【書籍化】魔法のトランクと異世界暮らし〜魔女見習いの自由気ままな移住生活〜

猫野美羽

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142. 屋台めぐり

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 火蜥蜴サラマンダーの肉は独特な香りがした。
 大葉に似たハーブを使っているのだろう。爽やかで、食欲をそそる匂いだ。
 削った岩塩を散らした豪快な串焼きで、香辛料は使われていない。
 
(サラマンダーって、火の精霊なイメージが強いけれど、この世界では蜥蜴とかげの一種だったのね……)

 ただの蜥蜴ではなく、魔獣の一種らしく、熟練の冒険者でなければ退治するのは難しいだろうとルーファスが教えてくれた。

 爬虫類の肉と考えると、少しだけ怖気づきそうになるが、よくよく考えるとすでにリリはオークの肉を口にしている。
 豚の頭をした二足歩行の魔物を美味しく食べているのだ。

(そう考えたら、蜥蜴の肉なんてむしろ普通では?)

 綺麗な赤身の肉を見つめて、こくりと息を呑む。
 思いきって、肉串にかぶりついた。
 
「ん……っ…! ん、ん……?」

 鶏肉と似た味だとルーファスは教えてくれたが、なるほどたしかに似ている。

「やわらかい若鳥ではなく、少し硬めの親鳥のような食感……」

 よい出汁だしが取れる、地鶏のような風味もある。
 思ったよりもクセはなく、少しばかり顎はだるくなりそうだが、充分に美味しい肉だと思った。
 何より特徴的なのは、ぴりりとくる後味だ。

「香辛料は使っていないから、これは香草の刺激なのでしょうか……?」

 舌を刺激するのは、少しの辛味だ。
 唐辛子でも使っているのだろうかと不思議に思っていると、己の串焼き肉にかじりついていたナイトが教えてくれた。

『これは火蜥蜴サラマンダーの肉の味だよ。火属性の魔獣の肉にはたまにあるんだけど、これがなかなか癖になる味なんだよね』
「お肉に味が付いているんだ……」

 さすが異世界。それは思い至らなかった。ピリピリとした刺激のある食べ物なんて、普通は毒だと思うのだが。

「でも、美味しいです。これはお土産にしたくなりますね」

 きっと従兄二人が大喜びしそうだと思う。伯父も辛い食べ物が好きなので、気に入ってくれそうだ。

「そうか。なら、土産用にたくさん買ってこよう」
「お願いします、ルーファス」

 ルーファスには『紫苑シオン』王都店の手伝いをしてもらっているので、その分の報酬は渡してある。
 伯父宅へのお土産購入代金として、金貨を託したので、リリはおとなしく待つことにした。

「他の屋台も覗いてみたいわ」
『いいね。ボクが付き添うから、他の店も見てみよう』

 店内では姿を消す魔法を使っているナイトだが、今日は街歩き。
 屋台や市場を見て回るため、姿を消す必要はないため、黒猫姿でリリに抱かれていた。
 
 果物飴や火蜥蜴サラマンダーの串焼き肉のように、日本にはない異世界の食べ物がとても気になる。

「串焼き肉の屋台が多いですね」
『作るのが簡単だし、手っ取り早くお腹が満たせるから』

 香辛料さえ使わなければ、比較的に安価に提供ができるため、串焼き肉の屋台がメジャーらしい。
 中には冒険者と兼業で屋台をやっている者もいるのだとか。

『食材の肉は自力で狩ってきて、それを屋台で売るから、結構稼げるらしいよ?』
「なるほど。考えましたね」

 なかなか良い手だ。
 肉が狩れなかったら、屋台は休めばいい。魔石や他の素材はギルドに売却し、肉だけ自分で引き取れば、それなりに稼げるだろう。

『リリもやってみる? にほんのタレやソースを使えば、きっと千客万来!』

 瞳を細めて笑う黒猫に、リリは苦笑する。

「忙しすぎるお店は遠慮したいです。のんびりと物を売って、たまに旅を楽しむ生活くらいが私にはちょうどいいもの」
『……そのわりには、毎日行列ができるお店をやってない?』
「う……そうなんですよね。使い魔の皆のおかげで、かなり楽になったけど、想定以上の人気店になりました」
『そりゃ、なるでしょ。にほん製の商品はどれも高品質だもの』
「うう……たくさん売れるのが楽しくて、つい調子に乗ってしまいました……」

 悄然と肩を落とすリリ。
 売れないよりは、売れた方が嬉しいに決まっている。
 それにこちらの世界のお金が無ければ、ポーションを仕入れることができない。
 とはいえ、ここしばらくは少しやり過ぎた自覚はある。
 辺境伯ルチアを介してのお酒の販売だけでも相当稼いでいたのに、王都店まで手掛けてしまったのだ。

(でも、その王都店が繁盛しているおかげでかなりの額が手元に入ってきたから、しばらくは躍起になって稼ぐ必要はなさそう)

 ルーファスやナイトではないが、経済を回すことを考えなければならないほどの金貨を一気に稼いでしまったのだ。

「まずはポーションを買うことにします。日本の商品を購入するための資金が必要だもの」
『そうだねぇ。仕入れるお金がなければ、こちらの世界で売るものがなくなっちゃう』

 ナイトの指摘通りに、それが心配なのだ。
 日本のものが売れれば売れるほど、異世界の金貨が貯まり、日本円の残高が心許なくなってしまう。

「ポーションや魔獣肉以外でも、日本で売れそうな物を見つけたいです」
『ん、分かった! ボクも手伝うよ』
「ありがとう、ナイト。でも、まずはあの屋台で買い物がしたいわ」

 リリが指差す先にはパンのようなものを売っている屋台があった。
 小さな石窯で何かを焼いているようで、とても気になる。

『行ってみよう!』

 すん、と鼻を鳴らしたナイトが目を輝かせて同意してくれたので、弾むような足取りで屋台へ向かった。

「それ、三つください」
「あいよ! 熱いから気を付けて食べるんだよ、お嬢ちゃん」
「ありがとうございます」

 何歳に見られているのか、とても気になるところだが、リリは素直に礼を言って焼き立てのパンを受け取った。

 表面が白いセミハードパンのようで、チーズの香りがすごい。
 ごわごわとした葉っぱに包んで手渡されたパンはナイトがすばやく【アイテムボックス】に収納してくれた。
 
『中に色んなものを詰めて焼いたパンかな?』
「そうみたいね。何かの肉と玉ねぎやキノコを刻んだものとチーズを包み込んで焼いているようよ」

 屋台の奥、石窯の前で作業をしているところをこっそり覗き見したのだ。
 ケチらずにたっぷりチーズを使っているところがとてもいい。
 石窯で焼いたパンにはバターの代わりにラードを塗り付けて渡してくれるため、腹持ちも良さそうだ。
 
『まぁ、パンはジェイドの街の方が美味しいとは思うけどね!』

 ジェイドの街のパンはリリがドライイーストを提供しているのだ。
 それと比べるのはどうかと思うが、褒められたことにはお礼を言っておこう。

「こんなところにいたのか、リリィ」
「ルーファス」

 ぶらぶらと屋台を冷やかしているふたりを、心配したルーファスが迎えに来てくれた。
 火蜥蜴サラマンダーの串焼き肉を二十本ほど焼いてもらったため、時間が掛かっていたようだ。
 お土産用の串焼き肉は【アイテムボックス】に保管しているとのことなので、気兼ねなく食べ歩きを続行する。

 屋台を冷やかして、気になるものは片っ端から購入していった。
 串焼き肉はもちろん、スープやパンを売る店が多い。
 中には菓子を売っている屋台もあった。

「辺境ではあまりお菓子は見かけなかったけれど、王都では屋台で売っているのね」

 平たいパンのような菓子は、小麦粉と卵を混ぜた生地にワインを混ぜて発酵したものを二枚の鉄板で挟んで焼いたものだ。
 ハチミツを垂らして食べるらしい。

「あれはあまりおすすめできない。口の中がパサパサする」

 ルーファスが顔をしかめて首を振るので、お土産に買うのは諦めた。

『そうだね。菓子類はリリが買ってきてくれる、にほんのものが断然美味しい。リリにおすすめするとしたら、アレかなぁ』

 ちょい、と愛らしい前脚で示した先にあったのはドライフルーツの屋台だった。

『あれなら甘味が凝縮されていて、そこらの菓子よりよほど美味だよ』
「ああ、そうだな。王侯貴族が口にしている砂糖味しかしない焼き菓子より、干した果物の方が確実に旨い」
「そんなに……?」

 砂糖味しかしない焼き菓子というものも気になるが、ここは素直にドライフルーツを買うことにした。

『魔素もたっぷり含まれているから、リリにはぴったりだよ』
「それはありがたいです」

 馬車の荷台を利用した屋台には色とりどりのドライフルーツが売られていた。
 
「リンゴ、ブルーベリーにクランベリー。これはオレンジかしら?」

 星の形をしたベリーや、アプリコットに似た果実もある。鮮やかな青い実もきっとこの世界独自のものなのだろう。
 どんな味がするのか、とても気になる。

「全種類、購入します。それぞれ銀貨五枚分ずつ包んでもらえますか?」

 リリは屋台の売り子である少年に、笑顔で注文した。

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