推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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お忍び外出

点と点




 無意識のうちに、足が動いていた。
 女性の後を追い、来た道を引き返し始めた俺を、カインが慌てて追いかけてくる。

「エド、どうした? なぜ引き返す? あの女のことで気を悪くしたのか? あそこには、上官に無理やり付き合わされて行っていただけだ。お前が気にするようなことは何もない」

「セレナには黙っておくから心配するな。それより、あのご婦人、君の知り合いか? 向こうは君を知っているようだった」

 知っている、という表現が適切かはわからないが。
 俺の視線に気づいて逃げるように立ち去ったところを見ると、おそらく、彼女が驚いた顔で見ていたのは、娼婦ではなくカインだったに違いない。

「ご婦人って、前を歩いているあの人か? 後ろ姿だけではわからないが……、身なりからすると貴族の下働きのようだな。どこかの屋敷で顔を合わせたことくらいはあるかもしれない」

「貴族の下働きか……」

 小説の中で挿絵に描かれるようなメインキャラの中には、あんなおばさんはいなかった。会ったことがあるとしたら生まれ変わってからだ。でも、貴族の下働きなら、王子の俺には縁遠い。
 かつて王宮で働いていた女性が、王宮を下がって今は貴族に仕えている可能性は考えられる。だが、その場合、カインと顔を合わせたことがあるにしても、せいぜい屋敷内ですれ違った程度のはずだ。何故カインを見て、あれほど驚いていたのか。

「カイン。君、貴族のご令嬢に遊びで手を出して、泣かせたことはなかったか?」
「そんなことするわけないだろう!」

 本気で怒っているような声だった。

 考えを巡らせつつ女性の後をつけ、気づけば街の外れ近くまで戻って来てしまい、カインの言う「貴族の下働き」の説が有力になった。ここから女を追って貴族街まで戻れば、教会に行く時間がなくなってしまう。
 仕方なしに俺は片手を上げた。

「お呼びでしょうか」

 気配もなしに、『影』の一人が背後から現れる。
 『影』は第一王子の暗殺後、王族の護衛のために作られた王直属の護衛部隊で、王に絶対の忠誠を誓う、信用のおける者たちのみで構成されている。

「すまないが、あの者の後をつけて、誰の屋敷で働いているか突き止めてくれ」

「ですが、それでは殿下の護衛が手薄になります」

 基本、一切の無駄口を叩かず、「御意」としか答えない『影』だが、王族の身に危険が及ぶ場合は例外らしい。

「これだけ人通りが多いのだから、街中で襲われる心配はないだろう。俺たちは先に教会に向かう。身元を突き止めたら教会に来てくれ」

 こちらを睥睨する視線は鋭く、すぐには首を縦に振ってくれなかった。「カインもいるから大丈夫だ」と畳み掛けると、どうにか「御意」と折れてくれた。

 
 教会で話を聞いたところによると、第一王子毒殺の際、お茶を運んだ侍女の娘は、王子の事件からまもなくして、下級貴族の元に嫁いでいた。クラウス伯爵の派閥の家だ。
 母子家庭で貧しいため結婚は無理だと諦めていたが、あの事件の後に母親が持参金を用意したらしい。侍女は娘の結婚後まもなくして、川に落ちて亡くなっている。川に落ちたところを目撃した者はいないため、誤って転落したのか、殺されたのかは明らかになっていない。

 事件の黒幕がヴィオラの父であるクラウス伯爵だとして、その指示を受けて動いた者達は既に生きてはいないだろうと予想していた。
 この分だと、ノヴァリオ侯爵のポーチに毒瓶を忍ばせたと思われる衛兵も、既に亡くなっている可能性は高い。
 予想の範囲内であったため、さほどガッカリはしなかった。重要なのは、あの事件に関わった者が、その直後に金を手に入れていた事実だ。

 帰る道すがら、カインを見て驚いていた女を尾行していた『影』の兵も合流した。
 彼が告げた話のほうが、教会で聞いた話よりも遥かに衝撃的だった。

「ローゼンタール家の使用人だったのか?」

 貴族の使用人らしき女が入って行った屋敷は、今は既に病死している、第一王子の母のオフィーリア王妃の実家だったのである。



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