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140. 指先に花を咲かせましょう
しおりを挟む黒猫ナイトの予言通り、しばらく休みをもらっていた雑貨店『紫苑』は、再開するや否や、長蛇の列を作ることになった。
「皆さん、再開を楽しみにしてくれていたようですね」
リリを筆頭に使い魔たちも嬉しい悲鳴を上げながら、店内を駆け回って仕事をこなした。
王都店オープンに合わせて、向こうで販売を始めた商品もジェイドの街で購入できるようにしたため、それはもう大賑わいだ。
「この、爪を染めるお化粧品! すばらしいです」
特にピーリングオフのマニキュアはあっという間に大人気商品となった。
リリを筆頭に、クロエやネージュ、セオ──そして、仲間外れを寂しがったルーファスまでなぜかネイルをしたところ、目にしたお客さまの食い付きがすごい。
特に年若い少女たちがお小遣いを握りしめて、楽しそうにはしゃいでいた。
「素敵な色がたくさんあるから、迷っちゃう!」
「私、毎週一本ずつ買い集めることにします」
「私はそんなにお小遣いを貰っていないから、ひとつしか買えないわ」
「あっ、じゃあ私も一本買うから、一緒に使わない?」
「! ぜひ!」
そんな微笑ましい裏取引まで行われていた。
マニキュアは初心者が楽しみやすいように、肌の色に近いベージュやピンクをベースにしたものを十五種類ほど店頭に並べてある。
価格はローザと相談して、一律銅貨五枚で販売することにした。
(日本で五百円で仕入れたものが、五千円で売れていきます……)
だが、そんな強気の価格設定でもマニキュアは飛ぶように売れていく。
「当然ですわ。爪を彩るお化粧なんて、前代未聞ですもの! 王都の貴婦人方がこぞって楽しまれているファッションに、辺境の地の女性たちも負けじと張り合っているんですよ」
ふんす、と鼻息荒く訴えてくるクロエ。傍らのネージュもこくこくと頷いている。
お洒落なんて、張り合うようなものでもないとリリは思うのだが、買い物をしていく女の子たちは皆、嬉しそうに顔を綻ばせていた。
楽しそうで、何よりである。
「リリさま、ピンクベージュが切れそうです!」
「ありがとう、セオ。すぐに補充しますね」
ゴスロリ衣装のキツネ耳の美少女がマニキュアの棚を確認してくれる。
淡い色合いのピンクベージュは少女たちの肌によく馴染み、いちばん人気のマニキュアだ。
少し多めに仕入れておいたのだが、店頭分は残り少なく、すぐにでも売り切れそうだった。
「俺が取ってこよう。リリィは接客をしていてくれ」
奥に引っ込もうとしたリリの頭を優しく撫でて、ルーファスが倉庫部屋に向かってくれた。
開店前から列ができていたため、今日はルーファスも店内の仕事を手伝ってくれている。
セオも女の子の姿に変化して、会計作業や品出しを担当してくれていた。
ちなみにリリは壁際にテーブルと椅子を置き、そこでネイルを実演する担当だ。
目の前の少女の爪に、丁寧にマニキュアを塗っていく。
速乾性なため、すぐに乾くのはありがたい。ついでにオフの仕方も実演する。
「お湯に浸けると剥がしやすくなるんですよ。あとはこうして、ウッドスティックを爪の間に入れて、少しずつ隙間を作っていけば綺麗に剥がれます」
「まぁ、思ったより簡単なんですね!」
実演は好評で、爪や指先のお手入れ道具やオイル、クリームなども次々と売れていった。
ちなみに高額になってしまうので、お手入れ用のオイルにポーションは入れていない。
初日に用意したのは、清楚可愛いラインナップカラーが中心だ。
ベースコートになる透明なマニキュアも置いてあったのだが、意外にもそれがコンスタントに売れている。
不思議に思ったリリがお会計の際にそれとなく尋ねてみたところ、どうやら父や兄へのお土産用らしい。
「二人とも王城勤めなので、身だしなみを気を付けないといけないので……」
「うちは学園に通う兄に頼まれたのです。王都では男性も指先を気にするようになったらしくて」
「なるほど、そういう需要があるのですね……。教えていただき、ありがとうございます」
勉強になった。
貴族階級の皆さまは、男性でも美しくあろうと努力を怠らないらしい。
王都店では今のところ、マニキュアは販売していなかった。
ネイルサロンのみでの提供としていたので、ジェイドの街で入手しようと考えたのだろう。
(サロンは女性限定だから、紳士は諦めるしかないものね)
さすがに男性は、使うにしても透明なマニキュアのようだが。
「……だったら、王都店でも透明なマニキュアのみ店頭販売にしてもいいかもしれませんね」
「父も兄もきっと喜びます! ぜひ!」
ご令嬢方の反応がとても良かったので、これはローザ嬢に相談してみよう。
王都店の倉庫に搬入する際に一緒に手紙を置いておけば、すぐに連絡は取れるので便利だ。
何なら、こっそりと会うことだってできる。
(侯爵家に滞在していた時には、出店の準備に忙しくて、せっかくの王都を観光できなかったのが残念だったのよね……)
しばらくは、この辺境の地の雑貨店『紫苑』が忙しそうなので、休日に遊びに行くのもいいかもしれない。
魔法のドアを、クロエたちは通れないから、申し訳ないけれどお留守番をお願いすることになるだろう。
お供はルーファスと黒猫ナイトに頼もう。
(侯爵家のタウンハウスは豪華で美しいけれど、人が多くて落ち着かない。どこか他に宿を取ろうかしら?)
魔法のドアがあるので、ジェイドの街まで日帰りもできるのだが、せっかくなのでお泊まりを楽しみたい。
(宿がなければ、それこそ魔法のトランクを使えばいい)
大魔女シオンが様々な術を施したキャンピングカーに宿泊してもいいし、魔法のトランクを『展開』するのもありだろう。
(どこかの空き地を借りることができれば、いちばん良いのだけれど……)
そんなことを考えながら、リリは笑顔で仕事をこなした。
◆◇◆
休日、闇曜日。
リリは使い魔たちに留守を任せて、王都を目指した。
魔法のドアの転移先として、『紫苑』王都店の倉庫部屋を登録してあるので、一瞬で到着する。
黒猫のナイトを抱いて、ルーファスと一緒にドアを使った。
「到着! まずは商品の納品をしましょう」
「ああ、ここに置いておくぞ」
日本で仕入れた品物を倉庫に並べていく。
プラスチックやビニールなどの包装を取り除いた商品を詰めた木箱を、ルーファスは無造作に【アイテムボックス】から取り出した。
かなりの重さだろうに、涼しい表情で積み上げていく。
さすが、ドラゴン。力持ちだ。
広めの倉庫部屋が在庫でほぼ埋まってしまう。
そんな量を納品したのだが、これでも一週間ですぐに無くなってしまうのだから、王都店の勢いは凄まじい。
「おかげで、こちらの世界のコインがおそろしいくらいに貯まっています」
「なら、使わねばな」
『そうそう! 経済を回さないとね?』
日本から持ち込んだ映画やドラマを毎晩クロエたちと共に眺めていた黒猫は最近、色々な言葉を覚えた。
可愛らしい黒猫に『経済を回せ』とたしなめられたリリは苦笑するしかない。
「そうですね。実は金貨が山ほどあるのです。消費するのを手伝ってくれますか?」
「もちろんだとも、リリィ」
『喜んで!』
この二人の狙いはおそらく、屋台の串焼き肉や甘いお菓子、お酒あたりだろう。
(二人ともお手伝いを頑張ってくれたし、少しくらいは贅沢に楽しんでもいいわよね?)
そのくらいの儲けは余裕である。
そろそろ、伯父に頼まれているポーションや異世界ならではの薬の購入もしなければならない。
(商品の仕入れのためにも、日本円が必要。こちらのお金でポーションを買って、伯父さまに買い取ってもらわないと)
『紫苑』王都店の裏口から、そっと抜け出したリリは、ルーファスとナイトの鼻を頼りに、美味しい屋台を探すことにした。
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