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133. お留守番組の夜遊び
しおりを挟む雑貨店『紫苑』の従業員、大魔女シオンの元使い魔たちは、すっかりリリが持ち込む日本の品々に魅了されていた。
リリが作ってくれる料理、お土産だと渡されるお菓子。
どれもとても美味しくて、夢見心地であっという間に食べてしまう。
食べ物だけでなく、飲み物も素晴らしい。ありふれた茶葉でさえ、日本から持ち込んだものは上質で味わい深かった。
「紅茶は当然として、コーヒーやココアも素晴らしいよ。あんな飲み物が存在するなんて、さすが異世界だよね」
ティータイムをこよなく愛するセオがカップを傾けながら、うっとりとつぶやく。
飲み物はもちろん、陶磁器の美しさも筆舌に尽くしがたい。
ボーンチャイナ、とリリが教えてくれた透明感のある美しい白の磁器。
無地のカップはともすれば味気なく残念に思えるものだが、このティーセットは次元が違う。
なめらかで、艶を帯びた美しい白は目にした者の心を捕えて離さない。
色や絵が付いた華やかなカップの方が目立ちがちだが、高価な陶磁器を見慣れた上客はむしろ、このシンプルな白に魅入られていた。
(白色の粘土が手に入らなくて、代わりに牛の骨灰を混ぜて作ったものだとリリさまは言っていたな……。こっちの世界でも作れるのかな?)
もっともセオは陶磁器を美しいとは思うが、にほんの焼き菓子の方により心を傾けていた。
「うん、バターたっぷりのクッキーは紅茶との相性が抜群だね」
ナッツクッキーを幸せそうに噛み締める。
「コーヒーは苦い。ココアは好き」
マグカップを傾けながら、ココアを舐めるのはネージュだ。
「わたくしもネージュと同じよ。お砂糖とミルクをたっぷり入れたら、コーヒーも美味しく飲めるのだけど……」
甘党なのはクロエも一緒のようだ。
彼女たちはジュースも好んでおり、特に最近は映画を眺めながら飲むコーラにハマっている。
「しゅわしゅわして、おいしい。コーラは大好き」
「あれはいいものですわね。コーラと一緒に食べるポップコーンも最高ですわ!」
「それは僕も同意。バター味のポップコーンとコーラは至高だね」
「あら、ポップコーンは断然キャラメル味ですわよ?」
お昼休憩の一時間。
三人は雑貨店『紫苑』のダイニングルームでランチを食べて、食後のお茶とおしゃべりを楽しむのが日課だった。
最近はもっぱら、毎晩の楽しみとなっていた上映会について語ることが多い。
「にほんの食べ物は素晴らしいですが、映画もとても良いものですわね」
「だね。五日前に観た、せいぶげき? あれも興奮したなぁ……」
サイレント西部劇をセオは特に気に入っている。
「わたくしは、アニメが好きですわ。お姫さまと王子さまのお話。恋って素敵ね」
「ん、魔法で王子さまが姿を変えられるの、面白かった」
白黒姉妹は王道のプリンセス系アニメがお気に入りだ。
それぞれ推しジャンルはあるが、あまり娯楽というものがない世界に住んでいる彼らにとっては、どんな映画も興味深く面白いものだった。
「でも、リリさまはもっと面白い映画がたくさんあるって言ってた」
ぽつり、とネージュがつぶやく。
「仕方ないわ。新しい作品はわたくしたちには理解するのが難しいと聞きましたし……」
クロエが悄然と肩を落とす。セオも残念だと、嘆息した。
(そう、にほんの言葉が僕たちには分からない……。だから、声が入ったものや字を読まなければならない作品は観られないんだ)
リリが自分たちのために用意してくれているのは、どれも昔の作品らしい。
セリフがほぼなく、あっても意味の通じる短編のアニメなら見せてもらったが、白黒の映像と違い、とても鮮やかで面白かった。
「リリさまオススメの映画を観るには、やはり【翻訳】スキルが必要だ」
「ん、ジェイドの街外れにあるダンジョンの最下層付近でドロップするって聞いた」
珍しく積極的に情報を仕入れてきたネージュが教えてくれる。
上映会を全力で楽しむには、にほんの言葉を理解する必要があるのだ。
ルーファスやナイトは、かつて大魔女シオンと共にダンジョンアタックを楽しんでいたとかで、ふたりとも【翻訳】スキル持ちだった。
【翻訳】や【鑑定】のスクロールはダンジョンの下層でしか手に入らない。
故に、偉大な冒険者たちが少なくなった現在では希少なスキルとなっていた。
「でも、僕たちならダンジョンの下層も余裕で挑めるよね?」
「当然ですわ。わたくしたちを誰だと思って?」
「知っているよ。大魔女シオンさまの使い魔だ」
視線を交わして、三人でくすくすと笑った。
ちょうど明日は雑貨店『紫苑』の休日だ。
リリもまだ王都からは帰ってこないので、夜以外は暇を持て余すのは確実。
「なら、明日にでも行こうか」
「むしろ、今日からでいいんじゃない? 店を閉めた後にダンジョンへ向かおう」
「私たちは夜、見えるけど。セオは大丈夫?」
こてん、と首を傾げるネージュ。
セオは苦笑する。
「当然。キツネは夜行性だからね。むしろ、カラスの君たちの方が見えないんじゃないの?」
闇色を纏うカラスは夜行性と思われがちだが、昼行性なのだ。
クロエがくすりと艶やかな笑みを浮かべる。
「あら、三本足の大鴉の末裔のわたくしたちをただのカラスと思わないで欲しいですわね」
「夜は私たちの時間。狩りに最適」
紅い瞳を細めて、口角を上げるネージュ。まるで血を思わせる、その色にセオは「余計なお世話だったみたいだ」と肩を竦めてみせた。
「そういうことなら、さっそく今夜にでも赴こう」
映画を存分に楽しみたいのはもちろん、リリと正式に使い魔契約を交わして異世界に連れていってもらえる日のためにも【翻訳】スキルは必須なのだ。
(シオンさまが渡った世界がどんな場所か、見てみたいものね。リリさま以外の子孫も気になるし……墓前に花を供えたい)
きっと、クロエやネージュも同じ気持ちのはず。
「では、閉店までもうひと働き頑張ろうか」
◆◇◆
リリとナイト、ルーファスたちが王都の侯爵家でお世話になっている間は、上映会はお休みだ。
家族への定期連絡と荷物の回収が必要なため、日本へはこっそり戻っているようだが、『紫苑』には寄ってくれない。
寂しいけれど、ちょうどいい。
休日は前夜からダンジョンに挑むことになった。
辺境領のダンジョンは魔素が濃い地域なため、上級ダンジョンに指定されている。
最下層は、五十階層だったか。
冒険者の少ない、この時間なら、邪魔されることなく最短で進むことができるはず──
「面倒だから、元の姿で突っ切りましょう」
「それがいいね。雑魚の相手はだるい」
「でも、リリさまへのお土産は必要」
「それもそうね。美味しい肉を落とす魔獣や魔物は倒していきましょう」
「ポーションも欲しがっていたよね?」
「ん、ついでにお金を稼ぐといいと思う」
身分証欲しさから、三人とも冒険者ギルドには加入してある。
【翻訳】のスクロールが本命だが、リリのために美味しいお肉とポーションの確保も目的として、使い魔たちは颯爽とダンジョンに乗り込んだ。
王都から帰宅したリリは、お留守番組の三人がいつのまにか【翻訳】スキルを取得していたことと、大量の戦利品に大いに驚くこととなった。
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