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135. 黒猫と魔女?
しおりを挟む「はぁ……っ。すばらしいアニメでしたわ、リリさま……」
「ん、面白かった。空を飛ぶ船、すごい」
「動く絵も綺麗でしたけど、音楽も美しかったです! ああ、【翻訳】スキルを手に入れて良かった……ッ!」
使い魔たち三人がうっとりと夢見心地で先ほど鑑賞したアニメについて語り合っている。
いつもは映画を楽しみながら食べているポップコーンやポテチに目を向けることなく、息を呑んでスクリーンに見入っていた。
「そんなに気に入ってくれたのですね」
エンディングまできっちり鑑賞した彼らは興奮した様を隠すことなく、感想を言い合っている。
「私もお気に入りの作品なので嬉しいです。空から女の子が降ってくるシーンは何度観ても、わくわくしますよね」
「リリィが空を飛びたいなら、いつでも協力するぞ?」
面白そうな口調でからかってくるルーファスを軽く睨み付ける。
「ドラゴンタクシーは何度か乗ったことがあるので、今はいいです」
『ふふん。断られちゃったね』
にゃふふ、とチェシャ猫のように空色の瞳を細めるナイト。
涼しい表情をしているけれど、ルーファスもナイトも食い入るようにしてアニメを眺めていたことをリリは知っている。
「リリさま、もう一本観ましょう!」
尻尾をふりふり揺らしながら、セオが期待に満ちた眼差しを向けてくる。
今日は闇曜日で、雑貨店『紫苑』は休日だ。
たまに休憩を挟みながらだと、あと二本は観れるだろう。
「いいですけど、今夜の夕食は手抜きメニューになりますよ?」
休日はいつも、ちょっとした手間暇を掛けたディナーを用意している。
じっくりことこと煮込んだシチュー。
お腹に詰め物をしてオーブンで焼き上げた鳥の魔獣のロースト。
後始末が面倒な揚げ物料理も頑張って作っているリリを知っているため、セオを筆頭に使い魔のみんなは息を呑んでしまった。
「うぅ……リリさまの手料理は食べたい……ッ」
「でも、アニメも観たい……」
葛藤する様がおかしくて、リリはくすりと笑ってしまう。
「冗談です。皆が映画を楽しんでいる間に作っておきますよ」
「……む、それは申し訳ない」
『そうだよ、それじゃあリリが可哀想だ。ボクが料理を手伝うよ?』
「大丈夫です。今から観てもらうアニメ映画は私のお気に入りの作品なんです。二十回以上観ているので、気兼ねなく楽しんでください」
「二十回⁉︎」
「それは……すごいですわね、リリさま」
「そんなに面白いの……」
驚かれたり、呆れられはしたが、リリは気にしない。
(だって本当に好きだもの)
なので、にっこりと微笑むと「楽しんでくださいね?」と念を押しておく。
好きな作品を語りたいタイプのオタクなため、彼らの感想を聞くのがご褒美なのだ。
戸惑う四人と一匹をソファに座らせて、上映開始!
素晴らしい映像と音楽に彼らはあっという間に魅せられていく。
(では、この隙に夕食を仕込んでおきましょう)
時刻は午後三時半。
まだディナーには早いので、おやつを先に持っていってあげようと思い直した。
「アニメに夢中で、今日はおやつを食べるのを忘れていたみたいだし……」
何を作ろうかな、と考える。
大好きなアニメ世界をより身近に感じられる、アニメ飯なんてどうだろう?
「きっと、みんな喜んでくれるはず」
にんまりと笑うと、リリはさっそくキッチンに立った。
黒猫と見習いの魔女が活躍する物語には美味しそうな料理が描かれていた。
焼き立てのパンやミルク粥、お魚のパイも興味深かったけれど、軽食ならば、これだろう。
「シンプルなパンケーキ!」
今日はちょっとだけ手抜きメニューと決めていたので、ホットケーキミックスを使って焼き上げた。
バターをのせて、『聖域』産のハチミツをまぶす。
「これだけでもいいのだけど……」
アニメでは朝食だったので、ほんのり焦げめをつけたウィンナーとミニトマトを添えると完成だ。
コーヒーは苦手な子もいるので、ミルクたっぷりのホットココアを淹れる。
二階の寝室に向かうと、予想通りの光景が広がっていた。
目の前に広がる世界を楽しむ皆の邪魔にならないよう、ホットケーキのお皿をテーブルに並べる。
「みんな、おやつをどうぞ」
小声でそっと話し掛けると、はっと顔を上げて、テーブルに並んだ料理に目を見開いている。
「パンケーキだ!」
「アニメといっしょ……!」
大喜びでパンケーキを食べる皆を微笑ましく見守った。
パンケーキはもう何度も作ったことはあるので、ここまで新鮮に喜んでくれるとは思わなかった。
はぐはぐと食べながらも、視線は画面に釘づけだ。
マナーはよろしくないかもしれないが、今は彼らが楽しんでくれるのが何より嬉しい。
「そうだ。夕食もアニメと同じメニューにしちゃいましょう」
我ながら、いい考えだ。
料理がとびきり美味しそうなアニメなため、作中の料理のレシピはネットですぐに検索できる。
一旦、開け放したままの魔法のドアをくぐり、日本でレシピを調べた。
「うん、どれも簡単そうね。やってみましょう」
あれもこれも作ってみたくなったが、ここは厳選する。
「シチューとスープがかぶってしまうけど……どっちも食べたいです」
悩んだが、余ったら誰かに収納しておいてもらえばいいかと思い直して、結局両方を作ることにした。
半熟の目玉焼きをのせただけのシンプルなパン。ワイルドボアのブラウンシチュー。たっぷり肉団子入りのスープは我ながら美味しく仕上がったと思う。
(ワイルドディアとオークの合い挽き肉がいい仕事をしてくれたわ)
あとはオーク肉の串焼きだ。ジャガイモとトウモロコシ、パプリカを串刺しにしており、色鮮やかだ。
「それと、忘れてはいけない、ハムの塊肉! がぶっとかじりついてワイルドに食べたいわ」
これは料理長が仕込んでくれた、オーク肉のハムを出すことにした。
すべての調理を終えた頃、ちょうどアニメもエンディングを迎えていたようだ。
テーブルにお皿を並べていると、余韻に浸った表情のまま皆がダイニングルームへと降りてきた。
すっかり、アニメの世界にハマってくれたようで夢見心地だ。
ふわふわとした足取りなので、階段を踏み外さないかハラハラする。
「あ……これ、空を飛ぶアニメに出ていた料理……?」
真っ先に気付いてくれたのはネージュだ。クロエとセオも目を見開いて、テーブルの上を凝視する。
「本当だわ……。不思議と食べてみたくなった、あの目玉焼きパン」
「肉団子のスープもあるよ」
『でっかいハムだ! 美味しそう!』
「これはあの海賊たちが食べていた串焼きだな。美味そうだ」
その日のディナーはとても盛り上がったことは言うまでもない。
大好きな映画を皆が気に入ってくれたことが嬉しくて、リリはたくさん語ってしまった。
ナイトはやはり魔女見習いの少女と黒猫がコンビを組んで修行に励む作品が印象深かったようで、リリと話が弾んだ。
「ふふ。私も黒猫さんと一緒に修行の旅に出ようかしら?」
『喜んで付き合うよ。リリはもう魔女だもの。シオンさままでとは言わないけれど、魔法を使えるように鍛えた方がいいとは思うよ』
「くっ……。リリィ、ドラゴンと魔女の映画はないのか?」
「あったかなぁ……?」
伝説の、と称えられるほど立派なドラゴンなのだから、可愛い黒猫さんと本気で張り合わないでほしい。
とはいえ、魔法の修行自体は気になる。
そのうち生活魔法以外の魔法を練習してみたいとは考えていたのだ。
異世界旅を楽しんだり、ローザと王都店の準備をするのに忙しくて練習をする暇はなかったのだが、王都店が無事に開店できれば、ナイトに魔法を教えてもらおう。
(でも、まずは──)
ワイルドボア肉が舌で押すだけでほろっとほぐれるほど柔らかく煮込んだシチューを堪能するリリだった。
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