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王弟騎士の思い人
王弟騎士の思い人(1)
しおりを挟む昼食の時間はとうに過ぎていたので、行儀が悪いと思いながらも、軍営に戻るまでの間に、もらったお菓子を味わう暇もなく無理やり口に押し込んで食べ終えた。使用人たちは皆、午後の仕事を始めていたが、「ユリウスはお腹の調子が悪い」とアルミンが言い訳してくれていたため、監視役から小言を言われることもなかった。
その日のうちに従僕長から呼び出され、薬草のことについて尋ねられた。
軍の運営費がぎりぎりであることを説明され、「そのようなものに割ける予算はない」と言外に言われていることは察せられたが、元々、薬草を買ってもらうつもりはなかった。近くの山に自生しているものを取りに行くことを希望すると、あっさり許可してくれた。
そこまではよかったのだが。ウェルナー辺境伯令嬢からの昼食のお誘いについて従僕長も知っていて、「必ず行くように」と釘を刺されたことには閉口した。人手不足を理由に従僕長から断ってもらえないものかと秘かに期待していたが、一縷の望みをあっさりと断たれてしまった。
翌日の朝食時に薬草が生えていそうな山についてフリッツに尋ねたところ、彼が案内役として同行してくれることになり、近くの山に薬草を取りに行った。
探していたのは皮膚病に効果があるとされているヨモギとニワトコ。それに、血の草と呼ばれる薬草も見つけたので、それも持ち帰ることにした。
ブルートクラウトは、茎を折ると赤い汁が滲み出ることから、そう呼ばれているらしい。傷の治療や止血に役立つと言われているが、心の重苦しさを和らげ、沈んだ気持ちを軽くする効能もあり、「憂鬱を追い払う草」と呼ぶ人もいる。
星の形に似たその黄色い花が目に入ったとき、昨日の夫人のことを思い出し、自然と手が伸びていた。使ってもらえるかわからないけど、薬草茶にして飲んでもらえたら、食欲の改善に繋がるかもしれない。
フリッツの話によると、ウェルナー辺境伯夫人は20歳で娘を産んだので、今はまだ30代だという。白髪と弾力を失った皺の目立つ皮膚は、とてもその年には見えなかった。
昨日の令嬢がその娘で、カレン・ウェルナーという。
カレンの名前と彼女がユリウスと同じ十八才であることは、城に来る前に宿のおかみから聞いて知っていた。ウェルナー辺境伯には正妻以外に妾もいるが、子供はカレンだけらしい。
夫人も元々は、カレンのように美しいオメガで、髪も金色に光り輝いていたそうだ。産後の肥立ちが悪く、徐々に弱っていって、今は自分の意志で寝台から出ることはないという。朝夕、部屋に運ばれてくる食事にも、ほとんど手を付けないそうだ。
心配したカレンが一日一度、ああして庭園を散歩させ、庭園を眺めることのできるあの場所でお茶会をしているそうだが、用意されたお菓子や食事に口をつけることはないらしい。
「奥様は、オメガの男に興味をお持ちなのですか?」
ユリウスの問いに、薬草を採るのを手伝ってくれていたフリッツは、作業の手を止め、顔を振り向かせた。
「オメガの男? どうしてそんなことを訊くんだ?」
「僕に対して、オメガの男の子ね、と仰って、僕がベータだと答えたらとてもがっかりされていたようだったので。それに、男の子の人形も抱いておられました」
フリッツは記憶を遡るように、宙に視線を向ける。
「奥様が、本当は男児が生まれてくることを望んでいた、という噂は聞いたことがある。そのせいで、お嬢様がお生まれになってすぐは現実を受け入れることができずに、お嬢様が近づくことをお許しになったのも、お嬢様が歩けるようになった頃からだとか」
「……そう……だったんですか…………」
その話と昨日の「オメガの男の子ね」という言葉を合わせると、夫人はオメガの男児を望んでいたように考えられる。普通、貴族の跡取りとして望まれるのはアルファだ。不思議に思ったが、辺境伯となると、普通の貴族とは違った事情があるのかもしれない。
それ以上に気になったのは、カレンのことだった。
兵士に対する心無い発言から、昨日は人の痛みのわからない冷血な人だという印象を抱いたが、母親との複雑な関係を知り印象を改めた。
自分を拒絶した母親をあのように労われるのなら、きっと芯が強く優しい心を持った人なのだと思う。
城に戻ってからも、その話がずっと頭から離れなかった。
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