仮面王子は下僕志願

灰鷹

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SOS

遠い出来事

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「……なべっち、どうしたの? 手、止まってるよ」

 声をかけられて、ハッと我に返る。
 まだバイト中で、品出しをしていたのだが、考え事をしていたら完全に手が止まってしまっていた。
 今日の相方が目敏い堀で助かった。
 慌てて、作業を再開する。

「あ、ごめん」
「なんか最近ボーっとしてるね。勉強、大変なの?」
「いや……。文化祭前だから、授業はそんなに大変じゃない」
「え? じゃ、もしかして、執事? じゃなかった。下僕、だっけ? あの人と何かあった?」

 客がいないのをいいことに、堀は矢継ぎ早に質問してくる。

「執事でも下僕でもないよ。何もあるわけないだろ。……あ、ほら、お客さん」

 立て続けに客が入って来て、俺もレジへと回った。
 バイト中は他のことを忘れて仕事に集中できていたのに。それができなくなっている理由は、川嶋のこともあるけど、それだけじゃない。
 
 朝倉が川嶋のことを好きだと聞いた後も、俺と川嶋の関係は大きくは変わっていない。
 朝倉からは川嶋に負担をかけないでほしいと言われたが、いずれにしても今は川嶋が文化祭のことでクラス中から頼られ、昼休みも放課後も一緒にいることはない。
 バイトが早く終わる土日に自宅に夕食に誘われたり、朝だけでも駅で待ち合わせして一緒に登校しないかと言われたこともあったけど、そちらは適当な理由をつけて断っていた。

 メッセージアプリでのやりとりは毎日続いているが、それは俺だけではないだろうし、川嶋と朝倉がつきあうことになれば、それも終わりになるのだろう。
 朝倉と川嶋のことを考えれば気分が重くなるが、でも、まだ確実には起こっていない二度目の失恋をどこか遠い出来事のように感じられるのは、別の悩みがあるからだった。

 母親のことだ。
 8月下旬頃から、家に酒の缶や瓶が増え始めた。
 外泊が多かった母を家で見かけることが多くなり、嫌な予感がして問い詰めたところ、つき合っていた男と連絡が取れなくなったということだった。「海外に出張に行く」と言っていた間に、住んでいたマンスリーマンションも引き払ってあったらしい。
 しかも、母親は投資話を餌に、男から少なくない額の金を騙し取られていたようだ。おそらく、つき合っていたこと自体、いわゆるロマンス詐欺というやつだったのだろう。
 母は、「あんたの学費の足しになればと思ったのよ」と言って泣いていたが、投資に回すくらいなら、普通に学資保険でもかけてほしかった。

 その後は毎日やけ酒をして、ついには仕事にも行かなくなり、立派なアルコール依存症と化していた。



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