわね!」

 無邪気に笑うローザに、リリはこっそり安堵していた。
 秘密を打ち明けて、彼女の態度が変わってしまうことを恐れていたので。

「その魔法のドアを、店舗の倉庫部屋に繋がせてもらいます。そうすれば、いつでも商品を一瞬で届けることが可能になります」

 日時は決めておいて、その時間帯は従業員が立ち寄らないようにしておけば、誰にもバレずに納品できる。
 
「素晴らしいわ、リリさん。お客さまを長期間お待たせしなくて済むし、送料などの諸経費もかなり抑えることができるわね」
「はい。収納の魔道具で商品を持ち運ぶので、人件費もかかりません」

 この世界では、地元で手に入るもの以外の商品価格は高めになる。
 生産地から運んでくるための人件費が加算されるからだ。馬車代、護衛の冒険者への賃金も必要になる。
 そこを省略できるのは、とても大きい。

「誰にも見つからないよう、転移の魔道具を使うのは営業時間後の深夜か早朝……」
「深夜がありがたいです」
「では、そのように」

 王都店の営業時間は午前十時から午後五時を予定している。
 ちなみに休日は闇曜日のみ。
 従業員は午前八時に出勤して、店舗の掃除と品出しに励むそうだ。

(十七時に閉店して、店舗責任者が帰宅するのが十九時くらいかしら? なら、その二時間後くらいに倉庫に在庫を運び込めばいいわね)

 夕食後の楽しみとして、毎晩上映会をしているので、最近の我が家は夜更かしだ。
 早めに夕食を終わらせれば、映画一本と短めのアニメくらいなら観られるだろう。

 偉大な曽祖母のネームバリューは凄まじく、見たこともない高品質な『紫苑シオン』の商品も「大魔女シオンさまの伝手つてで手に入れていらしたのですね!」と勝手に納得されている。

「そう…ですね……? シオンおばあさまのおかげで、販売できています」
「やはり! 人が足を踏み入れることのできない、エルフの隠れ里やドワーフの素晴らしい技術で作られた品なのね、きっと」
「…………」

 嘘は言っていない。ただ、リリは困ったように微笑んだだけだ。
 ローザははっと我にかえり、真剣な表情で頷いた。
 
「もちろん誰にもこの秘密は漏らしません。ただ、その……リリさんが王都に転移してきた時には、ぜひ我が家に会いに来てくださいね?」
「はい、それはもちろん」

 二人だけの秘密ですから、とローザがくすぐったそうに笑う。

「……俺もこの場にいるのだが」
『しっ、ルーファス! こういう場面では男は黙っているのが得策なんだよ』

 ぽつりとつぶやいたルーファスの足首を、黒猫がぺしりと叩いた。

 
 
 
しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...