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141. 王都の街歩き
しおりを挟む王都、ティルス。
堅牢な砦に囲まれた街は賑やかで、とくに市場が開かれている通りは活気がある。
『紫苑』王都店がある大通りからは外れるが、庶民街の近くの広場で様々な商品が売られていた。
馬車を改造して移動式の店舗にしたものが多く、無造作に積まれたカラフルな野菜や果実が目を惹く。
広場の隅には食べ物の屋台が並んでおり、食欲をそそる香りが立ち昇っていた。
「新鮮な野菜があるよ!」
「うちの麦は質がいい。美味しいパンを食べたいなら、買っておくれ」
「そっちの麻袋ひとつ買うから、おまけしてくれる?」
威勢のいい客引きの声が響いてきて、リリはわくわくしながら市場内を練り歩く。
人が多いから、との理由でルーファスに手を繋がれているけれど、そんなことも忘れそうになるほど、異国情緒たっぷりの市場の雰囲気を楽しんだ。
押し売りかと思うほどに強い口調の店主。それに負けじと、ちゃっかり値引きやおまけを要求する客もいる。
どちらもさっぱりと気風がよく、見ていて気持ちがいい。
「そこの赤毛の男前なお兄さん、可愛い女の子を連れているじゃないか」
ふいに恰幅のいい女性店員に声を掛けられて、ルーファスがきょとんとする。
そっと己を指差して、首を傾げた。
「もしかして、俺のことか?」
「そうだよ! 赤毛のお兄さん。あんた、いい男だねぇ。私があと十年若かったら、絶対にモノにしたのに」
「アンタ、図々しいよ。十年どころか、二十年だろ」
隣の屋台の女性に突っ込まれて、楽しそうに笑っている。
ルーファスはそんな風に声を掛けられたのは初めてのようで、何だか戸惑っているように見えた。
「……で、俺に何の用だ?」
「そうそう! そんな可愛い子と一緒にいるんだ。ここは男気を見せるところだよ。ほら、うちの店の果実飴を買ってあげるといい」
「果実飴……?」
ちょっと気になる。
リリがそっと歩み寄って売り物を覗き込むと、「ほら」と差し出されてしまった。
つい受け取ってしまうと、にかりと笑われる。
「まいどあり!」
「あ……」
どうやら買ったことになったようだ。
ルーファスが苦笑しながら、銅貨を店員に渡している。
「はい! じゃあ、二本ね。お似合いだよ、ふたりとも」
「ふ。当然だな」
満更でもなさそうに口元を綻ばすと、ルーファスは果実飴を手にした。
「行こうか、リリィ」
「はい。……美味しそうです」
日本でいう、りんご飴のようなお菓子らしい。りんごではなく、ぶどうサイズの果実を串にして蜂蜜をまぶしてある。
『木いちごの飴だね。この時期にだけ実りを楽しめるんだ。シオンさまも好きだったから、懐かしいな』
肩に乗った黒猫が空色の瞳を細めて、喉を鳴らす。
「おばあさまが好きだった木いちご……」
それは是非とも堪能しなくては。
見た目は赤すぐりにそっくりだが、大きさは倍以上ある。
蜂蜜はしっかり固まっているため、果物を浸してすぐに冷やしたのだろう。
「食べ歩きはしても大丈夫なのでしょうか」
「平気だろう。皆、食べながら歩いているぞ?」
ルーファスが視線を向けた先には、串焼きを売っている屋台があり、行列ができていた。
買った串をかじりながら、市場を冷やかしている客が大勢いる。
「それも楽しみのひとつなんだろう。俺たちも食べよう。ついでにあの串焼きも買ってみたい」
『僕も肉が食べたい!』
こつん、と額を頬に擦り付けてくる愛らしいおねだりに負けて、リリはくすりと笑う。
「そうですね。せっかくなのだから、食べ歩きを楽しみましょうか」
果実飴を口に含む。
熱で溶ける蜂蜜の甘さを味わいながら、木の実をそっと噛み締めた。
酸味がキツいが、蜂蜜のおかげでまろやかやに感じる。
瑞々しくて、とても美味しい。
氷菓子ほどではないけれど、夏にぴったりのスイーツだ。
ルーファスなどは飴を舐めずに、ガリガリと奥歯で噛み締めている。
「美味いな。そういえばシオンはよく飴を買っていた」
「おばあさま、綺麗な色のキャンディを集めるのがお好きでしたね。ガラスの瓶に詰めて、眺めているのが楽しいって」
カラフルな飴や金平糖を綺麗なガラスの瓶に詰めておき、子供たちに配っていた。
(青紫色の金平糖を集めて、寝込んでいる私にくれたことがあったっけ……)
梅雨の時期で、寝室から外を眺めても楽しくなくて落ち込んでいたリリを慰めようとしてくれたのだろう。
庭に咲いた紫陽花と同じ色の金平糖は、随分とリリの心を慰めてくれた。
「屋台に並んでくるから、リリはここで待っていてくれ。──ナイト、頼んだぞ」
『頼まれなくとも』
ふすん、と鼻を鳴らす黒猫。
宥めるように、その艶やかな漆黒の背を指先で撫でてあげた。
天鵞絨のような極上の毛並みに、リリの方が心慰められる。
今日の彼女の装いは街歩きがしやすいように、シンプルだ。
レモンイエローのワンピースに白いパンプス。すっかり色の抜けた金色の髪はゆるく編み込んでワンピースと同色のシュシュで飾ってある。
うっすらとメイクを施してあるため、未成年には見えない──はずだ。
手首にはストレージバングル。ローザとお揃いの指輪もちゃんと着けてある。
今日は宣伝も兼ねて、『紫苑』の開店記念ノベルティだった、がま口ポーチを斜め掛けしていた。
お気に入りの黒猫シルエットのロゴを見せびらかせて、ちょっぴりご機嫌だったりする。
市場を歩いていると、視線を感じたが、どうやらこのポーチに興味を示した女性たちだったようだ。
ローザからの手紙によると、ノベルティは今や社交界で人気のアイテムらしく、手に入れそこなったご令嬢たちがとても悔しがっているらしい。
三日間配布して、各日先着五十名分あったはずだが、あっという間に在庫は底をついたようだ。
(王都店では宣伝効果を期待して、お店のロゴマーク入りの箱や袋に入れて販売していたのだけれど、ここまで注目されているということは成功したんでしょうね)
リリ的には「うちの子グッズを作ったので見て」なところが大きかったのだが、ついでに店の宣伝もしっかりできていたようで嬉しい。
市場でも何人か、お洒落をした少女たちがノベルティのポーチを使っているのを見ることができた。
こんな庶民的な市場に貴族のご令嬢が立ち寄ることはないので、おそらくら裕福な商人の娘といったところか。
そういった少女とふと目が合うと、お互いのポーチに気付いて、なんとなく「ふふっ」と笑い合ってしまう。
なんだろう。共犯者というか、同志を見つけた、といった気持ちに近いのかも。
くすぐったい気持ちでルーファスを待つリリは、市場内ではとてつもなく目立っていた。
シンプルなデザインながら、色鮮やかで上質な布地で設られた衣服を身に纏った愛らしい少女なのだ。
同じポーチを持つ少女たちだけでなく、年頃の少年や下心のある青年たちの視線も集めていた。
もっとも声を掛けて、あわよくば──といった男たちは彼女に近付く前に、ボディガードの黒猫に威嚇されて呆気なく玉砕している。
(この程度の【威圧】スキルに怖気付くような低レベルがリリに近付くんじゃないよ)
苛立ちまぎれにナイトが尻尾を左右に振っていると、旨そうな肉串を三本持ったルーファスが戻ってきた。
「火蜥蜴の香草焼きだそうだぞ」
『へぇ! 珍しいね。楽しみだ』
「とかげ……食べられるんですね……」
「鶏肉と似た味だぞ? 栄養価も高くて人気がある。どこぞの冒険者パーティが狩った肉らしい」
『魔素も多く含んでいるから、リリの体にもいいと思うよ?」
そこまで言われたら、断れない。
リリは覚悟を決めると、ルーファスから手渡された串肉にそっとかじりついた。
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