4 / 49
舞踏会の夜に
急接近
護衛の兵を部屋の外に待機させ、兄弟を促して部屋へと足を踏み入れた。広々とした自室には、壁際に天蓋付きの大きなベッド、中央に4人がけのテーブルと椅子が置かれ、暖炉の傍には一人掛けのソファがある。二人に椅子を勧め、チェストから一番清潔そうなクロスを引っ張り出した。テーブルまで戻り、カインへそれを差し出す。
「これでマントをお拭きください。お時間があれば、暖炉で乾かしますが……」
「お気遣いはご無用です。ここに来たのは、何故あのようなことをされたのか、理由をお聞きするためですから」
「喉が渇いていた」という言い訳が嘘であることは、とっくに見抜かれていたようだ。だからこそ素直についてきたのだろう。
クロスをテーブルに置き、彼の向かいの席に腰を下ろす。
さて。媚薬の件をどう説明したら信じてもらえるか。
追及の眼差しから逃れるようにしばし視線をさ迷わせ、やがて覚悟を決めた。
外の護衛兵に聞かれぬよう、二人を手招きして顔を近づけさせ、自身も前方に身を乗り出す。
ひと呼吸おき、重い口を開いた。
「セレナ様。先程は大変失礼いたしました。実はあのレモン水には、媚薬が混ぜられていたのです」
単刀直入に説明する以外、他の方策が思い浮かばなかった。
案の定、カインは眉根を寄せ、セレナはきょとんとした顔をした。媚薬が何かわかっていないようだ。俺も、つい先程――前世の記憶を取り戻すまでの純粋無垢なエドワードなら、その言葉すら知らなかった。
「えっと……、媚薬というのは、飲むとちょっと淫らな……」
「――悪酔いする特殊な酒だ」
ゴホン、と咳払いして俺の言葉を遮り、カインがセレナに説明する。間髪入れず、こちらに矛先を向けた。
「殿下はそれを誰からお聞きになったのですか? それが事実として、誰が、何の目的で薬を混ぜたのですか?」
「薬を混ぜるよう指示をしたのはヴィオラだ。セレナ様に薬を盛って、空いている小部屋に連れて行き、地方の男爵に襲わせるのが目的だった。それを誰に聞いたかは明かせない」
明かせないのではなく、そもそも俺にその話をした人物など存在しないのだが。「ここが前世で読んだ物語の世界で、あらすじ上、そうなっている」と説明したところで、信じてもらえるはずがない。
説明がしどろもどろだった所為か、カインは追及の手を緩めなかった。
「では、地方の男爵とは、どなたですか?」
「俺もそこまでは……」
小説の中のエドワードは、セレナを襲った男の顔を見ていない。話のどこかで正体が明らかになったのかもしれないが、台詞もないモブの名前までは記憶していない。
「殿下は証拠もないのに、その話をお信じになったのですか?」
質問を畳みかける口調は、完全に犯人を尋問する刑事のそれだ。確かに言われてみれば、事の仔細を明らかにするために、飲み物を運んできたメイドだけでもあの場で捕えておくべきであった。
視線を隣へ移し、助けを求めるようにセレナを見た。しかし彼女は長い睫毛を瞬かせ、不思議そうに小首を傾げるばかりだった。
「ヴィオラ様はとっても良い方ですのよ。わたくしが王太子殿下の婚約者に選ばれたときも、一番にお祝いに来てださいましたし……」
どうせ油断させるための策略だろう。だが、このままでは、「ヴィオラに気をつけろ」と言っても、大した効果はなさそうだ。
「話がそれだけなら、私達はこれで失礼します」
カインが腰を浮かせる。
「ちょ、ちょっと待って! わかった。だったら、カインと二人で話をさせてもらえないか?」
思わず名前で呼んでしまっていたことに、口に出してから気がついた。今日初めて会ったばかりで、名前で呼べるような間柄ではない。カインの無表情が崩れ、驚いたように目を瞠る。その隙をつき、彼の腕を掴んで部屋の隅へと引っ張って行った。
この世界が前世で読んでいた物語の世界だと、正直に言ってしまおうか……。
いやでも、流石にそれは信じてもらえないだろう。それに、物語の内容を全て話せと言われたら、彼の非業の死のことまで話さなければいけなくなる。
歩きながら、取り乱した頭で話すことと伏せておくことを必死に取捨選択する。
壁際まで行き、セレナに背を向ける形で二人して壁のほうを向いた。頭一つ分背の高い彼の耳は、背伸びをしても俺の口が届きそうにない。腕を引き、顔を近づけさせる。
「俺には少しだけ、千里眼の能力があるんだ。ヴィオラはセレナを婚約者の座から引きずり降ろして、自分が王太子妃になることを狙っている。おそらくクラウス伯爵の指示だろう」
苦し紛れに持ち出したのが、「千里眼」という言葉だった。
カインが体をのけ反らせ気味に俺から距離を取る。気が触れたとでも思っているのか、驚くよりも憐れむような眼差しを向けてきた。
心が折れそうになるのをぐっと堪えて、背伸びをして再び彼の耳元に口を寄せる。
これでも信じてもらえないのなら、最終手段だ。
「12年前の、兄上毒殺の黒幕もクラウス伯爵だ。君の実のお父君に罪を着せたのもそう。セレナに次に盛られるのが、媚薬ではなく毒薬になる可能性は十分にありうる」
バッ、と今度は振り払うように、カインが勢いよく距離を取った。
驚愕に目を見開く顔には、わずかな怯えも垣間見える。
「どうしてそれを?」
声を荒げ、直後、ハッとした顔でセレナを振り返る。小説の通りなら、彼女はまだカインの出自を知らないはずだ。
カインは「大丈夫だ」とでも言いたげに、彼女にぎこちない微笑みを浮かべて見せ、再び壁を向いた。マントをふわりと広げ、俺の頭を覆う。
普通なら不敬罪ものだが、そのことに気づかないくらい動揺しているらしい。
俺は俺で、暗闇の中で彼の息遣いがすぐそばに感じられる状況に、恐慌に陥っていた。頬が熱を帯び、鼓動がドクドクと耳奥に響き始める。
「俺が養子であることを知るのは、アルベール家の両親と、信頼のおける父の側近のみのはずです。殿下はそれを誰からお聞きになったのですか?」
「誰からも聞いていない」
半ばヤケクソで即答する。この状況が心臓に悪すぎて、信じてもらえなくてもいいから、とにかく早く話を終わらせたかった。
「信じられないだろうけど、俺は生まれる前の世界で、少しだけ、この世界で起こることを知ったんだ。でも、今夜のヴィオラの陰謀を阻止したから、これからは俺が知っている未来とは変わってくる。兄上の婚約者でいる限り、セレナは命を狙われるだろう。そのことについて、一度君と相談したい」
「では明日、殿下に面会を申し込みます」
俺はふるふると首を横に振った。
「明日は駄目だ。これまで俺と君とは何の接点もなかったのに、急に面会を希望すれば、クラウス伯爵に怪しまれるかもしれない」
小説の中でも、セレナとエドワードがクラウス伯爵の悪事の証拠集めに奔走したことで、命を狙われ、カインが犠牲になった。俺が舞踏会でヴィオラの陰謀を阻止し、その翌日にカインと面会したのでは、早々にクラウス伯爵から目をつけられることになりかねない。
「君を俺の剣術指南に指名する。騎士団長が承認すれば一週間ほどで命令が下るだろうから、そうしたら指南役として王宮に来てくれ。それまでは、くれぐれもセレナの身辺や口にする物には気をつけてくれ」
これまで剣術に興味がなく、指南役を決めていなかったのが幸いした。急に俺が剣術にやる気を見せたら、家族や侍従たちは皆驚くだろうが、セレナの紹介だと言えば不審に思われることはないだろう。
カインはしばらくの間、口を噤み考え込んでいるようだった。やがて、頭上に潜めた声が落ちる。
「わかりました。では、そのようにお願いします」
マントが取り払われ、ようやくまともに呼吸ができるようになった。
あなたにおすすめの小説
冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される
マンスーン
BL
王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。
泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。
博愛主義の成れの果て
135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。
俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。
そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。
悪役令嬢の兄、閨の講義をする。
猫宮乾
BL
ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった
釦
BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。
にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)