真実はゴミに潜む

浅上秀

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会社の毒華

1話

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ここにある二人の男たちがいる。
彼らの勤める簡清株式会社かんせいかぶしきがいしゃとは非上場で社長一家が持ち株100%のとても小さな会社だ。
創業者は現在、会社の会長をつとめる 簡 幹雄カン ミキオ
そして社長は会長の実の息子である簡 岳剛カン タケタカだ。
創業当時、株式会社 簡清掃だったが岳剛が社長になった際に社名を変更して現在の社名になった。

主な仕事としては特殊清掃である。
しかしその実態として世間一般的な意味での特殊清掃を請け負うのは極稀だ。
従業員たちは市内各地のゴミ処理場に派遣されてその中から個人情報を収集させられいるのが実情である。
例えば破られずにそのまま捨てられた広告DMの宛名やクレジットカードの明細、ミミズの這ったような字で書かれた電話番号のメモなど使えそうな個人情報は根こそぎ拾ってこいというのが会社からの命令だった。

「なぁ梅さん、オレやっぱものすごく社長をぶっ殺したい」

いつものように使を仕分けながら池田 デンイケダ デンは呟いた。
デンは入社二年目の新人だ。
髪色は金髪と派手で耳にも舌にもピアスが輝く。
地元で相当やんちゃだったようだが色々あってこの会社に入社したのだった。
入社して三カ月くらいからすでに社長にいびられていたが先輩がいるからとなんとか歯を食いしばってここまで頑張ってきていた。

「どうしたぁデン」

ゴミ山の奥から先輩であるいっさんこと梅迫 一之将ウメザコ イチノスケの声がする。
現在ほぼ引退状態の幹雄会長が現役の社長としてバリバリ働いていたころ、人生の最底辺にいた梅迫を拾ってくれたことに恩義を感じ勤続し続けてもう30年になる大ベテランだ。
社長の右腕的な存在だが、理不尽に八つ当たりされる的になることも多い。
休日や出勤前、退勤後にも仕事を渡されて毎日毎日仕事に追われている。
さすが小さな会社だけあって時間外労働にもその分の賃金は出ないという真っ黒ぶりだ。

「今日、出かけに言われたんすよ。精算書が何書いてあるか意味わかんないって」

「あ?あんなものいつも同じ文章だろう」

「そうなんすよ!何年も同じ文章なのに意味わからないって…あいつマジ頭わりぃんじゃないすか」

デンは苛立ち交じりに集めたものを乱雑に袋に投げ入れる。

「ははは、理不尽な八つ当たりは今更だがな。俺なんて朝から舌打ち浴びたよ」

「舌打ちはもうデフォですよね。ゲームで毎日もらえるログインボーナス的な?」

「なんだそれ」

梅迫は低い声で笑った。
二人は黒い45リットルの袋に三つ分、すなわち本日のノルマをかき集め終わると社有車に戻る。
社有車として使っているのは15年以上前に発売された白いバンだ。
そろそろガタが来てもおかしくはない。
ただどんなに古い車でもエンジンが完全に動かなくなるまで乗らなければならない。
社長も会長も数年で新車に乗り換えまくっている。
これもまた家族経営の会社にありがちなのではないだろうか。
その乗り換えた車のリース代や車検代もどうせ会社の経費から落ちているのだろう。

「でもまぁオレ、ここ辞めても行くとこもなければ貯金もないんでどうしようもないっすよね」

運転席に乗ってシートベルトを押し込んだデンが呟いた。

「今は耐えるしかないかもな」

「梅さんは偉いっすよ。だってもう30年も耐えてるんですもんね」

「といっても会長はそんなにひどくはなかったんだがな」

梅迫も助手席でシートベルトをした。

「やっぱあのクソボンボン社長っすか」

「ははは」

以前は社員として岳剛社長も働いていたがゴミ処理場にはもちろん足を運ぶことはなかった。
入社以降、営業という名のほぼゴルフ三昧である。

「俺だって今更この会社辞めるわけにもいかないんだよ。第一、この年で転職も難しいだろ?」

梅迫はもう45歳、実は岳剛社長とは同い年だ。
年が近いから余計に日ごろから社長に何かと当たられやすいのではないだろうか。

「う~ん、たしかに…若い方が転職しやすいかもですけどオレみたいに学がないやつはもっと厳しいっすよ」

「学かぁ、学なぁ」

少し気まずい空気の中、車のエンジン音が響く。
デンはレバーを引いてアクセルを踏んだ。




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