ヒロインはヒーローに憧れる~五分間だけ英雄になれる能力をいただきました~

如月美樹

文字の大きさ
21 / 38

21

しおりを挟む
「ターミャちゃん、降りて」
「あ、はい」
 多美江は無駄に高い御者台から、またも「よいしょ、よいしょ」小さく無意識に呟きながら降りようとすると、エブリンに後ろから抱えられてしまった。
「ひゃっ!」
「あ~、軽いねぇ。カポードさん、何を食わせているのさ」
「ああ? そう言えば、まだ何も食わせてないな」
 それを聞いて、エブリンは眉を吊り上げる。
「はあ? 何も食わせてない? 幼児虐待かい?」
 幼児・・・・・・。そんなに幼く見られているのか・・・。
 しかし、何でこの御者台はこんなに高いのだ? 他の街中を行く馬車も少し見たが、カポードのものというほどではないが皆高いようだ。
 もし自分が馬車を買う日がくる時は、ステップを付けてもらわなくてはならないだろう。
 今だって精一杯全身を伸ばしまくって、ようやく足が地面に着くか? というほどなのだから・・・。
「あ、あの・・・降ろして下さい」
 ぷるぷるもしないエブリンの腕に、ちょっと情けなくなってくる。
「遠慮しなくてもいいよ。あんたくらいなら1時間だって二時間だって、抱えてられる」
(マジか・・・)
 カポードが呆れたような声で援護してくれた。
「降ろしてやれよ、エブリン。ターミャちゃんの顔があまりにも真っ赤で可哀想だ」
「おやおや・・・・・・」
 ここの世界の人の過保護ぶりは無自覚が多いので、非常に心と身のやり場に困る。
 多美江を降ろすか降ろさないかのタイミングで、カポードは馬車ごと裏へ回って行った。どうやらどの家やお店でもこういったものは裏に停めるのが基本らしい。
「カポードさんは裏から入ってくるだろうから、先に入ってようか」
 そう言いながら多美江の手を引き、エブリンは中へと促した。
 中もこじんまりとして、凄く可愛らしい作りになっていた。白い壁に木のぬくもりが感じられる家具。窓にかかるカーテンも小花が散らしたもの。小さなお花の植木鉢も要所要所にあって、とてもメルヘンだった。
 裏から入ってきたカポードが「ちっ」と舌打ちする。
「相変わらず似合わねぇ家だな」
 おじさんには居心地が悪い宿になっているようだ。
「この図体でこの乙女心だからな・・・・・・」
 確かに意外かもしれない。
「何日、泊まるんだい?」
 大人対応のエブリンに、多美江は尊敬のまなざしを向ける。もう少し怒ってもよさそうなものなのに。カポードの言葉はそれほど辛辣だ。
「俺は明日帰る」
「・・・・・・俺は? この子は? もしかして置いていく気かい?」
 カポードは笑顔で多美江の背中を押す。
「この子はこう見えて、もう十五歳だ。それに今日、冒険者になったばかりだからな」
「冒険者っ!? この子が?」
 疑うような目を向けられるのも、もう慣れてきたなと多美江は思う。
「ターミャちゃん、エブリンも元は冒険者だ」
「へ?」
 驚いて、すぐ側に立つエブリンを見上げる。
 でも納得した。だからこの筋肉質な身体なのだ。
「この子は魔術師だ。国に目を付けられかねないほどのな」
「あ~・・・・・・」
 すべて把握したかのようなエブリンの素振りに、ここへ連れてきて正解だったとカポードは笑む。
 昔から冒険者と国の管轄である騎士団とでは諍いがあった。
 ギルラスがシムスのギルドマスターを引き継いでからは、大分とそれもましになってはいたが。細かなものは、いまだに起きている。
 もし魔獣などが現れれば、まず前線に立つのは冒険者だ。騎士は団体を組んでゆっくりとやってくる。それが冒険者たちの反感を買っている。
 しかも優秀な魔術師は国が持っていく始末だ。
 ほぼ身一つで敵と対峙する冒険者に取って、戦いはまさに死闘と言える。
「ターミャちゃんだっけ? あんたは何日泊まるつもりだい?」
「しばらくはこの街にいたいので・・・」
 ここで心配なのが、宿代がいくらくらいなのかだ。あまり高いと家を借りた方が安いかもしれない。
「ここは朝夕二食付きで一日五千ラリーだよ」
「まあ、高くもなく低くもないって値段設定だな」
 カポードがそういうのだから、それが正しいのだろう。
「この子はな何と北の最果て、クリシャーナからきたんだ」
「あんな遠い所からかいっ? そりゃここの物価は高いって思うだろうね~。わかった。私も小さな子から、そんなに多くは取りたくないからね。昼もつけて一日三千ラリーでどうだい?」
 お昼ご飯もつけてくれて、しかも安くなっている・・・。どういう計算の仕方なんだ?
 多美江が躊躇っていると、カポードが苦笑した。
「こんなに安い宿は、さすがにもうないぞ。もう決めてしまえ」
「あ・・・、はい。では一応十日ほどお願いします。その後は様子を見てからでもいいですか?」
「はい、毎度」
 多美江のシムスでも暮らしが始まった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました

月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
公爵令嬢アンジェリカは六歳の誕生日までは天使のように可愛らしい子供だった。ところが突然、ロバのような顔になってしまう。残念な姿に成長した『残念姫』と呼ばれるアンジェリカ。友達は男爵家のウォルターただ一人。そんなある日、隣国から素敵な王子様が留学してきて……

【完結】転生したらラスボスの毒継母でした!

白雨 音
恋愛
妹シャルリーヌに裕福な辺境伯から結婚の打診があったと知り、アマンディーヌはシャルリーヌと入れ替わろうと画策する。 辺境伯からは「息子の為の白い結婚、いずれ解消する」と宣言されるが、アマンディーヌにとっても都合が良かった。「辺境伯の財で派手に遊び暮らせるなんて最高!」義理の息子など放置して遊び歩く気満々だったが、義理の息子に会った瞬間、卒倒した。 夢の中、前世で読んだ小説を思い出し、義理の息子は将来世界を破滅させようとするラスボスで、自分はその一因を作った毒継母だと知った。破滅もだが、何より自分の死の回避の為に、義理の息子を真っ当な人間に育てようと誓ったアマンディーヌの奮闘☆  異世界転生、家族愛、恋愛☆ 短めの長編(全二十一話です) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、いいね、ありがとうございます☆ 

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

嫁ぎ先は悪役令嬢推しの転生者一家でした〜攻略対象者のはずの夫がヒロインそっちのけで溺愛してくるのですが、私が悪役令嬢って本当ですか?〜

As-me.com
恋愛
 事業の失敗により借金で没落寸前のルーゼルク侯爵家。その侯爵家の一人娘であるエトランゼは侯爵家を救うお金の為に格下のセノーデン伯爵家に嫁入りすることになってしまった。  金で買われた花嫁。政略結婚は貴族の常とはいえ、侯爵令嬢が伯爵家に買われた事実はすぐに社交界にも知れ渡ってしまう。 「きっと、辛い生活が待っているわ」  これまでルーゼルク侯爵家は周りの下位貴族にかなりの尊大な態度をとってきた。もちろん、自分たちより下であるセノーデン伯爵にもだ。そんな伯爵家がわざわざ借金の肩代わりを申し出てまでエトランゼの嫁入りを望むなんて、裏があるに決まっている。エトランゼは、覚悟を決めて伯爵家にやってきたのだが────。 義母「まぁぁあ!やっぱり本物は違うわぁ!」 義妹「素敵、素敵、素敵!!最推しが生きて動いてるなんてぇっ!美しすぎて眼福ものですわぁ!」 義父「アクスタを集めるためにコンビニをはしごしたのが昨日のことのようだ……!(感涙)」  なぜか私を大歓喜で迎え入れてくれる伯爵家の面々。混乱する私に優しく微笑んだのは夫となる人物だった。 「うちの家族は、みんな君の大ファンなんです。悪役令嬢エトランゼのね────」  実はこの世界が乙女ゲームの世界で、私が悪役令嬢ですって?!  ────えーと、まず、悪役令嬢ってなんなんですか……?

処理中です...