推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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お忍び外出

行きつけの店




 街に入ると、途端に雑然とした風景になった。
 貴族街とは異なり、ほとんどの家には塀がなく、屋根を寄せ合うようにして並んでいる。どれもが木造で、漆喰の壁は灰白色に煤けていた。
 細い垣根で区切られた庭には、干し草や薪が積まれ、物干し台には洗濯物が風に揺れている。中には花壇で花を育てている家もあった。

 狭い石畳の通りを子供たちが駆け回り、どこからともなくパンを焼く香ばしい匂いや、煮込んだスープの香りが漂ってくる。生活感と、活気に満ちたざわめきが街を満たしていた。

「これがフィアリス王国の街並みかぁ」

 庶民の中に俺の顔を知る人間はいないだろうから、市民街に入る手前でフードとマスクを外してよいと許可が出た。その解放感もあり、ついキョロキョロと辺りを見回してしまう。

「田舎者の従者だと思われるぞ」

 耳元で囁かれ、そう言えば従者の設定だったことを思い出した。
 カインをそっちのけで前のめりに歩いていたのを、慌てて足並みを合わせる。

 街の中心に向かうにつれ、露店や、店先で肉や野菜、パンなどを売る店を目にするようになった。パンや菓子の甘い香りがそこかしこに漂い、通りを行き交う人も増えてきた。食堂では店先にもテーブルがあり、昼間から酒を酌み交わす男たちもいる。

「カインはいつもどんな店に行くんだ?」

「え?」

 少し驚いた声を上げたカインは、珍しく返答に詰まっているようだった。

「いえ、特には……。そもそも、街に出ること自体、滅多にありませんし……」

 動揺しているのか、何故か敬語になっている。

「そうか? 君のお勧めの店があれば、行ってみたかったんだがな」

 気になったものの、それ以上は追及せず、露店の美味しそうな焼き菓子に目移りしていると、クロークの袖を引かれた。

「エド、そっちは人が多くて危険だから、こっちの道を行こう」

「え? でも、教会はこの大通りを真っすぐ行ったところだよね?」

 万が一、カインとはぐれたときのために、都の地図はなんとなく頭に入れてきている。
 人通りが多いと言っても、今日は市が開かれていない日で、歩くのに困るほど混雑しているわけではない。それに、むしろ、人通りの少ない小道のほうが、危険なのではなかろうか。

 足を止め戸惑っていると、前方から鼻にかかったような女性の声が聞こえてきた。

「あらぁ。アルベール公ではございませんかぁ」

 声のしたほうに顔を向け、ぎょっとした。女性のドレスが、あまりにセクシーなデザインだったからだ。
 女性の顔より何より、大きく開いた胸元に最初に目が行った。そこには、白く滑らかな肌の豊満なバストが、レースに縁取られた襟ぐりに窮屈そうに押し込められ、深い谷間を作っていた。その谷間には、大粒の真珠をあしらったネックレスがおさまっている。
 そこから視線を上げると、濃いめの化粧をした女性が媚びるような眼差しをカインに向けていた。美人には違いないが、王宮では見かけない、随分と妖艶な美人だ。銀のかんざしを差した髪は優雅にまとめ上げられ、露わになった細い首やうなじが一層の色気を醸し出している。

(なんか……、マリリン・モンローみたいだな)

 前世で、「金髪セクシー女優と言えば!」だった人物を久々に思い出した。

 女性の服装から、彼女がどういう職種で、その奥に見えるレンガ造りの豪奢な建物がどんなサービスを提供する店かは、容易に想像できた。店の前で客引きをしていて、カインに気づき近づいて来た、といったところか。

「今日はお一人ですか? アルベール公がお一人でいらっしゃるなんて、珍しいですわねぇ。さ、どうぞ。お一人なら、たっぷりおもてなしできますわ」

 女性はカインの腕に両手を絡め、強引に店に連れ込もうとする。従者役の俺は、人の数に入れられていないようだ。

「今日はお前のところに来たわけじゃない! ……いや、というか、『今日は・・・』じゃない! 『今日も・・・』だ! いつもお前のところに来ているわけじゃない!」

 娼館の女と顔見知りであることを俺に知られたからか、カインはかなり狼狽していた。俺がセレナにバラさないか、心配しているのだろう。
 「妹君には内緒にしておくから安心しろ」と言ってやりたいが、不用意に妹のことを口に出して、カインと妹の関係を勘繰られるのも困る。

 カインもいい年した男だ。この時代の人間なら、娼館に行くのも普通だろうと思う反面、裏切られたように思ってしまっている自分もいる。
 それは「ガッカリ」よりもずっと鋭利で重苦しい感情で、そこから逃れるように、店に入る入らないで揉めている二人から視線を逸らした。

 何とはなしに視線をさ迷わせた先で、一人の女性が目に入った。
 初老の女性で、果物の入った籠を下げている。彼女が気になったのは、道端に立ちつくし、驚いた顔でこちらを見ていたからだった。それに、どこか見覚えがある。
 俺が見ていることに気づかないくらいだから、彼女が見ているのはカインか娼婦のどちらかだろう。

「エド、違うんだ」

 ようやく女を追い返したようで、カインがこちらを向く。そのタイミングで初老の女性は俺の視線に気づき、ハッとした顔で身を翻し、俺たちに背を向けて歩き出した。



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