推しの恋を応援したかっただけなのに。

灰鷹

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藪をつついて蛇を出す

特殊任務




 カインが突然、ひと月ほど剣術の稽古を休みたいと言い出したのは、庭園で兄たちの一行とすれ違ってから数日後のことであった。
 カインは王宮内外の警備を担う第一騎士団――通称、宮廷騎士団に所属しているが、どうやら上官である騎士団長から特殊任務を命じられたらしい。任務の内容は秘匿されているらしく、教えてもらえなかった。
 嫌な予感を拭えない俺は、翌日、学院から帰るとすぐにセレナの部屋を訪ねた。兄上もちょうど公務を終えたところで、二人でお茶を飲んでいた。


「まぁ。エドワード様になら任務の内容をお教えしてもよろしいでしょうに。そういうところ、お兄様は本当に融通がききませんのね」

 椅子に腰を下ろす間もなく、カインから任務について何か知らないか訊ねたところ、セレナはそう言って目を丸くした。

「騎士団の中では緘口令が敷かれているだろうからね。仕方ないよ」

 兄上がいつものおっとりとした口調で言葉を添える。

「ということは、兄上とセレナ様は、カインの任務について何かご存知なのですか?」

 二人は一度顔を見合わせ、兄のほうが口を開いた。

「カインはヴァルトシュタイン辺境伯領に視察に出かけたよ」

「ヴァルトシュタイン辺境伯領に視察ですか? また何で……」

 ニコラスの名前を聞いたときと同じ感覚だった。
 ヴァルトシュタイン辺境伯領――。その言葉が、記憶の深淵でさざ波を立て、不安を膨れ上がらせる。


 南北に細長く、国の大部分を海に囲まれているここフィアリス王国は、前世で言うところのイタリア半島に地形が似ている。北方の小国、カスパラーダを挟み、その北側には、アルプス山脈に似た急峻な山脈が連なっており、ここが本当に小説として描かれた世界なら、実際にイタリア半島をモデルにしたのではないかと思われる。
 その北方の山岳地帯が途切れる西側には、広大な森林地帯が広がり、強国ルヴァール帝国と接していた。前世の地図で言えば、フランスにあたる地域だ。北の国境の三分の二をカスパラーダ、残りの三分の一をルヴァール帝国と接している。

 そのルヴァール帝国との国境を成しているのが、ヴァルトシュタイン辺境伯領だ。都から往復二十日かかると言われるその辺境の地に、カインは視察に出かけたという。

 学院では国の地理や歴史も学んでいるため、ヴァルトシュタイン辺境伯領という地名を耳にするのも初めてではない。
 ただ、今初めて、それが単なる地名ではなく、記憶にないほど昔から、自分の深いところに刻みこまれていたような感覚を覚えた。その言葉を、生まれる前から知っているような。

 急に顔色を失った俺を見て、目の前の二人がそろって心配そうな表情を浮かべる。

「今度、私がヴァルトシュタイン辺境伯領に慰問に行くことが決まってな。カインはその道中の警備計画を練るために、視察団の団長として派遣されたんだ」

「兄上が慰問ですか? 何故、急にそのような話になるのです?」

「急ではない。前々から宮廷でも、それを要望する声は上がっていた。最近、ルヴァール帝国が軍備を拡張し、国境の小競り合いが増えていることを知っているか?」

 初めて聞く話で、俺は首を横に振った。
 我が国は小国のカスパラーダとは同盟関係にあるが、ルヴァール帝国とは国交がない。ルヴァール帝国は大陸の中心を成す巨大帝国だが、四方を多数の国々に囲まれ、常にどこかと戦をしている。それによる均衡が保たれていて、建国以来、我が国とは小競り合い程度の争いに留まっていると、授業では習っていた。

「私も、ニコラスから聞いて初めて知った。今の宮廷は穏健派が力を持っているからな。こういうきな臭い話題を意図的に王族の耳に入れないようにしていたのかもしれない」

 不安が大きくなりすぎて、不快だった。
 胸の奥を素手で掻きまわされるような気持ち悪さがあり、加速する鼓動に恐怖を覚える。
 兄上から与えられる情報を必死に処理しながら、意志の及ばぬところで、二つの言葉だけが頭の中でぐるぐると回っていた。

 ヴァルトシュタイン辺境伯領……。
 ニコラス……。
 ヴァルトシュタイン辺境伯領……。
 ニコラス……。

「建国以来、北方の国境警備はほとんどヴァルトシュタイン辺境伯に任せきりだった。クラウス伯爵を中心に、その体制を見直すべきだという意見が上がっていてね。第七騎士団の慰問を名目に、私がヴァルトシュタイン辺境伯領へ出向き、国境の防衛体制について協議することになったんだ」

「……第七騎士団?」

 絞り出した声は掠れていた。
 その言葉にも、何故か嫌な響きを覚えた。

「あぁ。ヴァルトシュタイン辺境伯領に駐屯しているのは第七騎士団だろう? ニコラスはここに来る前は第七騎士団の団長だったんだ。おかげで国境の情報を色々教えてもらえたよ。カインを視察団の団長に推薦したのも、ニコラスだ」

 その瞬間――。
 ここ数日ずっとモヤモヤしていたことの一部が、あるべき場所に収まった。

 ヴァルトシュタイン辺境伯領。
 ニコラス・アウフ・ヤーゲル。
 第七騎士団。

 ――ヴァルトシュタイン辺境伯領で秘かにセレナたち一行を襲い、カインの命を奪った第七騎士団団長のニコラス・アウフ・ヤーゲルも、クラウス伯爵と共に処刑された――。

 前世で読んだ小説の一文を、ようやく思い出した。




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