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お忍び外出
ヴァルモント兄妹
門の奥には、石畳の小道が庭を貫き、屋敷へと伸びていた。
道の両脇には手入れの行き届いた芝生が広がり、花壇にはアイリスやバラ、デルフィニウムが植えられ、柔らかな風に乗って甘い香りが漂ってくる。低く刈り込まれた生け垣が庭の輪郭を美しく縁取り、さらにその外側には、塀に沿って背の高い庭木が整然と並び、涼やかな木陰を作っている。
淡い黄色の花を咲かせたシナノキや、堂々と枝を広げるマロニエ。そして、根元から複数の幹が絡み合い、灰緑色の葉をつけたオリーブの木が、風を受けて銀色にきらめいていた。
庭の広さや豪華さで言えば、王宮の庭園には到底及ばない。けれど、前世の推しであるカインが育った家だと思うと、見るもの全てに胸が熱くなり、景色を余すところなく目に焼き付けたくなる。フードとマスクをしている安心感もあり、無遠慮にキョロキョロと視線を彷徨わせながら、小道を奥へと進んだ。
入ってすぐの一角に、小さめの厩舎があった。庭の向こうには、煉瓦造りの建物と、それよりもさらに大きな石造りの屋敷が並んでいる。煉瓦造りのほうは、きっと使用人の住まいだろう。
主屋には庭に面して、広々としたテラスがある。そこに、三人の若い男女の姿を認めた。真っ白な大理石のテーブルで、優雅にお茶を嗜んでいる。
「ヴァルモント兄妹と……、もう一人はハインリヒか!?」
質問というより、思わず感嘆が洩れた感じだった。
先を歩いていたカインが顔を振り向かせる。
「弟のことも知っていたのか? それも前世とやらで知ったのか?」
「まぁ、そんなところだ」
相変わらずだな。とでも言いたげな冷めた眼差しで一瞥し、カインは再び前を向く。
セレナの弟でアルベール家の正式な跡取りであるハインリヒは、確かセレナより3つ下で、今は14才のはず。学院では中等課程にいるため、高等課程の俺とは接点がなかった。
俺が時々、感極まって洩らしてしまう前世の話を、カインは一応信じてくれているようだ。ただ、興味を持つことはなく、前世で俺が見てきたこの世界で、彼自身がどういう人生を送ったかとか、誰と結ばれたかとか、訊ねられたことはない。
俺たちに気が付いたヴァルモント兄妹が椅子から立ち上がった。兄のコンラートが軽く片手を上げ、妹のリリアがぶんぶんと両手を振る。
カインはエントランスではなく庭を回り込んでテラスへと向かい、俺もそれに続いた。
ヴァルモント兄妹は、軽くウェーブした亜麻色の髪を、兄の方は後ろで一つに束ね、妹は大きなリボンの髪飾りをつけて、ふんわりと腰まで垂らしていた。よく似たアーモンド形の目は、猫のように鋭く、二人の勝気な性格を表している。
「おかえり、兄さん」
最初に声をかけてきたのはハインリヒだった。セレナと同じストレートのブロンドヘアは、おかっぱくらいの長さで切り揃えられていて、愛くるしい顔立ちも彼女とよく似ている。血色のよいピンク色の頬や柔らかな微笑みは、まるで天使のようだ。
「カイン! せっかくのお休みなのにお城に行っていたの? 何か急なお仕事だったのかしら? それに後ろのその方はどなた? どうしてお顔を隠していらっしゃるの?」
「セレナが王宮で暮らすことになったとは本当か!? 僕は何も聞いてないぞ! いくら婚約したとはいえ、まだ婚姻の儀も済ませていないというのに、未婚の男女が一つ屋根の下で暮らすのは早すぎるだろ!?」
カインがテーブルに辿り着くのも待たずに、隣家の兄妹は矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。
(そうそう。この人達、こんな感じだったよなー。小説のまんまじゃん)
前世の記憶を掘り起こし、俺一人がマスクの下で笑いを噛み殺している。
ヴァルモント兄妹は、兄のコンラートがセレナに気があり、妹のリリアがカインに気がある。小説の中では何かにつけてアルベール家を訪れ、二人に構う「お騒がせ兄妹」といった役どころだった。
そして兄の方は、セレナが王太子から婚約を破棄されて以降は、徐々に彼女との距離を縮めていくエドワードを疎ましく思い、二人の邪魔をし始める。クラウス伯爵に二人が伯爵のことを嗅ぎ回っていることを告げ口したのも、コンラートだった。
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