おじさんとボク

浅上秀

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魅惑の水族館デート

出会いは怒りと共に

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その日、「おじさん」は非常に機嫌が悪かった。
仕事で上司から手酷く八つ当たりされ、部下からは面倒ごとを押し付けられたのだ。

「どいつもこいつも俺をバカにしやがって」

怒り心頭のままに会社のパソコンを叩いていた。
残業中の彼の周りには誰も人はいなかった。
皆、帰宅してしまったのだ。

「くそっ」

エンターキーを乱暴に叩いて書類を作り上げる。
プリンターにも文句を言いながら印刷した一式を上司の机と部下の机の上に叩きつける。
自分のパソコンの電源を落として帰宅の準備を始めるも怒りは収まらなかった。
時計は夜九時を示している。
エレベーターホールに向かってなかなか来ないエレベーターにも文句をこぼした。

「ったく、ちんたらしやがって」

キレイなビルのエントランスは閑散としていた。
「おじさん」は足早に外に出る。
ビルの外に出ると少し冷たい風が頬を撫でる。
今日は帰りしなに居酒屋でも寄って酒でも引っかけてから帰ろうと思い、家族に食事は不要な旨を連絡した時だった。

「あの、すいません…」

「はい?」

「おじさん」は不意に声をかけられた。
声の主は素朴な青年だった。

「僕、ここの水族館に行きたくて…どうやって行けばいいんでしょう?」

そういって携帯の画面を見せてくる青年に、その携帯で自分で調べて行け、と怒鳴りたくなった。
しかし彼の上目遣いにやられた。

「う、え、あ、それならこっちの道かな」

うろたえながらもビルの奥の道を指さす。

「こっちですか?」

携帯をクルクル回転させてどうにか進行方向に地図をむけようとしている。
かわいい、そんな一言が男の頭の中をよぎった。

「…よ、よよかったら、案内しようか?」

気づいたらそんなことを口走っていた。

「いいんですか!?」

キラキラした目がこちらを向く。

「も、もももちろんだよ」

「ありがとうございます!!」

かくして「おじさん」は先ほどまで己を侵食していた怒りを忘れ、目の前の青年の可愛さに犯されていたのだった。



二人は並んで水族館に向かって歩き始めた。

「僕、ミノルっていいます」

「ミノルくん、か、か、かわいい名前だね」

「えへへ、ありがとうございます」

すっかりデレデレしている「おじさん」。
「おじさん」の会社からミノルくんの探している水族館までは信号二つ分ほどしか離れていなかった。

「し、しかし、こんなところに、す、水族館があったなんて、知らなかったよ」

「最近できたみたいなんです。なんでもビルの中にあって夜遅くまでやってるみたいですよ」

ビルに近づくと、一か月ほど前にオープンしたという垂れ幕が下がっていた。

「へ、へぇ、そ、そうなんだ」

ビルにはいると水族館直結のエレベーターがあった。
乗り込むとエレベーターのなかも水族館仕様なのか、海の生き物の絵や水族館の中にある飲食店の案内が描かれていた。

「うわぁ!楽しみですね!!」

「そ、そそそうだね」

ミノルくんのテンションはエレベーターの上昇に比例するように高まっていった。
「おじさん」はそれをドキドキしながら見ているのだった。



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