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お忍び外出
突撃お宅訪問
王族の住まいであり、国の中枢でもあるフィアリス城は、山の麓の高台にそびえ立っている。
山肌を縫うように緩やかに蛇行する石畳の道は、木々や草花に囲まれ、あちらこちらで小鳥のさえずりが響く。風が吹くたび、行く先の木漏れ日が揺れていた。
木々の合間からは眼下に広がる街が一望できる。城の塔から何度も眺めたことのある景色なのに、家々からたなびく煙や陽光を受ける赤茶色の屋根が、今日はひときわ鮮やかに映る。
硬い石畳の感触ではなく、雲の上を歩いているかのようなふわふわした心もとなさを覚えながら坂道を下っていくと、やがて石造りの大きな建物や牧場が見えてきた。
確か城の麓には、下級兵士の宿舎や厩舎が並び、馬を運動させるための牧場なんかもあったはず――と前世の記憶を手繰り寄せる。ひっきりなしに響く金属音は、きっと武具を作る鍛冶場のものだろう。
カインの後を追い、分岐路を右へ折れてしばらく歩くと、高い塀を有する立派な屋敷が立ち並ぶエリアへと出た。
「え? ここって、貴族街だよね? 教会に行くんじゃなかったの?」
思わず、隣を歩く男を仰ぎ見る。
兄の毒殺に関わったとされる女中が娘を預けていた教会は、市民街にある。今日の外出の目的地はそこだったはず。
「一度我が家に寄って、着替えてもらおうと思って。その服装のままでよければ、直接教会に向かうが」
「え? 俺、アルベール家に行けるってこと? なんだよ! そういうことは先に言ってよ! 何も手土産用意してないじゃん! あーーー、しかも俺、こんな格好だし」
「何故、友の家に行くのに手土産がいるんだ? それに、こんな格好だから、着替えるために行くんだろ?」
初めて推しの家に行くのに、手土産もない上に女装で行かねばならないオタクの嘆きは、理解してはもらえないらしい。
そうこうしているうちに、中でもひときわ門構えの立派な建物へとカインが近づいていく。どうやらそこが、アルベール家のようだ。門は開いていて、門番らしき屈強な男が、帽子を胸元に当て、軽く頭を下げて迎えてくれた。
「お帰りなさいませ」という男の言葉にカインが「ただいま」と返し、俺も、小声で「こんにちは」と挨拶をする。素通りするのかと思いきや、顔を上げた男が何やら困ったような眼差しをカインに向けてきて、それにつられる形でその場に足を止めた。
「何かあったか?」
「それが……。ヴァルモント家のご兄妹がいらっしゃっています」
「ヴァルモント兄妹!?」
俺の嬉々とした声とは裏腹に、隣からは「チッ」と舌打ちが聞こえてくる。
ヴァルモント兄妹というのはアルベール家の隣にあるヴァルモント公爵家の令息と令嬢で、カインやセレナとは幼馴染だ。兄のコンラート・フォン・ヴァルモントがカインより一つ下の19才で、妹のリリアがセレナと同じ17才。
推しの家に来ただけでなく、まさか幼馴染の兄妹にもお目にかかれるなんて。
一瞬、気持ちが前世に戻り、目を輝かせていたら、物言いたげな半眼と視線がぶつかった。
カインが門番に背を向け、ひそひそ話の体で耳元に顔を寄せてくる。
「あいつらを追い出すから、それまで門の陰に隠れてろ」
「え? なんで? こんな機会二度とないだろうから、近くで見させてよ」
「正体がバレてもいいのか? 二人とも第三王子の顔を知らないはずないだろ」
確かに、コンラートとは一つ違いだから、学院ですれ違ったことくらいはある。リリアも、面と向かって会ったことはないが、舞踏会などでは同じ場所にいたかもしれない。
でも、前世の記憶が戻る前だから、これまで特に意識することもなくスルーしていた。
「うーーーん。あ! じゃあ、カイン、そのクラバットを貸してくれない?」
「いいけど……、いったい何にするんだ?」
今日は騎士団の仕事が休みのカインは、白いシャツの上に丈の短い紺色のジャケットを羽織り、下はライディングパンツというラフな格好をしている。俺を王宮まで迎えに来てくれたからか、軽装にも関わらずクラバットを巻いていて、首からするりと抜き取ったそれを不可解そうに渡された。
俺はそれで自身の鼻から下を覆い、フードの中に手を入れ、頭の後ろで端を結んでずり落ちないように固定した。即席のフェイスマスクの完成だ。これで、目元以外は全て隠せたことになる。
香水だろうか。クラバットからはシトラス系の香りがして、少しだけ落ち着かない気分になる。
「これなら、正体がバレないだろ?」
「か……、顔を隠すんだったら、家から清潔な布を持ってくるから、先に言え!」
カインは珍しく慌てた顔をしている。心なしか頬も赤い。
「別にいいよ。そんなに汗臭くないから」
「そんなにってことは、少しは汗臭いってことか?」
いつも剣術の稽古をするときは汗の匂いなんて気にしたことないのに。
変なの。と思いつつ、そんな意外な反応が可愛くもあった。口元がニヤつくのを抑えきれず、やはりマスクがあってよかったと思う。
「そもそもフードをかぶって顔も布で覆っていたら、正体がバレなくても怪しすぎるだろ」
「それについては俺に考えがあるから大丈夫だよ!」
ドヤ顔で親指を立てて見せたが、露出しているのが目元だけでは説得力に欠ける。胡乱な顔のカインの背中を押し、アルベール公爵家の邸宅へと足を踏み入れた。
いつのまにか姿が見えなくなっていた護衛の兵は、門の外で身を潜めているようだ。
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