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第34話 優斗side あの時の出来事 後編
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次の日の放課後、俺は教室であくびを噛み殺しながら、机の上でうつぶせていた。
頭が重く、まるで靄がかかったようにスッキリしない。
寝不足だってのはわかってる。
思えばここ最近、家ではろくに寝ていない気がする。
もう一度あくびを噛み殺したところで、急に声をかけられた。
「有馬君、部活行かないの?」
顔を上げると、そこには同じ軽音部の大沢泉がいた。
いつもなら授業が終わるとすぐに部活に行くのだけど、今は少しでも休みたいと思うくらいに疲れが溜まっている。
これは、いよいよマズいかもしれない。
今夜こそはちゃんと寝ようと思ったけど、そんな不調は、大沢にもしっかり見抜かれていたようだ。
「ねえ、もしかして何かあった? なんだか最近顔色悪いし、疲れてるみたいだけど?」
大沢が心配そうに言う。
もしかすると、部活の話はついでで、最初からその話をするのが目的で声をかけてきたのかもしれない。
「毎晩練習し過ぎて、寝不足なんだ」
一応、嘘は言っていない。毎日夜遅くまで練習しているのは本当だ。
けど、両親に関することは一切口にしなかった。
こうなったそもそもの原因が両親の喧嘩にあるのは、俺にだってわかっている。
最近では、両親が家にいない時でさえも怒鳴り声が聞こえてくるような気がして、それを紛らわすために、毎晩ひたすらベースの練習を続けていた。
けど、それは決して話さない。話したくない。
だけど、俺が何か言わなくても、大沢はどこか不穏なものを感じていたみたいだ。
「本当にそれだけ?」
念を押すように聞いてくる。
それが単なる好奇心じゃなくて、本気で心配しているってのはわかる。
だけど、答えはこうだ。
「それだけだよ。文化祭も近いし、つい熱が入ってるんだ」
「そう……」
大沢はその答えに納得しきってはいないようだったけど、俺としては、ここからさらに追及されるのは避けたかった。
「部活には、帰り支度終わったらすぐ向かうから、先に行ってなよ」
「本当に、大丈夫なの?」
「平気だって。眠いってだけで大袈裟だよ」
「そう? それじゃ、待ってるから」
大沢は渋々といった様子だったけど、それでも何とか引き下がってくれた。
俺がこれ以上この話を続けたくないって、察してくれたのかもしれない。
大沢を見送った後、教科書を鞄に詰め終え、ようやく席を立つ。
その時、一瞬目の前が暗くなり、足がもつれた。立ちくらみだ。
(またか)
連日の寝不足のせいで、最近ではこんなことは何度も起きていて、もうすっかり慣れている。
しばらく何もせずに立ったままでいると、思った通り、少ししたらそれは治まった。
大沢が行った後で良かった。
もしも彼女が今のを見ていたら、また何があったのかと心配するかもしれない。
自分の家が今どんな状況なのか、大沢に教えたくはなかった。
話せばきっと、彼女は気を使ってくれるだろう。心配してくれるだろう。
だが俺は、そんなのは望んでいなかった。
藍のお父さんから俺の家のことを聞かれた時、大丈夫だって言ったのと同じだ。
軽音部も藤崎家も、俺にとって大切な場所だった。
ただ惰性だけで帰っているような自宅とは違う。
そんな大切な場所で、あんな醜い争いのことなんて話したくない。楽しいと思える場所を壊したくない。大事な人達を、ほんの少しだって心配させたくない。
だから、何があったかなんて言わない。辛いとか苦しいとかなんて、そんなことは絶対に言わない。いや、言えない。
(ダメだな……)
何だか考えがすっかり暗くなっていることに気づいて、ふっと溜息をつく。
今の俺は、いったいどんな表情をしているだろう。
家のことは、誰にも関わらせないと決めてるのに、暗い顔なんてしていたら、やっぱり何かあったのかと心配させるかもしれない。
もう一人の部員はともかく、泉はそういう所によく気が付く。
あんな両親のことばかり考えているのがいけないんだ。もっと楽しい事を考えよう。
そんなことを思いながら、本校舎を出て、部室棟へと入っていく。
今一番楽しみにしているものといえば、何と言っても、間近に迫った文化祭だ。
去年はまだまだ下手だったけど、あれから一年たって、少しはマシになったと思う。
今年はもっと、満足できるような演奏にしたかった。
(文化祭には、藍も来るって言ってたな。だけど、人が多いから迷子にならないかが心配だ。当日は軽音部だけでなくクラスの出し物だってあるけど、時間があれば案内してやれるかもしれない。それなら、事前に藍が喜びそうなものがないか調べておいた方がいいかもな。ああ、それから、文化祭の練習とは別に、あれの練習もしておかないと……)
そんなことを考えながら、二階へと続く階段を上がっていく。階段を上り終えたら、部室はすぐだ。
だけどその時、また目の前が暗くなった。
さっきと同じ、立ちくらみだ。
さっきもそうしたように、治まるまで動かずにやり過ごそうとする。
けど今回の立ちくらみは、今までのものよりもずっと酷かった。
「うっ……」
頭が大きく揺れ、足がもつれる。
それでも、立っていられないというほどじゃない。
辛くはあるけど、何とかこらえきれるだろう。
そう思ったけど、運が悪かった。
ここが普通の廊下だったら、少しくらいフラついても問題なかったのかもしれない。
けれど、もつれた足が、運悪く階段を踏み外した。
そしてさらに運の悪い事に、それはちょうど、最上段まで登った時に起きたことだった。
「うわっ!」
小さく上げた声は誰にも届かず、そのまま階段を転げ落ちる。
あまりに突然のことだったから、受け身を取る余裕も無かった。
それから、頭に強い衝撃が走る。
それが、俺が覚えている、生きていた頃の最後の記憶だった。
いや。意識が途切れる直前、一瞬だけ、さっきまで考えていた藍の顔が頭に浮かんだっけ。
とにかくこれが、俺、有馬優斗の、あまりに唐突であまりに呆気ない最後だった。
頭が重く、まるで靄がかかったようにスッキリしない。
寝不足だってのはわかってる。
思えばここ最近、家ではろくに寝ていない気がする。
もう一度あくびを噛み殺したところで、急に声をかけられた。
「有馬君、部活行かないの?」
顔を上げると、そこには同じ軽音部の大沢泉がいた。
いつもなら授業が終わるとすぐに部活に行くのだけど、今は少しでも休みたいと思うくらいに疲れが溜まっている。
これは、いよいよマズいかもしれない。
今夜こそはちゃんと寝ようと思ったけど、そんな不調は、大沢にもしっかり見抜かれていたようだ。
「ねえ、もしかして何かあった? なんだか最近顔色悪いし、疲れてるみたいだけど?」
大沢が心配そうに言う。
もしかすると、部活の話はついでで、最初からその話をするのが目的で声をかけてきたのかもしれない。
「毎晩練習し過ぎて、寝不足なんだ」
一応、嘘は言っていない。毎日夜遅くまで練習しているのは本当だ。
けど、両親に関することは一切口にしなかった。
こうなったそもそもの原因が両親の喧嘩にあるのは、俺にだってわかっている。
最近では、両親が家にいない時でさえも怒鳴り声が聞こえてくるような気がして、それを紛らわすために、毎晩ひたすらベースの練習を続けていた。
けど、それは決して話さない。話したくない。
だけど、俺が何か言わなくても、大沢はどこか不穏なものを感じていたみたいだ。
「本当にそれだけ?」
念を押すように聞いてくる。
それが単なる好奇心じゃなくて、本気で心配しているってのはわかる。
だけど、答えはこうだ。
「それだけだよ。文化祭も近いし、つい熱が入ってるんだ」
「そう……」
大沢はその答えに納得しきってはいないようだったけど、俺としては、ここからさらに追及されるのは避けたかった。
「部活には、帰り支度終わったらすぐ向かうから、先に行ってなよ」
「本当に、大丈夫なの?」
「平気だって。眠いってだけで大袈裟だよ」
「そう? それじゃ、待ってるから」
大沢は渋々といった様子だったけど、それでも何とか引き下がってくれた。
俺がこれ以上この話を続けたくないって、察してくれたのかもしれない。
大沢を見送った後、教科書を鞄に詰め終え、ようやく席を立つ。
その時、一瞬目の前が暗くなり、足がもつれた。立ちくらみだ。
(またか)
連日の寝不足のせいで、最近ではこんなことは何度も起きていて、もうすっかり慣れている。
しばらく何もせずに立ったままでいると、思った通り、少ししたらそれは治まった。
大沢が行った後で良かった。
もしも彼女が今のを見ていたら、また何があったのかと心配するかもしれない。
自分の家が今どんな状況なのか、大沢に教えたくはなかった。
話せばきっと、彼女は気を使ってくれるだろう。心配してくれるだろう。
だが俺は、そんなのは望んでいなかった。
藍のお父さんから俺の家のことを聞かれた時、大丈夫だって言ったのと同じだ。
軽音部も藤崎家も、俺にとって大切な場所だった。
ただ惰性だけで帰っているような自宅とは違う。
そんな大切な場所で、あんな醜い争いのことなんて話したくない。楽しいと思える場所を壊したくない。大事な人達を、ほんの少しだって心配させたくない。
だから、何があったかなんて言わない。辛いとか苦しいとかなんて、そんなことは絶対に言わない。いや、言えない。
(ダメだな……)
何だか考えがすっかり暗くなっていることに気づいて、ふっと溜息をつく。
今の俺は、いったいどんな表情をしているだろう。
家のことは、誰にも関わらせないと決めてるのに、暗い顔なんてしていたら、やっぱり何かあったのかと心配させるかもしれない。
もう一人の部員はともかく、泉はそういう所によく気が付く。
あんな両親のことばかり考えているのがいけないんだ。もっと楽しい事を考えよう。
そんなことを思いながら、本校舎を出て、部室棟へと入っていく。
今一番楽しみにしているものといえば、何と言っても、間近に迫った文化祭だ。
去年はまだまだ下手だったけど、あれから一年たって、少しはマシになったと思う。
今年はもっと、満足できるような演奏にしたかった。
(文化祭には、藍も来るって言ってたな。だけど、人が多いから迷子にならないかが心配だ。当日は軽音部だけでなくクラスの出し物だってあるけど、時間があれば案内してやれるかもしれない。それなら、事前に藍が喜びそうなものがないか調べておいた方がいいかもな。ああ、それから、文化祭の練習とは別に、あれの練習もしておかないと……)
そんなことを考えながら、二階へと続く階段を上がっていく。階段を上り終えたら、部室はすぐだ。
だけどその時、また目の前が暗くなった。
さっきと同じ、立ちくらみだ。
さっきもそうしたように、治まるまで動かずにやり過ごそうとする。
けど今回の立ちくらみは、今までのものよりもずっと酷かった。
「うっ……」
頭が大きく揺れ、足がもつれる。
それでも、立っていられないというほどじゃない。
辛くはあるけど、何とかこらえきれるだろう。
そう思ったけど、運が悪かった。
ここが普通の廊下だったら、少しくらいフラついても問題なかったのかもしれない。
けれど、もつれた足が、運悪く階段を踏み外した。
そしてさらに運の悪い事に、それはちょうど、最上段まで登った時に起きたことだった。
「うわっ!」
小さく上げた声は誰にも届かず、そのまま階段を転げ落ちる。
あまりに突然のことだったから、受け身を取る余裕も無かった。
それから、頭に強い衝撃が走る。
それが、俺が覚えている、生きていた頃の最後の記憶だった。
いや。意識が途切れる直前、一瞬だけ、さっきまで考えていた藍の顔が頭に浮かんだっけ。
とにかくこれが、俺、有馬優斗の、あまりに唐突であまりに呆気ない最後だった。
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