【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

文字の大きさ
137 / 180

135. 黒猫と魔女?

しおりを挟む

「はぁ……っ。すばらしいアニメでしたわ、リリさま……」
「ん、面白かった。空を飛ぶ船、すごい」
「動く絵も綺麗でしたけど、音楽も美しかったです! ああ、【翻訳】スキルを手に入れて良かった……ッ!」

 使い魔たち三人がうっとりと夢見心地で先ほど鑑賞したアニメについて語り合っている。
 いつもは映画を楽しみながら食べているポップコーンやポテチに目を向けることなく、息を呑んでスクリーンに見入っていた。

「そんなに気に入ってくれたのですね」

 エンディングまできっちり鑑賞した彼らは興奮した様を隠すことなく、感想を言い合っている。

「私もお気に入りの作品なので嬉しいです。空から女の子が降ってくるシーンは何度観ても、わくわくしますよね」
「リリィが空を飛びたいなら、いつでも協力するぞ?」

 面白そうな口調でからかってくるルーファスを軽く睨み付ける。

「ドラゴンタクシーは何度か乗ったことがあるので、今はいいです」
『ふふん。断られちゃったね』

 にゃふふ、とチェシャ猫のように空色の瞳を細めるナイト。
 涼しい表情をしているけれど、ルーファスもナイトも食い入るようにしてアニメを眺めていたことをリリは知っている。

「リリさま、もう一本観ましょう!」

 尻尾をふりふり揺らしながら、セオが期待に満ちた眼差しを向けてくる。
 今日は闇曜日で、雑貨店『紫苑シオン』は休日だ。
 たまに休憩を挟みながらだと、あと二本は観れるだろう。

「いいですけど、今夜の夕食は手抜きメニューになりますよ?」

 休日はいつも、ちょっとした手間暇を掛けたディナーを用意している。
 じっくりことこと煮込んだシチュー。
 お腹に詰め物をしてオーブンで焼き上げた鳥の魔獣のロースト。
 後始末が面倒な揚げ物料理も頑張って作っているリリを知っているため、セオを筆頭に使い魔のみんなは息を呑んでしまった。

「うぅ……リリさまの手料理は食べたい……ッ」
「でも、アニメも観たい……」

 葛藤する様がおかしくて、リリはくすりと笑ってしまう。

「冗談です。皆が映画を楽しんでいる間に作っておきますよ」
「……む、それは申し訳ない」
『そうだよ、それじゃあリリが可哀想だ。ボクが料理を手伝うよ?』
「大丈夫です。今から観てもらうアニメ映画は私のお気に入りの作品なんです。二十回以上観ているので、気兼ねなく楽しんでください」
「二十回⁉︎」
「それは……すごいですわね、リリさま」
「そんなに面白いの……」

 驚かれたり、呆れられはしたが、リリは気にしない。

(だって本当に好きだもの)

 なので、にっこりと微笑むと「楽しんでくださいね?」と念を押しておく。
 好きな作品を語りたいタイプのオタクなため、彼らの感想を聞くのがご褒美なのだ。
 戸惑う四人と一匹をソファに座らせて、上映開始!
 素晴らしい映像と音楽に彼らはあっという間に魅せられていく。

(では、この隙に夕食を仕込んでおきましょう)

 時刻は午後三時半。
 まだディナーには早いので、おやつを先に持っていってあげようと思い直した。

「アニメに夢中で、今日はおやつを食べるのを忘れていたみたいだし……」

 何を作ろうかな、と考える。
 大好きなアニメ世界をより身近に感じられる、アニメ飯なんてどうだろう?
 
「きっと、みんな喜んでくれるはず」

 にんまりと笑うと、リリはさっそくキッチンに立った。
 黒猫と見習いの魔女が活躍する物語には美味しそうな料理が描かれていた。
 焼き立てのパンやミルク粥、お魚のパイも興味深かったけれど、軽食ならば、これだろう。

「シンプルなパンケーキ!」

 今日はちょっとだけ手抜きメニューと決めていたので、ホットケーキミックスを使って焼き上げた。
 バターをのせて、『聖域』産のハチミツをまぶす。

「これだけでもいいのだけど……」

 アニメでは朝食だったので、ほんのり焦げめをつけたウィンナーとミニトマトを添えると完成だ。
 コーヒーは苦手な子もいるので、ミルクたっぷりのホットココアを淹れる。

 二階の寝室に向かうと、予想通りの光景が広がっていた。
 目の前に広がる世界を楽しむ皆の邪魔にならないよう、ホットケーキのお皿をテーブルに並べる。

「みんな、おやつをどうぞ」

 小声でそっと話し掛けると、はっと顔を上げて、テーブルに並んだ料理に目を見開いている。

「パンケーキだ!」
「アニメといっしょ……!」

 大喜びでパンケーキを食べる皆を微笑ましく見守った。
 パンケーキはもう何度も作ったことはあるので、ここまで新鮮に喜んでくれるとは思わなかった。
 はぐはぐと食べながらも、視線は画面に釘づけだ。
 マナーはよろしくないかもしれないが、今は彼らが楽しんでくれるのが何より嬉しい。

「そうだ。夕食もアニメと同じメニューにしちゃいましょう」

 我ながら、いい考えだ。
 料理がとびきり美味しそうなアニメなため、作中の料理のレシピはネットですぐに検索できる。
 一旦、開け放したままの魔法のドアをくぐり、日本でレシピを調べた。

「うん、どれも簡単そうね。やってみましょう」

 あれもこれも作ってみたくなったが、ここは厳選する。

「シチューとスープがかぶってしまうけど……どっちも食べたいです」

 悩んだが、余ったら誰かに収納しておいてもらえばいいかと思い直して、結局両方を作ることにした。

 半熟の目玉焼きをのせただけのシンプルなパン。ワイルドボアのブラウンシチュー。たっぷり肉団子入りのスープは我ながら美味しく仕上がったと思う。

(ワイルドディアとオークの合い挽き肉がいい仕事をしてくれたわ)

 あとはオーク肉の串焼きだ。ジャガイモとトウモロコシ、パプリカを串刺しにしており、色鮮やかだ。
 
「それと、忘れてはいけない、ハムの塊肉! がぶっとかじりついてワイルドに食べたいわ」

 これは料理長が仕込んでくれた、オーク肉のハムを出すことにした。
 すべての調理を終えた頃、ちょうどアニメもエンディングを迎えていたようだ。
 テーブルにお皿を並べていると、余韻に浸った表情のまま皆がダイニングルームへと降りてきた。
 すっかり、アニメの世界にハマってくれたようで夢見心地だ。
 ふわふわとした足取りなので、階段を踏み外さないかハラハラする。

「あ……これ、空を飛ぶアニメに出ていた料理……?」

 真っ先に気付いてくれたのはネージュだ。クロエとセオも目を見開いて、テーブルの上を凝視する。

「本当だわ……。不思議と食べてみたくなった、目玉焼きパン」
「肉団子のスープもあるよ」
『でっかいハムだ! 美味しそう!』
「これはあの海賊たちが食べていた串焼きだな。美味そうだ」

 その日のディナーはとても盛り上がったことは言うまでもない。
 大好きな映画を皆が気に入ってくれたことが嬉しくて、リリはたくさん語ってしまった。

 ナイトはやはり魔女見習いの少女と黒猫がコンビを組んで修行に励む作品が印象深かったようで、リリと話が弾んだ。

「ふふ。私も黒猫さんと一緒に修行の旅に出ようかしら?」
『喜んで付き合うよ。リリはもう魔女だもの。シオンさままでとは言わないけれど、魔法を使えるように鍛えた方がいいとは思うよ』
「くっ……。リリィ、ドラゴンと魔女の映画はないのか?」
「あったかなぁ……?」

 伝説の、と称えられるほど立派なドラゴンなのだから、可愛い黒猫さんと本気で張り合わないでほしい。

 とはいえ、魔法の修行自体は気になる。
 そのうち生活魔法以外の魔法を練習してみたいとは考えていたのだ。
 異世界旅を楽しんだり、ローザと王都店の準備をするのに忙しくて練習をする暇はなかったのだが、王都店が無事に開店できれば、ナイトに魔法を教えてもらおう。

(でも、まずは──)

 ワイルドボア肉が舌で押すだけでほろっとほぐれるほど柔らかく煮込んだシチューを堪能するリリだった。
 







しおりを挟む
感想 150

あなたにおすすめの小説

この度、青帝陛下の運命の番に選ばれまして

四馬㋟
恋愛
蓬莱国(ほうらいこく)を治める青帝(せいてい)は人ならざるもの、人の形をした神獣――青龍である。ゆえに不老不死で、お世継ぎを作る必要もない。それなのに私は青帝の妻にされ、后となった。望まれない后だった私は、民の反乱に乗して後宮から逃げ出そうとしたものの、夫に捕まり、殺されてしまう。と思ったら時が遡り、夫に出会う前の、四年前の自分に戻っていた。今度は間違えない、と決意した矢先、再び番(つがい)として宮城に連れ戻されてしまう。けれど状況は以前と変わっていて……。

聖女の座を追われた私は田舎で畑を耕すつもりが、辺境伯様に「君は畑担当ね」と強引に任命されました

さくら
恋愛
 王都で“聖女”として人々を癒やし続けてきたリーネ。だが「加護が弱まった」と政争の口実にされ、無慈悲に追放されてしまう。行き場を失った彼女が選んだのは、幼い頃からの夢――のんびり畑を耕す暮らしだった。  ところが辺境の村にたどり着いた途端、無骨で豪胆な領主・辺境伯に「君は畑担当だ」と強引に任命されてしまう。荒れ果てた土地、困窮する領民たち、そして王都から伸びる陰謀の影。追放されたはずの聖女は、鍬を握り、祈りを土に注ぐことで再び人々に希望を芽吹かせていく。  「畑担当の聖女さま」と呼ばれながら笑顔を取り戻していくリーネ。そして彼女を真っ直ぐに支える辺境伯との距離も、少しずつ近づいて……?  畑から始まるスローライフと、不器用な辺境伯との恋。追放された聖女が見つけた本当の居場所は、王都の玉座ではなく、土と緑と温かな人々に囲まれた辺境の畑だった――。

青い鳥と 日記 〜コウタとディック 幸せを詰め込んで〜

Yokoちー
ファンタジー
もふもふと優しい大人達に温かく見守られて育つコウタの幸せ日記です。コウタの成長を一緒に楽しみませんか? (長編になります。閑話ですと登場人物が少なくて読みやすいかもしれません)  地球で生まれた小さな魂。あまりの輝きに見合った器(身体)が見つからない。そこで新米女神の星で生を受けることになる。  小さな身体に何でも吸収する大きな器。だが、運命の日を迎え、両親との幸せな日々はたった三年で終わりを告げる。  辺境伯に拾われたコウタ。神鳥ソラと温かな家族を巻き込んで今日もほのぼのマイペース。置かれた場所で精一杯に生きていく。  「小説家になろう」「カクヨム」でも投稿しています。  

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

お前を愛することはないと言われたので、姑をハニトラに引っ掛けて婚家を内側から崩壊させます

碧井 汐桜香
ファンタジー
「お前を愛することはない」 そんな夫と 「そうよ! あなたなんか息子にふさわしくない!」 そんな義母のいる伯爵家に嫁いだケリナ。 嫁を大切にしない?ならば、内部から崩壊させて見せましょう

甘そうな話は甘くない

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
「君には失望したよ。ミレイ傷つけるなんて酷いことを! 婚約解消の通知は君の両親にさせて貰うから、もう会うこともないだろうな!」 言い捨てるような突然の婚約解消に、困惑しかないアマリリス・クライド公爵令嬢。 「ミレイ様とは、どなたのことでしょうか? 私(わたくし)には分かりかねますわ」 「とぼけるのも程ほどにしろっ。まったくこれだから気位の高い女は好かんのだ」 先程から散々不満を並べ立てるのが、アマリリスの婚約者のデバン・クラッチ侯爵令息だ。煌めく碧眼と艶々の長い金髪を腰まで伸ばした長身の全身筋肉。 彼の家門は武に長けた者が多く輩出され、彼もそれに漏れないのだが脳筋過ぎた。 だけど顔は普通。 10人に1人くらいは見かける顔である。 そして自分とは真逆の、大人しくか弱い女性が好みなのだ。 前述のアマリリス・クライド公爵令嬢は猫目で菫色、銀糸のサラサラ髪を持つ美しい令嬢だ。祖母似の容姿の為、特に父方の祖父母に溺愛されている。 そんな彼女は言葉が通じない婚約者に、些かの疲労感を覚えた。 「ミレイ様のことは覚えがないのですが、お話は両親に伝えますわ。それでは」 彼女(アマリリス)が淑女の礼の最中に、それを見終えることなく歩き出したデバンの足取りは軽やかだった。 (漸くだ。あいつの有責で、やっと婚約解消が出来る。こちらに非がなければ、父上も同意するだろう) この婚約はデバン・クラッチの父親、グラナス・クラッチ侯爵からの申し込みであった。クライド公爵家はアマリリスの兄が継ぐので、侯爵家を継ぐデバンは嫁入り先として丁度良いと整ったものだった。  カクヨムさん、小説家になろうさんにも載せています。

【連載版】婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
短編では、なろうの方で異世界転生・恋愛【1位】ありがとうございます! 読者様の方からの連載の要望があったので連載を開始しました。 シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます! ※連載のためタイトル回収は結構後ろの後半からになります。

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

処理中です...