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お忍び外出
背に腹は代えられぬ
「セレナは王太子妃になるにはまだまだ行儀作法が足りないからな。花嫁修業というやつだ。それでこの人は……」
カインが先にコンラートの質問に答え、続いて俺のことを紹介しようとする。それを遮り、俺は一歩前へ進み出た。
王宮勤めらしい優雅な所作で、片手で軽くスカートの端をつまみながら、もう一方の手を胸の前に添え、頭を下げる。剣術は一向に上達しないが、こういった礼儀作法は、子供の頃から叩き込まれて体に染みついている。
「わたくしは宮廷でセレナ様のお世話をしている侍女です。こちらには、セレナ様のお忘れ物を取りに参りました」
「あら。そうでしたの」
カインが女連れで帰って来たことに気が気でなかった様子のリリアは、険しかった表情をホッと緩めた。
「でも、どうしてお顔を隠していらっしゃるの?」
「王宮で王族のお傍近くに仕える者は、外では顔を隠すのが決まりなのです。余計なトラブ……面倒ごとに巻き込まれないためですわ」
そんな決まりなどないが、前世からの習性で適当に話をでっちあげるのは得意だ。
「リリア様のお話は、道中、カイン様から色々うかがいましたのよ。お菓子を作るのが得意だそうで……。久々にリリア様の焼き菓子を食べたいとしきりに仰っていましたわ」
最大限のソプラノで、「ほほほほ」と上品な笑い声をあげる。
王子のくせに何をやっているんだと、自分でも思わなくもないが、背に腹は代えられない。
カインが慌てて、俺のフードの肘のあたりを引き、「おい!」と耳元で囁く。
「まぁ、そうでしたの! カインが私のお菓子を!」
案の定、リリアは、わかりやすく、パアッと顔を輝かせた。
「それならそうと言ってくれたら、朝から準備してたのに。今から帰って作るから、少し時間がかかるけどいい? 楽しみに待ってて!」
カインの返事も待たずに、リリアはそそくさとその場から離れ、スカートの前を軽く持ち上げて裾を浮かせ、弾むように走り去っていった。
乙女心を利用してすまん。という謝罪を眼差しに込めて、それを見送る。
カインは物言いたげにこちらを見ていた。ハインリヒをチラリと一瞥して目配せすると、何か意図があってのことと察したらしい。煩わしそうに嘆息し、ハインリヒに顔を向けた。
「ハインツ。すまないが、リリアが菓子に蜂蜜を入れ過ぎないように見ていてくれないか? それに焦がさないように頼む」
「いいよ。そのかわり、僕の好きな無花果を入れてもらってもいい?」
「どうせ食べるのはお前しかいないんだ。好きにしたらいい」
実を言うとカインは、リリアがカインのために作ってくる甘すぎる焼き菓子を苦手としている。という事実も、本当は前世の記憶で知っていた。
ハインリヒを見送り振り返ると、立ったままのコンラートは、先ほどまでなかった警戒の色を顔に浮かべていた。今のやり取りがリリアを追い払うためのものだと気づいているようだ。
コンラートは俺よりも一つ年上で、昨年、王立学院を卒業し、今は宮廷で新人官吏として働いている。さすがに妹よりは人の機微に聡いらしい。
戸惑う様子の彼に、目元だけで微笑みを返す。
「申し訳ありません。折り入って、ヴァルモント公にお願いしたいことがございましたの。リリア様のお耳には入れないほうがよいかと思いまして」
「僕にお願い事?」
怪訝そうに眉を寄せるコンラートに、頷き返す。同様に訝しげなカインを視線で促し、俺たちはリリアとハインリヒが座っていた席に腰を下ろした。
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