推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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推しが鬼軍曹だった件

多分それ、俺じゃない。

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 中庭の入り口に立つ二人の護衛兵は、侵入者を警戒して二人とも外を向いていて、こちらには気を留めていない。ぐるりと周囲の城壁を見回したが、窓に人影もないようだ。
 
「先日の話……、信じてくれたか?」

 潜めた声で、話を切り出した。

「殿下がお生まれになる前の世界で……、という話ですよね? 正直、全てを信じたわけではないですが……、舞踏会の夜に、殿下が我が妹のレモン水をいきなり取り上げたことは、やむにやまれぬ事情があってのことと信じましょう。冷静になって思い返してみても、あの一件で殿下の得になることは何も思い浮かびませんでしたので」

 立てた両膝に視線を落とす横顔は、稽古中の鬼軍曹とは打って変わって、葛藤が垣間見えた。
 「『信じましょう』とは言ってくれたが、未だ疑念のほうが強そうだ。想定内のため、落ち込みはしなかった。

「それを信じてくれただけでもありがたい。だが……、俺はあれで終わりではないと思っている。今回は媚薬だったが、12年前に第一王子をしいした黒幕がクラウス伯爵なら、セレナ様が兄上の婚約者でいる限り、今後は命を狙われる可能性が高い」

 不穏な話題に、カインは顔を上げ、探るような視線を向けた。

「俺が前世で得た知識では、舞踏会でセレナ様があのレモン水を飲んでいた場合、ヴィオラの陰謀によって兄上との婚約を破棄されるんだ。その後はヴィオラが兄上の婚約者になった。ただ、そのお陰で、セレナ様はそれからしばらくは命を狙われずにすんだ」

「『しばらくは』というと、結局は命を狙われるのですか?」

 少なくとも興味は持ってくれたようだ。想定していた質問に、来たか――と秘かに気を引き締める。
 首を少し傾け、見上げる角度で彼の目を見据えた。

「ヴィオラが兄上の婚約者になった後、クラウス伯爵は王太子妃の父親という立場を嵩に着て、宮廷や軍部で力を持つようになった。公爵に爵位が上がり、最終的に宮内伯きゅうないはくにまで昇りつめたんだ。そして隣国、カスパラーダへの進軍を主張し始めた。俺とセレナ様はそれを阻止するために、伯爵の不正の証拠を集めて断罪しようとした。しかし、それに気づいた伯爵に命を狙われることになった」

 カインがセレナを庇って命を落とすことは悟られぬようにしたい。カインの名を出さないよう注意を払って喋りながら、カイン自身のことを訊かれないか気を揉んでいた。

 すぐに信じられるような話ではない。カインはしばらくの間、口を噤み、何事か考え込んでいた。
 やがて重々しく口を開く。

「12年前の論争でも……、クラウス伯爵は主戦派の筆頭だったと義父ちちから聞いています」

 その話は、議会の記録を調べて俺も多少の知識は得ている。
 12年前、隣国の王が病に倒れ、跡目争いが内乱に発展した。その混乱に乗じて、戦争を仕掛けようとする動きがあった。農耕と牧畜を主産業とする隣国には、手つかずの鉱山が豊富に残っている。その鉱山資源や他国民を奴隷にすることを目的に、侵略を画策する宮廷官僚は、昔から一定数存在する。
 結局は俺の母親違いの兄である当時の王太子が毒殺されたことで、喪に服すために主戦論は立ち消えになったらしい。

「もし、その話が本当で、伯爵が王太子の外戚となり権力を持ち得たなら、12年前の論争が繰り返されただろうことは想像できます。……ですが、本当に、殿下が伯爵の断罪のために奔走されたのですか?」

 セレナの名前を出さず、『殿下が・・・』と限定したのは、俺がそんなことをしそうなキャラには到底見えないからだろう。
 訝しむ気持ちはよくわかる。俺も、小説の内容を思い出したときは、「あのエドワードが俺!?」と頭を抱えたから。

「俺だけど、俺じゃない」

「――は?」

 矛盾した答えに、カインが片眉を吊り上げ、表情を険しくする。

「あ、いや、えっと……。うーーーん」

 どう説明したものか。横髪を両手でガシガシ掻く。

「前世で俺が知ったこの世界に関する知識は……。おそらく、俺が生まれ変わる前の世界なんだ。だから、その中の俺は、俺であって俺じゃない。そのときのエドワードは今の俺とは違って、もっと正義感が強く、男気があって、剣の腕も今よりはずっとマシだったんじゃないかな……」

「……はい?」

 全く意味が分からない、といった表情を返される。まぁ、そりゃそうだよな。

 言うほど、俺も小説の中のエドワードについては、あまり覚えていないのだ。なんせカインが推しで、カインを主人公にした二次小説を書きまくっていたから、小説の内容と妄想もごっちゃになってしまっている。
 ただ、婚約破棄された令嬢に手を差し伸べて、宮廷に巣食う梟雄きゅうゆうと対峙し、最後は兄までも失脚させて王太子に取って代わった人間が、自分と同一人物とは到底思えないだけだ。

「その辺はどういうシステムになっているのか俺もよくわかんないから、『元エドワード』と『今エドワード』で区別して考えてもらっていいよ。ただ、少なくとも俺が前世で知ったこの世界では、元エドワードが伯爵の断罪のために奔走したことは確かだ」

「はぁ……」

 首を捻り、カインは曖昧に相槌を打った。




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