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約束
世話好きな下僕
しおりを挟む修学旅行の夜に俺が怒りに任せて口走った『下僕』という言葉が、今では彼の持ちネタのようになっている。
川嶋のひそやかな衝動を隠し撮りした俺を、彼は決して許すはずがないと思っていた。実際、あのとき「写真をばらまかれたくなければ下僕になれ」という脅し文句に言葉を失くしてからは、残りの旅行中、東京に戻って解散するまで、俺とはひとことも口をきかず、目を合わせようともしなかった。
悔しさのあまり、ついあんな脅し文句を口にしてしまったが、俺には本気で彼を「下僕」扱いする度胸なんてない。真摯に「写真を消してほしい」と乞われれば、今度こそ素直に従うつもりでいた。
けれど、そうなれば、彼の俺に対する関心は完全に消えてしまう。存在しない者として扱われるくらいなら、いっそ恨まれているほうがマシかもしれない。
そんな未練がましい気持ちがはたらき、川嶋と二人きりになることを避けていた。
だから、修学旅行の翌週、昼休みに声をかけられたとき、いよいよあの写真を消せと言われるのだろうと身構えた。
俺が警戒心を剥き出しにしたせいか、声をかけてきた川嶋は、一瞬、何かを考えこむような表情を浮かべ、急に弁当のことを話題にした。
まさか昼食を一緒に食べようと言われるなんて思ってもいなかったから、最初は、あの夜のように険悪な雰囲気にならないよう、昼飯を食べながらご機嫌取りでもする作戦かと訝しんでいた。
俺は普段、昼食はおにぎりだけだ。朝から電子レンジで米を炊き、自分で握ってくる。その日は寝坊しておにぎりを握る時間がなかった。
前の月のバイト代は修学旅行で使い果たしていたし、母親は最近、男ができたようであまり家には寄り付かず、所持金は底を尽いていた。生活費がなくなったと母親に連絡し、キャッシュレスのアプリにいくらか振り込んでもらっていたが、出金機能は使えない契約になっている。学校の購買では現金しか使えないため、寝坊した時点で朝食も昼食も諦めるしかなかった。
「財布を忘れた」と嘘をつけば、「金を貸そうか?」と言わせてしまいそうな気がして、「お腹が空いてない」で切り抜けようとしたのだが、直後に腹の虫が鳴り、最悪の形で嘘がバレてしまった。
川嶋は売店でパンを買ってくると、自分はパンを食べるからと自分の弁当を俺に譲ろうとした。きっと、俺がパンを買う金すら持っていなかったことに気づいたのだろう。
気づかれたことも、同級生に食べ物を恵んでもらうことも、死ぬほど恥ずかしい。でも、嫌がらせをした相手にさえ優しさを示す彼を、突っぱねることはできなかった。意固地になって拒絶するほうが、余計に惨めに思えた。
結局、強引さに押し切られ、豪華すぎる弁当の四分の一ほどが俺の腹に収まった。惨めさも忘れるくらい、美味しい料理だった。
川嶋が弁当を餌に「写真を消せ」と迫らなかったことにも救われた。
写真はその日のうちに消したけど、俺はそのことを川嶋に言えなかった。
翌日以降も彼は俺と昼食をともにするようになり、「母親が作り過ぎるから、いつも食べきれなくて困っている」と言って、毎回なにかしらのおかずを俺に勧めてきた。
断ろうとすれば、「あわびはお嫌いですか? ご主人様」などと執事――彼いわく、『下僕』――設定で無理やり俺の口に運ぼうとする。周りから好奇の目に晒されないためには自ら箸を伸ばすしかなかった。
なにより彼の母親の料理がどれも美味すぎて、食欲に抗えず、つい「味見だけでも」と思ってしまう。
しかも、親切はそれだけではなかった。
俺はいつも夜の10時にコンビニのバイトを終え、帰宅後は2時過ぎまで勉強している。高校の授業内容は中学に比べると格段に難しく、予習復習が全然追いつかない。それなのに、慢性的な睡眠不足のせいで、授業中もたまに睡魔に負けてしまう。そのことを知り、食後や放課後の時間の合うときに、勉強まで見てくれるようになった。
「写真をばらまかないでいてくれるお礼」や「これも下僕の仕事のうちですから」と冗談めかして言っているが、それが俺の引け目をやわらげるための建前であることはわかっている。同情されているとわかっていて、それでも、この時間が少しでも長く続けばいいと思っていた。
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