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136. 王都店、開店です 1
しおりを挟むレビアーノ王国は大陸の南西部に位置する、豊かな国だ。
きちんとした戸籍制度がないため、おおよそになるが、人口は冒険者を含めて三百万人ほど。
気候は温暖で、過ごしやすい。
日本ほどの気温差はないが、四季があり、豊かな農地が多くある。
(大国ではないけれど、農業国として有名。資源を採取できるダンジョンも国内に五つ保有している──……)
働くことのできる民にとっては、食うには困らない国だとナイトが教えてくれた。
食料やダンジョン素材は他国にも輸出しており、領地持ちの貴族や商人たちはかなり裕福だとも。
『つまり、唸るほどの金持ちが王都には大勢いるから、リリは気兼ねなく搾り取ってやればいい』
「言い方」
にゃふふ、と三日月の形に目を細めて笑う黒猫を苦笑まじりにたしなめた。
「つまり農業大国というわけですね、この国は」
「冒険者も多いぞ。稼げるダンジョンがあるからな」
相棒だったシオンを失ってから、どこかの火山で眠りについていたというルーファスも多少はこの国のことを知っていたようだ。
「冒険者が多いとなると、武具や防具を作るドワーフ族の活躍の場となる。魔道具職人も他国よりは多いと聞いたぞ」
そういえば、しばらく滞在させてもらっていた侯爵家でも、たしかに魔道具は多かったように思う。
灯りはすべて魔道ランタンに魔道シャンデリア。
銀製の美しい燭台は飾りだそうだ。
蝋燭は火事が怖いため、滅多に使うことはないのだとか。
水を出す瓶の魔道具だけでなく、バスタブに湯を満たすための魔道具まで設置されていた。
(家具類はどれも芸術品のように美しかったし、木工技術も優れているようね)
雑貨店『紫苑』を経営して実感したのだが、この国では少女たちが喜ぶような雑貨や日用品が驚くほど少ない。
裕福な令嬢が身に纏う華やかなドレスや宝飾品はあれど、お洒落で可愛らしい普段着やアクセサリー、雑貨類はあまり売られていないのだ。
(おかげでうちの店は大繁盛できているけれど……。そろそろ、真似をする商会も増えてくる頃かしら)
質はともかくとして、ロリィタ衣装のコピーは容易だ。
豪奢なドレスを作り慣れた腕の良い職人なら、似たような服はすぐに縫えることだろう。
(でも、うちほど安く売ることはできないでしょうね)
すべてが手作業で作られる衣装なのだ。布の価格は日本では考えられないくらいに高いため、必然的に価格は上昇する。
なのでリリはその点に関しては、あまり不安には思っていない。
既製品のワンピースを気に入らない階級の方々は取引のあるドレスメーカーに作らせて着ればいいのだ。
着心地が良く、気軽に手が出せる価格のものを求めている女の子が『紫苑』のメインターゲットなのである。
ガラスペンやレターセット、茶器なども同じ理由で、真似されることを恐れてはいなかった。
コピー品の方が人気が出るようなら、別の商品を扱えばいい。
(今のところは、うちが唯一無二の存在みたいですし。勢いに乗っているうちに王都店でがっつり稼いじゃいましょう!)
レビアーノ王国の王都、ティルス。
中央に王城が築かれており、水堀を挟んで貴族街、一等地、商業地に都民の居住区と同心円状に広がっており、いちばん外側に農地と牧場がある。
王都の人口は約七千人と聞いた。
「十一世紀末のロンドンの人口が約一万人と考えると、かなりの大都市です」
侯爵家のタウンハウスは領地のものより、かなり小振りな建物で恥ずかしいわと夫人が仰っていたが、リリの目からしたら歴史あるオーベルジュホテルと言われても納得の重厚さだった。
内装も落ち着いており、とても美しい。
侯爵家ほどではないにせよ、貴族街はそれなりに豪華な屋敷が立ち並んでいたので、周辺を散策するだけでも楽しかった。
区画分けされた先にある、王都民のための一等地には裕福な商人や領地なしの一代貴族、騎士たちが住んでいるらしい。
こぢんまりとした屋敷が立ち並んでおり、治安も悪くない。
一般的な王都民が暮らす居住区は、ほとんどがアパルトマンだ。
煉瓦作りの四階建ての建物は賃貸物件らしく、ファミリー用、単身者用、冒険者用の短期部屋があるようだ。
「日本の団地のようなものかしら……? ちょっと覗いてみたいです」
辺境の街、ジェイドは土地が広いため一軒家が多いのだ。
アパルトマンより宿屋が多く、冒険者ももっぱら宿屋暮らしが一般的だとか。
『王都の近郊にも国営のダンジョンがあるからね。冒険者の家族はアパルトマン暮らしなんだってさ』
「ふむふむ。王都も冒険者が多いってことですね?」
王都に住める段階で、稼げる冒険者であることが分かる。
つまりは──
『お貴族さまだけでなく、冒険者やその家族も顧客になりそうだね、リリ』
上機嫌に尻尾を揺らす黒猫は王都店での売上げから、日本での美味しい食べ物がたくさん買えると期待しているようだ。
「城に勤めている役人や使用人たちも小金持ちだろう? ガラスペンやインクがよく売れるんじゃないか」
ルーファスも悪そうな表情でニヤニヤと笑っている。
こちらは売上げで日本のお酒を買ってもらえることを楽しみにしているに違いない。
以前に百貨店で大量に購入したお酒はもうすでに飲み切ったと聞いた。
(ドラゴンじゃなくて、蟒蛇だったのかしら)
まぁ、本性というか本体が巨大なドラゴンなので、ちょっとやそっとの量では酔わないのかもしれないが。
「ボーナスを期待するなら、ちゃんと働くこと」
「もちろん分かっているとも。不埒な輩は見つけ次第、退場してもらおう」
不敵に笑うルーファスには冒険者ギルド経由で護衛任務を依頼してある。
『紫苑』王都店の入り口前で睨みをきかせてもらう仕事だ。混雑した際には列整理もお願いするつもり。
ちなみに黒猫ナイトはリリの護衛兼、『紫苑』のマスコットキャラクターとして一緒にいてもらう。
そして今回は彼らだけでなく、ジェイドの街の『紫苑』看板娘たちも王都店の開店の助っ人として参戦するのだ。
「ジェイドの街のお店は一週間ほど閉めることになったけど、三人のおかげで無事に開店ができそうよ」
ギリギリまで従業員に接客指導をしてくれていた使い魔たちは疲れきった表情でソファに沈み込んでいる。
「……大丈夫です? 疲れがとれる甘いお菓子でも──」
「食べますわ」
「僕も欲しいです」
「たくさん食べたい」
ぐったりと目を閉じて休んでいた三人が間髪を入れずリクエストしてきた。
まだリリと正式な使い魔契約を交わしていない彼らは、魔法のドアをくぐれない。
そのため、ルーファスがドラゴンタクシーで三人を王都まで運んでくれたのだ。
キャンピングカーを使った旅では片道三日だった距離を四時間で飛んでくれたルーファスには後でご褒美をあげよう。
ちなみにドラゴンの背に乗せられて運ばれた三匹も疲れきっていたので、美味しいスイーツを特別に振る舞ってあげた。
「では、紅茶と一緒にどうぞ。フォンダンショコラです」
ストレージバングルに収納していたお茶のセットを取り出して、皆に振る舞う。
すぐに飲めるようにセットしておいたのでテーブルに並べるだけだ。
フォンダンショコラはレンジで温めたばかりなので、フォークを入れると中からとろりと溶けたチョコレートが溢れ出す。
「なんっって贅沢なお菓子なんですの! ああ、疲れがとけるよう……」
「ふふ。美味しいでしょう?」
「これは堕落する味です、リリさま。僕をこれ以上籠絡してどうするつもりなんですか美味しいです!」
「セオ、キモい」
アニメを観るようになって覚えた単語で突っ込んだのはネージュだ。
白黒姉妹はとろけそうな表情でフォンダンショコラを味わっている。
ルーファスとナイトも気に入ったようで、ひと皿をぺろりと平らげて物足りなさそう。
「おやつ休憩の時にまた出してあげるので、今日はお仕事を頑張りましょうね?」
そう言うと、すっかり美食家になった使い魔たちは張り切って頷いてくれた。
一時間後には、『紫苑』王都店がいよいよ開店する。
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