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13. 小鳥の伝言
「わたくしの小鳥が、辺境伯領に到着したようね」
紅茶を飲んでいたシェリーがふ、と口元に笑みを浮かべる。
懐かしい魔力──苛烈な炎そのもののような気配は、きっと父のものだろう。
『小鳥』の目を通して、シェリーには外の景色を見通すことができる。
クリステン辺境伯邸に到着した『小鳥』が羽を休める場所を探していると、魔力の気配に気付いたのか、執務室の窓が開け放たれた。
「ああ、やはりお父さまだったのね。ちょうど良かったわ」
シェリーが念じると、小鳥はまっすぐ父のもとへ舞い降りていく。
伸ばされた指に止まると、確かめるように頬のあたりを撫でられた。
感覚までは共有していないが、視界はシェリーと同期しているため、何となくくすぐったい。
『この魔力、もしかしてシェリーか?』
父がその名を紡いだことにより、術式が完成する。
召喚賢者だった前世の弟が作り上げた通信の魔道具はその役目を終えて、小鳥から手紙の姿に戻った。
「残念。もう少しだけ、お父さまを眺めていたかったわ」
だが、ちゃんと辺境伯領まで『飛ばす』ことができたので、満足だ。
「本当に便利ね、この通信の魔道具」
封筒と便箋のセットになった魔道具は、魔力を込めると小鳥の姿に変化して、血族のもとへと飛んでいく。
対象者以外は目にすることができないため、機密文書を運ぶのに最適だ。
はるか離れた王都からでも、何事もなく手紙を届けることができたのだ。
これで、父や兄とはいつでも連絡を取ることができる。
「我が家の家宝のひとつだったと思うのだけれど、まさかわたくしのアイテムボックスにこんなにたくさん在庫があるなんて」
大魔法使いサラから引き継いだアイテムボックスの中身を確認していて、これに気付いたのだ。
通信の魔道具は全部で五十セットはある。
これだけあれば、一方的にはなるが、父と兄に王都の情報を渡すことができるだろう。
ティーカップをソーサーに戻すと、クッキーに手を伸ばした。
ラズベリージャムのクッキーはバターと蜂蜜がたっぷり使われており、とても美味しい。
三百年前に作られた菓子とは思えなかった。
収納内の時間が停止していると聞いたことはあったが、しみじみと実感する。
「時間停止機能が付いていなかったら、能力を引き継いでいても地獄だったでしょうね」
想像して、ぶるりと肩を震わせる。
時間が止まっていて本当に良かった。
でなければ、アイテムボックスに収納されていた魔獣の死骸が凄まじい状態になっていたことだろう。
(おかげで、死にたてほやほやの死骸ばかり。素材の状態も良いようだし、在庫をいくつか冒険者ギルドに売り払おうかしら?)
大魔法使いが魔王との戦いにおいて倒した、大物の魔獣ばかりなので、ちょっとしたお小遣い稼ぎができそうだと、シェリーはにんまりと笑う。
「このオーガの死骸をアルス殿下の前に出してやったら、腰を抜かしそうね」
想像すると、愉快な気分になれたので、いつかやってみようと思う。
ともあれ、今はバカ王子よりも父と兄の動向が気になる。
「王都から辺境伯領までは馬車で十日はかかる距離。でも、あの小鳥なら一日で到着できる」
魔道具なため、小鳥は疲れ知らず。
シェリーの魔力をたっぷりと与えてあるので、二十四時間をぶっ通しで飛ぶことができるのだ。
生き物でもないので、休憩も飲食も不要。暗い中でも夜通し飛んでいける。
「辺境伯家と付き合いのある貴族家から、卒業パーティーの件は連絡がいっているはずね」
だが、王都からクリステン辺境伯領までは早馬で駆けても七日はかかる。
おそらく、まだ誰も到着していないはず。
「だったら、当事者であるわたくしから直接説明したほうがいいわよね?」
くすりと笑う。
色彩は父譲りだが、容貌は母そっくりの娘を彼は溺愛してくれている。
優しい貴公子然とした兄もちょっと引くくらいのシスコンなのだ。
「わたくしが王宮でどのように扱われているか知ったら、烈火のごとくお怒りでしょうね」
周囲に自分を守ってくれる存在が誰もいない中で、萎縮して生きていくしかなかった、可哀想なシェリー。
おとなしくて、優しい心根の彼女はあの断罪の場で絶望した。
(誰もわたくしのことを信じてくださらない。助けてくれる人は、ここにはいない)
ずっと一人で頑張ってきたのだ。
厳しい王子妃教育、学園での成績も首席を譲ってはいけないのだと気を張っていた。
アルス殿下の職務の補佐も、王妃殿下から命じられた王宮内の采配も精一杯こなしていたのに、あんな形で裏切られたのだ。
「婚約解消なら、喜んで受けたのに」
正攻法を取ることもなく、国王夫妻の不在時を狙って、シェリー有責で婚約を破棄しようとするなど、姑息すぎる。
「まぁ、国王陛下はわたくしとの婚約解消を許さなかったでしょうから、こんな方法を取ったのでしょうけれど」
衆人環視の前で派手にぶちかましたのだ。さすがにあの人数の口封じは王家とて難しい。
「わたくしを盾に、父に無理を言ってばかりの国王も、もう要らない」
出来の悪い息子やプライドばかり高い王妃を窘めることなく、安穏と王城で暮らしていた無能。
人質として王族と婚約を交わさせたというのに、肝心のシェリーをあれほど蔑ろにしていたのだ。
これから、この国がどうなろうとも自業自得でしかない。
指先で摘んだクッキーをさくりと噛み締める。
懐かしい味に、自然と口元が綻んだ。
(これはサラが焼いたクッキーね。日本でよく作っていた、ジャムクッキー)
まだ記憶のピースはすべて揃っていないけれど、少しずつ空白部分が埋まっていくのが分かる。
前世の記憶というか、大魔法使いサラの自我が強すぎて、シェリーは自分でも不思議なほど好戦的になっていた。
「前世風に言うと、きっとシェリーはあの時、キレてしまったのね」
だが、後悔はしていない。
かつてないほど、清々しい心地で息をすることができているのだ。
「あれから五日。そろそろ王宮内で困ったことになっている頃かしら?」
テーブルに置いた魔道ランタンを指先で弾いて、シェリーはくすりと笑った。
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