仮面王子は下僕志願

灰鷹

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約束

線引き

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「え? 川嶋君ち、別荘あるの? さすが慶桜ボーイ!」

 小松原も顔を振り向かせ、目を輝かせる。
 慶桜というのは、川嶋が中学まで通っていた、慶桜学院のことだ。幼稚舎から大学までエスカレーター式で、良家の子女が通う名門校ということくらいは、私立には無縁の俺も知っている。

「別荘⁉ どこにあるの?」

「川嶋君ち、開業医だもんね」

「いいなー。うちらも行きたい」

 俺と同じく別荘の話を初めて聞いたらしい女子たちが、一斉に色めき立った。
 川嶋に向けていた笑顔を周囲にも振りまき、得意げに答えたのは朝倉だ。

「軽井沢だって。でも、今回は男子だけご招待だから。昴陽の彼女も呼ばないって言ってたし」

 背筋がすうっと冷えていく感覚がする。
 川嶋にも朝倉にも、俺を傷つけるつもりがないことはわかっている。余り者だから修学旅行で一緒の班に誘ってもらっただけで、川嶋とも、朝倉たちとも、元々仲がいいわけではない。ここにいる男子の中で俺だけが誘われていないのも、当然のことだった。
 それでも、最近、川嶋に構ってもらって、彼にとって仲のいい友達の一人に昇格した気でいたから、急に線を引かれた気分になった。
 修学旅行の自由行動のときと同じだ。班行動で一緒に動かなければいけないときは仲間に入れてもらえる。でも、行きたいところに行くときは気の合う者同士がいい。そう暗に言われたような。

「男子だけってことは、渡辺君も行くの?」

 納得のいかなそうな声で俺に矛先を向けた小松原にも、「羨ましい」以外の他意はなかっただろう。
 けれど、「誘われていない」と正直に言えば、場が白けることは想像できる。

「俺は課外のない日はずっとバイトだから」

 興味がなさそうなふりを装い、当たり障りのない答えを口にした。
 羨ましい気持ちを表に出さないことには、子どもの頃から慣れている。

「夏休みもバイトって、すごいね」

 小松原はうわべだけの感心を返し、今度は前を歩いていたグループの女子たちに声をかけた。

「じゃあさ、うちらは近くのホテルに泊まって、向こうで合流するのはどう? 来年は遊べないから、今年のうちに夏の思い出作りたいじゃん」

「あたしはその時期、彼氏と旅行に行くからパス。あ、でも、ちょうどいいから、美咲たちと一緒に行くことにしてほしい」

「えー。裏切り者~」

 横顔に視線を感じながらも、隣を歩く川嶋の顔を見られずにいると、ポケットのスマホが振動で着信を告げた。
 バイト先のパートさんからだった。 
 歩調を落とし、集団と距離を開けながら、通話ボタンをタップする。

 子供さんが保育園で熱を出し、迎えにいかなければいけなくなったので、早めにシフトに入れないかという相談だった。俺が無理なら店長に頼むそうだが、深夜勤務の店長は、今はまだ家で寝ている時間だ。
 申し訳なさそうな口調だったが、俺としては、カラオケを断る口実ができて、むしろ秘かに手を合わせたい気分だった。

「ごめん。早めにバイトに来てほしいって連絡あったから、俺、カラオケには行けなくなった」

「試験の打ち上げよりバイト優先? 大変だね。頑張ってー」

 朝倉は普段通りにこやかで、当然、他の人たちも残念がることもなく、遠ざかっていく。そんな中で川嶋だけが足を止め、駅へと引き返す俺を見送ってくれた。
 それだけでも、別荘に誘われず、落ち込んでいた気持ちが癒されていくのがわかる。
 朝倉が言うように、俺は遊びにお金を使うくらいなら、バイトの時間を増やして、今のうちから大学のための学費を貯めておきたい。誘ったところで俺が断ることがわかっていたから、川嶋は俺に声をかけなかったのだろう。

 俺のことは気にせず、楽しんできて――そんな意思表示で、朝倉たちのほうを指差し、小さくガッツポーズをしてから踵を返した。



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