推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

文字の大きさ
22 / 49
藪をつついて蛇を出す

出たいの?




「どう思う?」

 それだけで、カインは俺の言わんとしていることを察したようだ。

「不自然だな」
「やはりそう思うか」

 前任の王太子付き近衛隊長の件だ。30やそこらの屈強な男が急に心臓や目を患うなんて、どう考えても不審すぎる。セレナの食事に毒を盛っても毒見によって阻止されるため、外堀を埋めてきているとしか思えなかった。新たな近衛隊長はクラウス伯爵の息がかかっていると見て、ほぼ間違いない。

「君は彼とは初対面か?」
「王宮の騎士団では見かけたことがない。前任はどこか地方の騎士団にいたのだろう。トーナメントでは何度も見たことがあるがな。エドは? やけにあの男を見ていたが、あの男も、前世とやらの『推し』というやつなのか?」
「え? い、いや、ちがうよ」

 予想外の切り返しが来て、慌てて、ぶんぶんと顔の前で手を振った。

「前世でも、彼を見た記憶はない」

 挿絵に描かれるようなメインキャラではなかったことは確かだ。

「ただ……、名前は、どっかで聞いたことがある気がするんだよね」
「無敵の王者だぞ。名前くらい聞いたことがあるだろ」
「そうかもしれないけど……」

 いくらトーナメントに興味が無くても、そんな有名な騎士なら、城の者たちが噂しているのを小耳に挟んでいてもおかしくない。でも、だとしたら何故、彼の名前を思い出すだけで、胸騒ぎのような嫌な感覚がするのだろう。
 お忍びで街に出たときの、カインを驚いた顔で見ていた婦人のこともそうだ。喉に刺さった小骨のように、ずっと引っかかっている。

「ヤーゲル家というのはあまり聞いたことがないが、どういう家柄なんだ? 騎士になったということは、次男以下か庶子か?」

 カインは首を横に振った。

「いや。噂によると、平民上がりのようだ」

「平民上がりで近衛隊長なのか?」

 思わず声を上ずらせた。
 平民が騎士になるだけでも、かなり困難な道のりだと聞いたことがある。
 貴族の侍従をしていて、武術の才を見出されたのだろうか。だが、いくらトーナメントで連勝するほどの剣の腕があったとしても、今の地位に昇り詰めるには、力のある貴族の庇護が不可欠だろう。

「平民出身だが、地方の男爵家の養子になったらしい。俺が騎士団に入ったときには既に男爵だった。爵位があるからこそ、近衛隊長にも抜擢されたのだろう」

「しかし……、トーナメントの褒美だけでは、爵位は買えぬだろう?」

 爵位の売買は法で禁じられている。
 しかし、それはあってないようなもので、困窮した下級貴族が養子や縁談を通じて、爵位を引き換えに金銭的援助を得ることはよくある話だ。むしろ、何の見返りもなしに平民を養子に迎えることのほうが、普通はありえない。
 平民でも商売に成功し、爵位を手に入れる者もいるが、爵位を買えるほど金に余裕があるのなら、わざわざ騎士になろうとはしないだろう。

 おそらくニコラスの背後には、クラウス伯爵がいる。しかし、たとえそうだとしても、何かもっともな理由がなければ解任することはできない。


 カインは、セレナたちが植え込みの向こうに消えた後も、庭園を見つめたまま動こうとはしなかった。
 セレナのことが余程心配なのだろうとそっと盗み見た横顔は、不安げというより何かを考え込んでいるように見えた。

「さっき言ってたことは、本当か?」

 庭園に視線を向けたまま、ふいに訊ねられる。
 さっきとはいつのことだろう。

「前世でニコラスを見たことがないという話か?」
「いや。トーナメントに出るのに、お前の許可がいるってやつ」
「あ、あれは別に……、君がトーナメントに出たくないのかなと思って適当に言っただけで……。もしかして、出たいの?」

 出会った頃、爵位に興味がないし特に望みもないと言っていたから、てっきりトーナメントにも興味がないと思っていた。トーナメントで勝って得られるものと言えば、地位と名誉と褒美、それに、良縁だろうから。

「興味がない。なかった……。去年までは」

 カインが独り言ちるように、静かに言葉を続ける。

「でも、今はちょっと、出てみたい気もするかな」

 笑みを孕んだような遠い目は、先程のニコラスの挑戦的な眼差しとは異なる。

 地位も名誉も褒美にも、興味がなさそうな男が求めるものは……。
 それはもしかして、セレナのことを諦めるためだろうか。

 導き出した答えに胸の辺りがモヤモヤと苦しくなって、俺は彼の横顔からそっと視線を逸らせた。




感想 3

あなたにおすすめの小説

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

超絶美形な悪役として生まれ変わりました

みるきぃ
BL
転生したのは人気アニメの序盤で消える超絶美形の悪役でした。

悪役令嬢の兄、閨の講義をする。

猫宮乾
BL
 ある日前世の記憶がよみがえり、自分が悪役令嬢の兄だと気づいた僕(フェルナ)。断罪してくる王太子にはなるべく近づかないで過ごすと決め、万が一に備えて語学の勉強に励んでいたら、ある日閨の講義を頼まれる。

遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。

月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」 幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。 「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」 何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。 「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」 そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。 僕、殿下に嫌われちゃったの? 実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。

結婚間近だったのに、殿下の皇太子妃に選ばれたのは僕だった

BL
皇太子妃を輩出する家系に産まれた主人公は半ば政略的な結婚を控えていた。 にも関わらず、皇太子が皇妃に選んだのは皇太子妃争いに参加していない見目のよくない五男の主人公だった、というお話。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)