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藪をつついて蛇を出す
出たいの?
「どう思う?」
それだけで、カインは俺の言わんとしていることを察したようだ。
「不自然だな」
「やはりそう思うか」
前任の王太子付き近衛隊長の件だ。30やそこらの屈強な男が急に心臓や目を患うなんて、どう考えても不審すぎる。セレナの食事に毒を盛っても毒見によって阻止されるため、外堀を埋めてきているとしか思えなかった。新たな近衛隊長はクラウス伯爵の息がかかっていると見て、ほぼ間違いない。
「君は彼とは初対面か?」
「王宮の騎士団では見かけたことがない。前任はどこか地方の騎士団にいたのだろう。トーナメントでは何度も見たことがあるがな。エドは? やけにあの男を見ていたが、あの男も、前世とやらの『推し』というやつなのか?」
「え? い、いや、ちがうよ」
予想外の切り返しが来て、慌てて、ぶんぶんと顔の前で手を振った。
「前世でも、彼を見た記憶はない」
挿絵に描かれるようなメインキャラではなかったことは確かだ。
「ただ……、名前は、どっかで聞いたことがある気がするんだよね」
「無敵の王者だぞ。名前くらい聞いたことがあるだろ」
「そうかもしれないけど……」
いくらトーナメントに興味が無くても、そんな有名な騎士なら、城の者たちが噂しているのを小耳に挟んでいてもおかしくない。でも、だとしたら何故、彼の名前を思い出すだけで、胸騒ぎのような嫌な感覚がするのだろう。
お忍びで街に出たときの、カインを驚いた顔で見ていた婦人のこともそうだ。喉に刺さった小骨のように、ずっと引っかかっている。
「ヤーゲル家というのはあまり聞いたことがないが、どういう家柄なんだ? 騎士になったということは、次男以下か庶子か?」
カインは首を横に振った。
「いや。噂によると、平民上がりのようだ」
「平民上がりで近衛隊長なのか?」
思わず声を上ずらせた。
平民が騎士になるだけでも、かなり困難な道のりだと聞いたことがある。
貴族の侍従をしていて、武術の才を見出されたのだろうか。だが、いくらトーナメントで連勝するほどの剣の腕があったとしても、今の地位に昇り詰めるには、力のある貴族の庇護が不可欠だろう。
「平民出身だが、地方の男爵家の養子になったらしい。俺が騎士団に入ったときには既に男爵だった。爵位があるからこそ、近衛隊長にも抜擢されたのだろう」
「しかし……、トーナメントの褒美だけでは、爵位は買えぬだろう?」
爵位の売買は法で禁じられている。
しかし、それはあってないようなもので、困窮した下級貴族が養子や縁談を通じて、爵位を引き換えに金銭的援助を得ることはよくある話だ。むしろ、何の見返りもなしに平民を養子に迎えることのほうが、普通はありえない。
平民でも商売に成功し、爵位を手に入れる者もいるが、爵位を買えるほど金に余裕があるのなら、わざわざ騎士になろうとはしないだろう。
おそらくニコラスの背後には、クラウス伯爵がいる。しかし、たとえそうだとしても、何かもっともな理由がなければ解任することはできない。
カインは、セレナたちが植え込みの向こうに消えた後も、庭園を見つめたまま動こうとはしなかった。
セレナのことが余程心配なのだろうとそっと盗み見た横顔は、不安げというより何かを考え込んでいるように見えた。
「さっき言ってたことは、本当か?」
庭園に視線を向けたまま、ふいに訊ねられる。
さっきとはいつのことだろう。
「前世でニコラスを見たことがないという話か?」
「いや。トーナメントに出るのに、お前の許可がいるってやつ」
「あ、あれは別に……、君がトーナメントに出たくないのかなと思って適当に言っただけで……。もしかして、出たいの?」
出会った頃、爵位に興味がないし特に望みもないと言っていたから、てっきりトーナメントにも興味がないと思っていた。トーナメントで勝って得られるものと言えば、地位と名誉と褒美、それに、良縁だろうから。
「興味がない。なかった……。去年までは」
カインが独り言ちるように、静かに言葉を続ける。
「でも、今はちょっと、出てみたい気もするかな」
笑みを孕んだような遠い目は、先程のニコラスの挑戦的な眼差しとは異なる。
地位も名誉も褒美にも、興味がなさそうな男が求めるものは……。
それはもしかして、セレナのことを諦めるためだろうか。
導き出した答えに胸の辺りがモヤモヤと苦しくなって、俺は彼の横顔からそっと視線を逸らせた。
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