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お忍び外出
敵をして将と為す
カインが座る前に椅子を俺の方に引き寄せたため、俺とカインが並び、テーブルを挟んでコンラートと対峙する形になった。
短い沈黙が落ちる。無意識に空のティーカップを指先で撫でる仕草から、コンラートの緊張が伝わってくる。
俺は息を整え、目の前の人物を真っすぐに見据えて、口を開いた。
「単刀直入に申し上げます。今、セレナ様は身の危険に晒されております」
コンラートが息を呑み、髪と同じ薄茶の瞳が見開かれる。
「セレナが? もしかして、婚姻前から宮廷で暮らし始めたのも、それが原因なのか?」
コンラートは侍女に扮した俺ではなく、隣のカインへと質問を向けた。
「……まぁ。王太子の婚約者ともなれば、そのような危険が伴う可能性もないわけではないからな……」
俺の意図を計りかねているのか、いつになくカインは歯切れが悪い。
「セレナ様の御身が危険に晒されていることは、杞憂ではありません。これはここだけの話に留めて頂きたいのですが……、既に一度、セレナ様にお出しするお食事に毒が盛られていたことがございました」
「ど、毒!?」
これにはかなり驚いたようで、コンラートの声は裏返っていた。
隣でカインも、わずかに肩を強張らせた気配がする。
「幸いにも鼠を使った毒見で発覚したため、犠牲になった人間はおりません」
「カイン。お前は知っていたのか?」
コンラートがテーブルの上に身を乗り出し、カインに詰め寄る。
カインは若干迷惑そうな顔で、不承不承頷いてみせた。
「陛下に近しい方しか知らない話だ。俺はセレナの身内だから特別に教えてもらえた」
「それで、毒を盛った犯人は見つかったのか?」
俺は神妙な面持ちで首を横に振った。
「探しておりますが、今はまだ……。それに、毒を盛った者を見つけ出せたとして、おそらく黒幕には辿り着けないでしょう」
「だが、そのような危険に晒されているのなら、王太子殿下のほうから婚約を破棄してもらうこともできるのではないか? 公爵令嬢の命がかかっているのなら、申し出を無碍にはされないだろう」
コンラートの必死の形相からは、セレナに思いを寄せていることを抜きにしても、本気で彼女のことを心配していることが伝わってくる。
小説の中の彼は、嫉妬心から彼女とエドワードの動向をクラウス伯爵に密告した。そのせいでカインが命を落とすことになったのだから、ただの読者だった頃は、俺も彼のことを憎き悪役として見ていた。
ただ、彼もまた、苦しんだことも知っている。
カインを死に追いやったのがクラウス伯爵で、その大元の原因を作ったのが自分だと知ってからは、自死してしまうのではないかと思うような落ち込みようだった。
だから、今ならまだ、間に合うのではないかと思ったのだ。後々、彼が後悔することのないよう、今のうちに味方に引き入れておく。セレナの命がかかっていると言えば、きっと裏切るようなことはしないはずだ。
名付けて、『敵をして将と為す』作戦。前世で読んだ三国志系の漫画からヒントを得たものだった。
「今のところ、セレナ様は婚約破棄を望んでおられません」
きっぱりと言い切ると、コンラートはたじろぎ、うろたえたように視線を揺らした。
「何故だ? 命を狙われているのだろう? 彼女は王太子妃の地位に執着するような人ではない。王太子に、彼女が命を懸けて惚れるような魅力があるとも思えない」
何気に不敬罪とも取れる発言だ。男の格好をしていたなら、「俺の兄上だが」と意地悪を言ってやっただろうが、女装の今は思いとどまった。
そう言いたくなる気持ちもわからないでもない。カインのような男を兄に持つセレナにとっては、穏やかで人がよいだけの兄上は、男としては物足りないのではないかと俺も思っている。
「アルベール公の指示か?」
カインは静かに首を横に振った。
「セレナ自身が望んだことだ。あれは……、俺が思っていた以上に、頑なで強かな女のようだ」
誇らしげとも取れる声色だった。最後に、ふっと吐息混じりの笑いが洩れ聞こえる。
きっと彼は今、愛する義妹だけに見せる、優しい表情をしているのだろう。
見たいと思うのに。何故か苦しい程に動悸がして、顔を動かすことができなかった。
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